No.179 糖尿病の薬がタバコによる肺傷害を改善する


2021年7月1日


 COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、別名、タバコ病とも呼ばれているほど密接な因果関係があります。

病変の本質は、肺の組織全体におよぶ強い炎症であり、その結果、肺胞が広く破壊され、細い気管支が広範な炎症を起こす結果、狭くなり、また傷がつき痰を多く産生するようになります。息切れや咳、痰の症状がみられ、進行すれば酸素の取り込みが悪くなる呼吸不全となることがあります。さらに四肢の筋肉は細くなりサルコペニアという状態となり、動脈硬化に関わる心臓や腎臓など他の臓器にも傷害を起こしてきます。COPDは明らかに全身性の疾患ですが、現時点では、これらの変化を戻す治療法はありません。治療で使われる吸入薬は、症状を改善しますが根底から病気を治癒させる方針で使われるわけではありません。


 最近、米国胸部学会誌に発表された論文[1]は、糖尿病で使われるメトフォルミンという治療薬が、COPDでおこる肺および腎臓、筋肉の病変を改善させる可能を示したものです。COPDは、肺気腫、慢性気管支炎を包括した病名ですがここでは、肺気腫に焦点を合わせています。

 この論文は、COPDを薬で治癒させていく可能性を示したユニークな論文の一つですが、動物実験と臨床データをセットとして発表していること、中心となっている研究者が現在のCOPD研究の第1人者であること、発表が通常よりもスペースを与えられていることなどを考慮しても、2021年度発表のCOPD論文の中では注目される一つと思われます。


 ここでは、データの細部は割愛し、要点を紹介します。論文は、マウスを用いた基礎研究のデータを提示し、ついで臨床データを提示してありますがここでは先に臨床データを提示し、その後、基礎データの検証を述べることにします。




Q.研究チームの背景は?


・全米の13カ所のCOPD研究グループが参加している。


・2007年に開始され、COPDGene Studyと呼ばれている。当初の目的はCOPDに関わる遺伝子研究が主目的であった。


・Phase1の研究は、2007年にスタートした。当初は、45歳~80歳、10pack-year以上の喫煙歴のある人たち1万人をフォロアップする計画だった。


・研究資金は米国NIHのほか、大手製薬メーカー8社から提供されている。




Q.COPDにおける喫煙の影響とは?


・主として喫煙習慣により発症し、肺組織が破壊された状態であり、他の臓器病変が併存する。


・発症機序は、加齢現象の促進、細胞死(アポトーシス)、炎症、酸化ストレスなどによる。




Q.メトフォルミンとはどのような薬か?


・すでにII型糖尿病の治療薬として広く使われている。


・メトフォルミン使用者は癌、心血管病変のリスクが減少することが知られていることから加齢に関係した他の疾病にも効果が期待されてきた。


・前臨床段階の研究でメトフォルミンがAMPKという酵素の活性を高め、減衰時間を長引かせることが判明している。


注:AMPK=5'adenosine monophosphate-activated protein kinase.


・マウスを用いた動物実験で加齢現象、ストレスと分類される代謝障害を抑制し、改善する効果が証明されている。




Q.メトフォルミンがタバコで生ずる肺病変を改善し、その他、タバコで生ずる病変を改善するのではないか?


➡マウスに長期間喫煙させ、肺、腎臓、大腿四頭筋のメトフォルミン投与ありとなし群でどのような急性影響が出るかを調べた。さらに細胞レベルでミトコンドリア依存性の機能、AMPKへの影響を調べた。




Q.臨床研究としてのメトフォルミンの効果は?


・COPDGene studyの登録者で該当者3,804人のうち反復して受診がある1,687人を対象。軽症COPD、少量喫煙者、BMI高値者は除外。肺気腫の程度は胸部CT所見よりlung density (肺密度)(g/L)を計算した。


・メトフォルミン非使用者=1,572人

 メトフォルミン使用者=115人


・メトフォルミン使用者は非使用者の間で投与前に有意差があった項目は、前者(使用者)は後者(非使用者)より、より高齢で(65.6 vs 63.0)、肥満が多く

(BMI:31.8 vs 28)、合併症が多かった(4.2 vs2.3)、現喫煙者が少なかった(28 vs 579)。


・メトフォルミンを5年間の投与期間後に比較した。

メトフォルミン使用者では肺気腫の進行の程度は有意に少なく(p<0.01)、補正後lung densityは大きかった(p=0.02)




Q.何が判明したか?


・マウスに喫煙によるCOPDのモデル病変を作成し、メトフォルミンを投与したところ病変が改善した。これは肺だけでなく、腎臓、筋肉にも改善が見られた。


・メトフォルミンによる効果の機序は、加齢促進、炎症、酸化ストレス、テロメア傷害、ミトコンドリア機能障害、小胞体ストレス応答などであり、これらの改善効果を示す。


・COPDの病変である肺気腫の進行を抑える効果がある。


・喫煙➡酸化ストレス、アポトーシス(細胞死)を起こす➡腎臓では上皮細胞、糸球体の萎縮を起こすがメトフォルミンは、予防効果がある。


・肺気腫➡四肢の筋肉にサルコペニアを起こすが、メトフォルミンは改善効果を示すことが判明した。


 COPDは、炎症性病変だけでなく加齢伴う肺の変化が促進されているという考え方があります。

この論文では、COPDを長期にわたり経過をみたときにマウスの喫煙モデルでみられた肺、腎臓、筋肉の病変がメトフォルミンで改善したことを示したこと、細胞レベルでその機序を明らかにした、という点が特徴です。

 数十年間の喫煙歴で生じたCOPD病変を、数か月単位で生じたマウスモデルに外挿できるかという大きな問題点があります。また、肺気腫の改善効果が胸部CTでの測定で評価できるのかなど、疑問点は多々ありますが治療薬の開発という点まで踏み込んだ点で、今後、メトフォロミンだけでなく多種の創薬の可能性を示すものとして期待できます。

 また、加齢変化を薬物でコントロールするという点でも印象的な論文といえます。




参考文献:


1. Polverino F. et al. Metformin: Experimental and clinical evidence for a potential role in emphysema treatment.

Am J Resp Crit Care Med, Article in press. Published May 25, 2021 as 10.1164/rccm.202012-4510OC


※無断転載禁止

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