胎児や乳幼児の時代に受けた栄養障害が、中年期になり動脈硬化や糖尿病などの発症に影響するという説は、英国、ベイカー(Baker)による仮説として知られています。すなわち、出生前後の時期の栄養障害が、後年、成人に達したあとに肥満、糖尿病、インスリン非感受性、高血圧、高脂血症、および冠状動脈性心臓病や脳卒中を含む合併症を含むメタボリック・シンドロームに対する感受性を高め、発症しやすくなるという考え方です。
この説を、COPDの発症原因にまで広げたのがこの論文[1]です。生下時の記録からフォロー・アップを始め、ほぼ60年間にわたる観察記録は貴重です。
Q. 研究の方法と結果は?
研究方法:
・オーストラリア、タスマニア州の地域中核病院間の共同研究(TAHSコホート)。スタートは1968年。7歳の学童を対象とした前向き人口ベースのコホート研究。親が呼吸器質問票に記入し、子供(研究対象者)が臨床検査に参加した。平均年齢14歳、18歳、32歳、45歳、50歳、53歳で追跡調査した。
・計1,445人の参加者からのデータを分析した。最終の肺機能は53歳で測定した。在胎週数の区分は、非常に早産(28週から<32週)、中等度の早産(32週から<34週)、後期早産(34週から<37週)、および満期(≥37週)に分類した。
・線形およびロジスティック回帰モデルを適合させて、未熟児と肺機能測定値(FEV 、強制肺活量[FVC]、FEV/FVC比、FVCの25〜75%での強制呼気流量[FEF])、一酸化炭素[DLCO]の拡散能)およびCOPD(気管支拡張後FEV/FVCが正常値の下限未満)、性別、年齢、身長、妊娠中の親の喫煙、年長の兄弟の数、出生時の母親の年齢、および子供の社会経済的状態を調査した。喫煙習慣と喘息の有無も調査した。
・53歳時点でのCOPDの診断は、気管支拡張後のFEV/強制肺活量(FVC)比によった。45歳と53歳の両方で利用可能な肺機能データを持つ個人のサブセット(n=482)の場合、45歳(ベースライン)から53歳までの絶対FEV、FVC、およびFEV/FVC比の年間変化率および2つの時点の差を差し引き、フォロー・アップ期間で割ることによって計算した。
結果:
・TAHSコホートからの在胎週数に関する利用可能なデータを持つ3,565人のうち、1,445人(41%)の研究対象者がこの研究に含まれた。1445人の研究対象者のうち740人(51%)が女性。
・在胎週数は28週から43週の範囲。1,445人の対象者のうち、5人(<1%)が非常に早産、41(3%)が中等度の早産、172(12%)が早産、1227(85%)が早産に分類された。
・1961年時点でのコホートで生き残った非常に早産の未熟児はごく少数。したがって、これを中程度の未熟児グループと組み合わせた(n=46)。喫煙に関する質問に回答した1,444人の参加者のうち、669人(46%)は喫煙歴あり。565(39%)は過去の喫煙者であり、210人(15%)は現喫煙者。1,440人の参加者のうち149(10%)が現在,喘息があった。
・中等度の早産、後期早産、および満期のグループは、53歳での性別、喫煙、社会経済的状態、呼吸器症状などの特徴に有意差はなし。中等度の早産グループでは、7歳で肺機能がわずかに低下していた。
・性別、年齢、成人の身長、出生時の母親の年齢、年長の兄弟の数、母親と父親の喫煙、および幼少期の家族の社会経済的状態を調整した後では、中等度の早産は、年齢でのCOPDのリスクの増加と有意に関連していた。
・FEV1および/ FVC比は、45歳から53歳の間に、満期産グループよりも中等度の早産グループの方が急速に低下した。
・在胎週数を連続変数として分析した場合、在胎週数が高いほど、FEV/FVC比が高くなり、COPDのリスクが低下した。
・FEV/FVC比との関連については、未熟児と喫煙状態の間に有意な相互作用がみられた(p= 0・0082)。中等度の早産では、現在の喫煙者のFEV/FVC比の低下と有意に関連していた。
・COPDと、現在の喫煙者(OR 4・3 [95%CI 0・77–24・4])、過去の喫煙者(1・7 [0・21])の間で、COPDと非常に中等度の早産との関連についても同様のパターンが観察された。
・小児喘息と未熟児との相互作用は、COPDでは有意ではなかった
(p= 0.36)。
考察:
・早産児は中年期に閉塞性肺機能障害とCOPDのリスクが高い可能性があることを示唆する。特に、中等度の早産の対象者でDLCOの低下が観察された。これは、未熟児に関連する障害が気道と実質に存在することを示唆する。
注:胎児期の早期に気管支の枝分れは完成し、肺胞形成はそれよりかなり遅れて始まり、思春期ごろまで持続する。本研究の結果は両者に影響が及んでいることを示唆する。
・より極端な未熟児では正常な肺の発達が妨げられ、構造的および機能的な異常を引き起こす可能性があるという観察結果と一致している。 これらの欠陥は成人期まで続く可能性があり、気流閉塞やCOPDのリスクを高める。具体的には、本研究の結果は、閉塞性肺機能障害は中等度の未熟児でも発生する可能性があることを示唆する。
・中等度の早産児が、生後60年目で閉塞性肺機能障害とCOPDのリスクを高めた可能性があるという新たな証拠となる。さらに、この長期的な悪影響は、喫煙によりさらに悪化させる可能性がある。
本研究の特徴は、多数の人たちのデータを生下時から60歳近くまで観察し得たということです。気管支の形成と肺胞の形成に時期的なずれがあることは、各々の形成の重要な時期に身体に、低栄養や肺炎など、または受動喫煙などの影響が加わるとバランスが悪い状態が引き起こされることになります。肺胞と気管支のバランスが崩れた状態はdysanapsisと呼ばれ、注目されてきました。
1960年代と比較して現在では、生下時体重が500~1000gでも救命できるようになりました。しかし、未熟児では、中高年で頻度の高いCOPDを含む慢性疾患が多くなる可能性があります。喫煙は、既喫煙者、現喫煙者で本研究でも指摘されたようにCOPD発症のリスクを高めます。
参考文献:
1.Bui DS. et al. Association between very to moderate preterm births, lung function deficits, and COPD at age 53 years: analysis of a prospective cohort study
Lancet Respir Med 2022; 10: 478–84. Published Online February 18, 2022 https://doi.org/10.1016/ S2213-2600(21)00508-7
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