No.219 COPDにおける在宅酸素療法:導入の問題点

2021年11月22日


COPD(慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)が、重症となり、高度の息切れと低酸素血症がある場合には自宅で酸素吸入を行いながら生活する在宅酸素療法と呼ばれる治療が必要となります。これは、米国で始まり長期酸素療法(Long-term oxygen therapy)と呼ばれています。米国では、大多数がCOPDの患者さんです。他方、わが国では、在宅酸素療法(Home oxygen therapy;HOT)と呼ばれており、COPDの患者さんは約4割で、他は肺がんなど多種の呼吸器疾患や神経疾患の患者さんが快適に自宅で暮らすための補助的治療という視点となっています。米国では使われる機器が買い取り方式ですが、わが国ではレンタル方式であり、重症であっても自宅で快適に長生きするという高齢者向けの治療法となっている点が特徴的です。


息切れの強さは、低酸素血症は必ずしも一致しないので、息切れが高度というだけの理由ではHOT開始の理由にはなりません。HOTを開始するには、高度の低酸素血症という一定の基準があります。問題点は、高度の低酸素血症をどのような基準で決めるかです。低酸素血症は、睡眠中に加え、安静時、歩いた時、坂道を上るときなど、行動によって起こり方も、危険度も異なります。


1970年代、HOTが世界的に広がった時代は、安静時の動脈血の酸素分圧が基準値以下の場合とされていました。ところが、コロナ渦で一躍、一般にも広く知られるようになってきたパルスオキシメータで代用して良いという基準が追加され、現在では判定は動脈血、パルスオキシメータのどちらで判定しても良い、ことになっています。後者の基準を追加したことで治療に広がりが見えたことは確かです。


問題は、動脈血の酸素分圧が、必ずしもパルスオキシメータの酸素飽和度と一致しないことです。

この不一致問題を取り上げた論文があります[1]。著者は、カナダで長年にわたり、HOTを進めてきたYves Lacasse、この論文に編集者としてコメントを寄せているのがスウェーデンで同様に長年、HOTの研究を行っているMagnus Ekströmです[2]。両者の意見は、いずれもLTOTの導入基準に関わる見解です。


つき詰めれば、この論文で指摘している重要な事がらは、在宅酸素療法の開始は、必ずしもパルスオキシメータの酸素飽和度だけで判断してはならない、という点にあります。最初に、その基本となる酸素解離曲線から話を進めます。




Q. 酸素解離曲線とは何か?


・動脈血で測定できる血液ガス分析は酸素分圧と酸素飽和度は図に示すようにS字カーブを呈する。パルスオキシメータではこのうち、酸素飽和度のみを測定することができる。


血液ガス分析は、血中に溶けている気体(酸素や二酸化炭素など)の量を調べる検査である。

血液ガスでわかることは、以下の4項目である。

1.酸素化の状態(PaO2 , SaO2)

2. 換気の状態(PaCO2)、

3.代謝の状態(腎機能との関連)、

4. 酸塩基平衡の状態

換気では、代謝(腎機能)はHCO3–、酸塩基平衡はpHで評価する。


曲線は、血液中のpH、 2,3-DPG濃度、体温などによりそれぞれ、矢印方向で移動する可能性がある。これに伴い、酸素分圧と酸素飽和度の関係もまた、変動する。


出典:Wikipedia




Q. 問題点は何か?


・LTOTは、慢性呼吸不全に対し酸素吸入により生存期間を延ばすことが認められるという英米からの二つの臨床研究により支えられている。この時の導入(開始)は、動脈血ガス所見に拠っている。




Q. 本研究のプロトコルは?


コホート1:横断的研究としてCOPDを対象とした夜間酸素療法の4年間、多施設、ランダム化、プラセボ対照試験である国際夜間酸素試験(INOX)で得られた動脈血ガスとこれと同時に測定した酸素飽和度(SpO2)を対比。総数は240人のデータ。


コホート2:カナダ、ケベックで在宅酸素療法を実施している患者、212人の導入時のPaO2、およびSpO2のデータ。


コホート3:著者らが属する病院の外来、入院患者、848人の、室内気吸入下でのSpO2、PaO2のデータ、848人のデータ。

➡以上のデータを用いて、SpO2、PaO2を対比させてHOT導入に関わる問題点を研究した。




Q. 研究の結果は?


・HOT導入時に測定した動脈血の酸素飽和度(SaO2)、 PaO2の相関は中程度であった。

動脈血ガスを測定する際のpH値を参考に酸素乖離曲線の上でのSaO2、 PaO2の関連性を推定できる。


・他方、パルスオキシメータによるSpO2値を用いてHOT導入を実施すると、実際は治療が必要であるのに約40%が導入基準に達していないという理由で治療実施に至らなかった(偽陰性率40%)。

また、2%は基準に該当しないのにHOTが導入されていた(偽陽性率4%)。

➡誤差ありとして、HOT適応としてSpO2が≤82%または≥96%の閾値が考慮される可能性があることを示唆する。




Q. パルス・オキシメーターを用いた場合の問題点は?


1)機器の精度が問題

2)測定するときの技術的エラー

3)酸素解離曲線の形状に関する基本的問題。いくつかの未知の因子あるいは測定されていない変数により変化する可能性がある。




Q. 動脈血ガス測定の問題点は?


・動脈穿刺に関わる手技

・連続測定が不能。測定誤差もありうる。

・採血の際に気泡が入ると値が大きく変化する。

・採血時に過呼吸となる可能性がある。




Q. 編集者Magnus Ekströmの意見は?


・HOT導入基準は、英国はSpO2≤92%、日本、米国は≤88%となっている。

➡導入時は、SpO2に加えてPaO2を確認すべきである。その理由は、酸素解離曲線の急峻部分で判断することになり、不正確である。

➡COPDのガイドラインGOLD、米国胸部学会のガイドライン、英国国立医療技術機構の在宅酸素療法の導入基準はいずれも問題点を抱えており見直しが必要である(注:わが国のCOPDガイドラインはGOLDに準じている)。


・英国では英国はSpO2≤92%を導入基準としているが、これによってもHOTが必要にも拘わらず見逃し例が5%に達する。血液ガスによる確認が必要である。


・SpO2による判断で重症であるが見逃された症例は、白人患者では6.2%であるが、黒人患者では17.0%に達していた➡黒人患者では皮膚の色によりSpO2の測定に誤差が生ずる可能性と、重症度判断が社会的に不適切に実施されている可能性がある。




前述のように、わが国の在宅酸素療法(HOT)は、英米とは異なる視点で実施されています。高度の低酸素血症を伴うCOPDや間質性肺炎があっても在宅での生活ができるだけ快適になるように配慮しながら進める治療です。

HOTの実施にあたっては、実は、血液ガス所見だけが問題ではなく、病気に対する投薬などが適切に行われた上で在宅生活がより、快適なものとなるようにしなければなりません。日常生活での活動度を上げることが大切で私たちは、HOTを含めた治療全体がリハビリテーションとして進める包括的呼吸リハビリテーションを進めています。



参考文献:


1.Lacasse Y, et al. Oximetry neither to prescribe long-term oxygen therapy nor to screen for severe hypoxaemia. ERJ Open Res 2021; 7: 00272-2021

DOI: 10.1183/23120541.00272-2021


2. Ekström M. Life’s a gas: saturation should not be used for prescription of long term oxygen therapy.

ERJ Open Res 2021; 7: 00495-2021

DOI: 10.1183/23120541.00495-2021


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