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No.186 mRNA型コロナワクチン:有効性証明の基礎研究


2021年8月3日


 新しいワクチンの開発は数年間かかるというのがこれまでの例でした。わが国でも接種がすすめられている新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)のワクチンは、メッセンジャーRNA (mRNA) タイプという新しい製剤であり、しかも、緊急性が高いという事情で極めて短期間に開発され、すでに世界各国の多くの人たちを対象に接種されています。

 通常は、動物実験を重ね、有効性、安全性を確認してからヒトへの投与が行われますがそのプロセスをスキップしてすでに広く接種が行われてきました。


 ここで紹介する論文は、Scienceの最新号の速報です。赤毛猿を用いて、現在、使用されているmRNAワクチンの有用性を確認した基礎研究です[1]。また、米国でワクチン開発を担っているNational Institute of Allergy and Infections Diseasesの研究者たちが中心となっていることも特徴です。mRNAワクチンの有効性を検証したものです。




Q.何を明らかにしようとしたか?


・mRNA-1273ワクチンの接種量と上気道粘膜および肺での抗体反応がどのようにかかわるか?


・ワクチン接種後、動物にSARS-CoV-2感染を起こし、ウィルスの複製が中和抗体とどのように関係するかを明らかにする。




Q.研究の背景は?


・米国ではmRNAタイプのワクチン接種を積極的に進めてきた。これらにはmRNA-1273 (モデルナ社製)とBNT162b2 (ファイザー・BioNTech社製) がある。これまでに94%以上の有効性が証明されている。


・その他にもワクチン候補の臨床治験が進められているが有効性は60~80%である。さらに開発初期段階のものも多い。


・ワクチンの有効性は防御の免疫相関を定義することであるがその基礎となる因子が不明である。ワクチン有効性でこの予測因子を決めることができれば、使用で用量減量や時間がかかる臨床治験を簡略化でき、多くの開発中のワクチン候補の事前承認が可能となり、また年齢ごとの適用範囲を厳密に決めることができ、さらに追加免疫の必要性に関する基礎データとなる可能性が高い。


・猿を用いた従来の研究結果ではmRNAワクチン効果はヒトのデータと近似していた。


・ヒトでは、上気道感染、および下気道感染 (肺内感染)とこれらによる病態が問題であるが猿での実験で同等であることが判明しているがワクチン接種後の上気道、下気道の免疫相関を具体的に示すデータはない。


・本研究では、血清抗体が防御の免疫相関として用いることができるかどうかを検証した。

➡ ワクチン接種後にウィルス曝露を行い上気道、下気道におけるウィルス複製の減少とどのように関わるかを明らかにした。そのため、気管支肺胞洗浄(BAL)とワクチン接種後の鼻洗浄を実施し、さらに抗体分析を行った。




Q.判明したことは何か?


・赤毛猿12頭使用。10または100μgのmRNA-1273ワクチン接種後では両方の投与群でSARS-CoV-2のチャレンジ(感染実験)で高レベルの防御を示した。

➡ 血清S特異的抗体結合、結合力、中和抗体を測定した。ブースト(再接種)により0.3μgでは300倍近くのS特異的抗体が形成されたがその他の投与量では8~10倍増加した。

ブーストで2倍に増加することが判明した。

➡ 結論としてmRNA1273ワクチン接種は、用量依存的に抗体反応を誘発する。


・変異体であるD614Gに対する中和抗体反応は、初回接種後4週間の全ての投与群で中和抗体が誘発され最高用量グループでは、約1log10増加した。


・結合抗体価ではS特異的IgG抗体は、ワクチンの用量依存的に対照動物と比較して増加が見られた。ACE2結合阻害作用も用量依存性であった。


・中和抗体も用量依存性で増加が見られた。


・抗体結合、中和応答は互いに高度に相関しておりmRNA-1273免疫化と高力価S結合抗体応答の誘発が見られたことからこれらを機能的抗体応答の予測に使えることが判明した。


・mRNA-1273ワクチン接種は上気道および下気道の抗体産生を誘発することが証明された。さらに上気道、下気道の抗体反応は互いに相関し、S特異的IgGおよび血清中和活性と相関していた。ただし、BALおよび鼻洗浄S特異的IgAとは相関性はなかった

➡ mRNA-1273ワクチン接種は、上気道と下気道の両者でS特異的IgGおよびIgA抗体を誘発し、感染を予防する効果を示すと考えられる。


・mNRA-1273ワクチン接種は、S特異的CD4T細胞応答を誘発する。


・mNRA-1273ワクチン接種は、下気道及び上気道にSARS-CoV-2複製から保護作用を呈する。

➡ 4週後のブースト後に効果が検証された。さらに鼻腔スワブよりもBAL中のウィルス複製抑制効果が強かった


・ブースト・チャレンジ後の抗体反応は、低用量ワクチン群で増加がみられた。しかし、高容量ワクチンの方が、誘発免疫応答性が強い。


・抗体反応は、SARS-CoV-2複製反応に対する保護作用と相関する。すなわち、血清抗体反応の強さから保護反応を推定することが可能である。


・mRNA-1273誘導IgGの投与はSARS-CoV-2の複製を抑制する。

➡ 従って、発症後の治療薬として使える可能性がある。


上気道と下気道の反応は異なる。肺で重篤は病変が起ることと、上気道の軽度の感染とは関係がない。


・mRNA-1273の接種後の場合には、S特異的結合抗体が有用性のマーカーである可能性が高い。


 研究の目的がはっきりしているせいか、専門用語は難解ですが結論は明快です。臨床医の立場からは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)では上気道感染と下気道感染ではウィルス量は一致しないという点が印象的です。COVID-19の診断は、鼻咽腔粘膜の擦過により得られた検体のPCR検査結果により決まります。しかし、重症化する病態はほとんどが肺内の病変の重症化であり、これによる低酸素血症が問題です。

 赤毛猿を用いた本研究で、上気道のウィルス量は下気道(肺内)のウィルス量と必ずしも一致しないという観察結果は、印象的です。上気道でのウィルス量が少なくPCRでは必ずしも陽性とされないのに下気道のウィルスが多いという症例がありそうだからです。




参考文献:


1. Corbette KS. et al. Immune correlates of protection by mRNA-1273 vaccine against SARS-CoV-2 in nonhuman primates

Science 10.1126/science.abj0299(2021) First release: 29 July 2021.


※無断転載禁止

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