2021年12月2日
COPD (慢性閉塞性肺疾患)は、喘息と並ぶ、頻度の高い慢性呼吸器疾患です。
40歳以上では、恐らく10%に近いと云われていますが喫煙や都会、農村、漁村など生活習慣、環境が異なる地域ではこれよりもかなり多い可能性があります。
安定した状態での典型的な症状は、階段を上るときや重い荷物を持ったときの息切れで、さらに咳や痰をともなっていることです。その程度は必ずしも一定ではありません。
安定した状態が悪化した状態が増悪です。以前は、急性増悪と呼ばれていましたが、必ずしも数日間の急性の経過だけではないという理由から現在では、COPDの増悪(ECOPD)と呼ばれています。
COPDの診療で、患者さんを苦しめ、受診のきっかけでもっとも多いのがECOPDです。ところが、患者さん本人にも分かりづらいことに加え、診療にあたる医療者にも判別がつきにくいのがECOPDです。分かりづらい理由の一つがECOPDの全貌には不明の点が多く、その定義もあいまいで、判断の決め手に欠けていることです。
最近、米国の専門雑誌に発表された新しい定義は、欧米のCOPDの専門研究者たちが合同の会議を経て提言するものです。最初の会議がローマで実施されたことにちなみ、ローマ提言(Roma Proposal)と呼ばれています。
Q. 一般に病名はどのように決められるべきか?
・Scadding による病名のtaxonomy(分類法)という考え方がある。これ によれば、病態の進行に合わせた症状、機能、および代わりになるようなマーカーの総合によって判断されるべきである。COPD増悪もこの考え方によるべきである。
Q. COPD増悪の定義における歴史的変遷は?
・200年以上前にRené Laennec(注:聴診器を発明したことで知られる)がCOPDの病理所見として知られる肺気腫を最初に記述した。増悪については以下の記載がある。
持続する呼吸困難が急に病状が悪化することがあり、咳、痰の症状が悪化し(急性カタル症状と呼んだ)、窒息状態となる。
・このようなエピソードはその後、増悪と呼ばれるようになり150年後の1987年、カナダの呼吸器研究者、Anthonisenらにより定義されたがその内容は、Laennecと殆ど同じであった。しかし、それも35年間経過した。
・欧州呼吸器学会(ERS)/米胸部学会(ATS)では、「COPDの増悪とは、呼吸器症状、特に息切れ、咳、痰が悪化し、痰の膿性変化が強まる」と定義した。
これは、その後、以下のような改訂が加えられた。「安定した状態から、通常の日常変化を越えた症状となり、安定期のCOPDの処方に変更が必要となる状態」。
・国際的なCOPDのガイドライン、GOLDでは、「呼吸器症状が悪化して、追加の治療が必要となる状態」。さらにGOLDでは、軽症とは、短時間作用型気管支拡張吸入薬で治療。中等度とは、抗菌剤、全身ステロイド(経口、あるいは注射)の一方か、両方が必要。重症とは救急外来あるいは入院が必要となる状態とした。
Q. 従来のCOPD増悪の定義はなぜ問題か?
・ECOPDの予防方法について、禁煙や感染予防などが重点的に述べられてきた。しかし、その治療方針については進歩がみられていない。
・従来の定義の問題点は以下である
1)患者の自覚症状に全面的に依存している。これは、個人差があり、また肺炎、肺血栓塞栓症など症状が似ている場合がある。
2)肺に起こった急性変化と自覚症状および測定が可能な病態生理学的な指標の異常との関係が不明である。
3)増悪が生じたときに全体像がつかみにくい。類似の症状を示す他の疾患が除外できない。
4)従来の重症度の決め方は、増悪に際し、使用された医療資源の利用の程度に拠っている。
Q. どのような方法によりローマ提言を作成したか?
・司会役はCelli(ハーバード大学)。英、米、カナダ、仏、スペイン、イタリア、オランダ、ドイツの各研究者および米国胸部学会雑誌の編集長、19人の合議。
・本提案はスペインの研究グループ。第1回目だけはローマで開催。その後は、コロナ渦のためリモート会議を継続。
・Delphi変法を使った。これまでの論文報告と研究者たちの経験により80項目の質問をLinkertスコアで0(強く反対)~9(強く賛成) で投票、討議を反復した。
Q. ローマ提言によるCOPD増悪の定義とは?
・COPDの増悪の定義を以下のように変更する。
「呼吸困難および咳・痰が(14日以内)持続し、頻呼吸、あるいは頻脈を伴う。気道感染、大気汚染、その他によりしばしば、局所的あるいは全身的な炎症反応が亢進した状態である」。
・重症度は、「呼吸困難の強さ、酸素飽和度、呼吸数、脈拍数、CRP(C-reactive protein)に加えて動脈血ガス所見により、軽症、中等症、重症に分類する」。
Q. 新定義の要点は?
・第1は増悪症状の時間経過を重視した。
第2に自覚症状の悪化に加え、客観的な指標として呼吸困難、酸素飽和度、呼吸数、脈拍数、CRP、必要に応じた動脈血ガス所見を入れた。
第3に合意に達した基準にもとづき最初に該当患者に接したときに重症度を3分類した。
Q. なぜECOPD定義を提言したか?
・目的は、診療レベル、研究の向上、および健康サービス計画を改善し、促進する意図がある。
Q. 新定義を提言する研究の背景は?
・ECOPDと同じような呼吸器症状を呈する病気の悪化の場合がありうる。そこで新定義は鑑別診断の意味も持たせた。
・4,439件のECOPDを解析した研究論文がある。これに拠れば90%は初期症状から悪化まで0~5日間であった。0~14日間の幅があった。自己日誌記録でも前駆症状は4~7日間であり上限は14日間。数時間で悪化することがあった。
・実験的研究ではライノウィルスを用いて感染させてから2~3日後に症状が出現する。下気道症状および息切れは4~10日後にピークに達した。
以上より初期症状から悪化までの上限を14日間とした。
・COPDの脈拍は安定時と比較した増加数が死亡リスクと関係する。毎分85あるいは安定時より10~15の増加はECOPDの可能性がある。
・呼吸数は、毎分24以上が問題。増悪では呼気時間が短縮する結果、十分に吐けなくなる空気取り込み(gas trapping)が起る。特に入院となる場合のほとんどで起こる。しかし、18~20程度なら外来治療が可能である。
そこで、心拍数が毎分、95以下で呼吸数が24以下を軽症と中等症の分岐点とした。
・肺内における換気/血流の不均等はCOPDのガス交換異常を起こす主たる原因である。増悪時に動脈血の血液ガスの測定が望ましいが施設によりできないことがある。できない時はパルスオキシメーターで代用する。しかし、黒人では不正確であるので慎重な判断が必要である。
・増悪で高炭酸ガス血症を伴うときは予後不良である。
・酸素吸入下で動脈血の酸素飽和度(SaO2) が88~92%が問題である。
ECOPDでは平均2%以上のSaO2低下ある。
➡以上より軽症のECOPDとは酸素飽和度(SaO2)が92%以上の場合で安定時より3%以内の変化と決めた。
中等度とはSaO2が92%以下で(and/or) 変化が3%以上の場合。
重症とは高炭酸ガス血症がある場合でPaCO2>45mmHgでpHが7.35以下の場合。
・血中のCRPはECOPDではウィルス感染、細菌感染の指標となり抗菌剤開始の指標となる。
高CRPとは8-156 mg/L (注:わが国ではmg/dlで表記している)以上の場合
CRP値が10㎎/Lが軽症、中等症の分岐点とした。
CRPは心拍数、呼吸数、酸素飽和度と同列扱いとする。
Q. ECOPDの併存症の問題とは?
・心不全、肺炎、肺血栓塞栓症を伴う場合には治療方針が異なるので診断が重要である。
その他、気胸、不安神経症の悪化、喘息、心筋梗塞、不整脈の場合がある。
COPDの日常診療の判断で、もっとも重要なことは増悪の治療開始です。ローマ提言による新しい定義は、COPDの診療の大多数を担う、非専門医およびそこで働く看護師など医療者へのメッセージとなっています。
これまでCOPDは、早期診断、早期治療が重視され、ECOPDについてはあまり重視されてきませんでした。
以前は急性増悪と呼ばれていたのが、増悪とだけ呼ばれるようになり、必ずしも数日の急性期だけの変化ではない点を重視しています。しかし、日常の診療で多数のCOPDを診ている私たちの立場では、時には数週間、あるいは数か月間に近い増悪の患者さんを時々、診ることがあります。このときの治療が奏功すれば、悪化する前の状態まで改善させることができます。また、新定義では、自覚症状の変化や、心拍数、呼吸数、酸素飽和度などが重要視されていますが、日常の診療でもっとも大切な点は、聴診器による肺の聴診をきちんと行うことで、増悪状態は早期に発見ができると思われます。残念ながら今回、その点が指摘されることはありませんが、日常診療の基本事項であると考えています。
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