2023年2月9日
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は、呼吸器系の急性感染症です。他方、喘息は気道の慢性炎症性病変ですが繰り返し発作を起こすことがあり経過は慢性です。
パンデミックの当初は、喘息やCOPDの患者さんの多くはCOVID-19にかかりやすく、発症すれば重症化すると考えられていました。両疾患とも経過中に一時的に増悪する場合は、カゼが契機となることが多く、カゼはライノウィルス、コロナウィルス(通常型)、インフルエンザ、RSVウィルスによることが多いからです。
最近になり喘息、COPDにおけるCOVID-19の影響について多くの研究論文が集積され、その実態がかなり、明確になってきました。その中でも、ここで紹介する論文は喘息、COPDで使われる吸入ステロイド薬が感染予防に影響しています[1]。
Q. 吸入ステロイド薬とCOVID-19の関係の問題点は?
1)実態の把握では中国からの初期の報告例では喘息、COPDなどの呼吸器疾患そのものの診断率が低いことがあり呼吸器疾患との関連性は過小診断、過少報告となった可能性がある、と言われた。
2)喘息やCOPDではすでに広範に気道炎症を起こしており、そこにCOVID-19感染が加わったとしてもその影響の判断が難しい、という問題点が指摘されていた。
3)流行の初期では、COPDや喘息の患者は人込みを避けるなど回避行動があったのではないか。これにより喘息、COPDではCOVID-19が少なかった可能性がある。ただし、フランスからの報告では喘息患者の行動には流行期に入っても変化はなかった。
4)COVID-19患者の治療に吸入ステロイド薬(ICS)を使用するとCOVID-19病変のリスクを軽減できたという報告があるがその真偽は不明とされていた。
Q. 新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)はどのようにして細胞に感染するか?
新型コロナウィルスが細胞に感染していくルートは以下のような機序と推定されている。
・新型コロナウィルスSARS-CoV-2は、ウィルスが持つスパイクタンパク質(S)のサブユニット(S1とS2)を使用しアンギオテンシン変換酵素(ACE2)を介して宿主細胞に侵入する。SARS-CoV-2は1本鎖RNAウィルスである。
・ACE2は鼻粘膜上皮を含む上気道、いくつかの臓器の内皮細胞、肺胞上皮細胞に豊富に発現している。ACE2とII型膜貫通セリンプロテアーゼおよびメタロプロテイナーゼとの相互作用でウィルスは細胞内に入り込む。従ってACE2を有する細胞がウィルスに感染しうることになる。
図1:SARS-CoV-2が細胞内に侵入する機序と吸入ステロイド薬(ICS)がそれを抑制する機序を示す。
Bafadhel M. et al. Eur Respir Rev 2022; 31: 220099より邦訳修正
SARS-CoV-2は、細胞が持っているACE2に結合し、TMPRSS2と呼ばれるタンパク分解酵素によりウィルスのスパイク蛋白を「起爆」させる。その結果、細胞膜に裂け目ができて細胞内にウィルスが入りこみ、細胞の中でウィルスの増殖が始まる。
ADAM17はACE2を除去する作用を示す。その結果、ACE2は可溶性となりウィルスと結合してもウィルスは細胞に感染することができない。
ADAM17の働きは不明であるがウィルスが細胞内にとどまることに貢献していると考えられている。
ICSはウィルスが細胞に付着すること、および細胞に入りこむ際に働くTMPRSS2、ADAM17に作用して細胞がウィルスに感染することを防ぐと考えられている。
Q. 肺組織における感染は?
・SARS-CoV-2感染が起こる➡肺細胞に対する細胞の変性作用とウィルス誘発性免疫応答が起こる➡その結果、肺胞の損傷、肺胞表面に硝子膜の形成、肺水腫が生ずる➡すなわち、広範な肺組織の損傷が生ずる。
・重症例では感染は炎症誘発性サイトカイン、ケモカインの血清レベルが高く、インタフェロン反応が十分に働かない状態となる。
・最重症では急性呼吸窮迫症候群を起こし人工呼吸器の装着が必要となる。
➡さらに多臓器障害を起こす。
Q.喘息で吸入ステロイド薬使用とCOVID-19の関連でこれまでの報告は?
・これまでに11論文の報告がある。喘息ありで吸入ステロイド薬使用が感染リスクを低下させた、あるいは軽症であった場合が7論文、逆に喘息では重症化するとする論文は2論文、悪化も改善もなしが2論文。
Q.喘息でCOVID-19に与える吸入ステロイドの効果は?
・7研究が進行中である。
Q.吸入ステロイドがCOVID-19に対する効果の機序は?
・好酸球増多、Th2-highを伴う喘息では一般にウィルス感染が起こりにくいというデータがある。しかし、臨床的にはウィルスによる上気道感染で喘息悪化が起こることが多い。
・ライノウィルス感染症の場合には吸入ステロイド使用では感染は少ないが、投与のタイミングと投与量が重要であるというデータがある。
Q.吸入ステロイド薬が働く機序は?
図1のような機序で吸入ステロイド薬が働くと考えられている。
・ACE2、プロテアーゼの発現が吸入ステロイドの影響を受け吸入ステロイド使用で減少する。
・しかし、一部の吸入薬だけが効果を示すことが判明しているが吸入ステロイド薬の全てに共通ではない。
・有効な吸入ステロイドでは感染後の気道炎症に対する治療効果を示すと考えられている。
Q. ステロイドの種類の差がCOVID-19に与える影響は?
・ブデソニド、シクレソニド、モメタゾンはコロナ感染を抑制する。
・フルチカゾンには抑制作用なし。
Q.吸入ステロイド薬とCOVID-1の関係:結論は?
・吸入ステロイドの使用は感染して症状が出始めた数日以内なら効果あり。感染者、ハイリスクの患者にも有用である。
・したがって、吸入ステロイド治療がすでに行われている場合は新型コロナウィルス感染が起こっても中止しない。
・しかし、使用しても回復時間を早めるかどうかは不明である。
・ワクチンや治療薬の入手が困難なアフリカなどでは吸入ステロイド薬を配布しておくという方法がありそうという提言ある。
・COPDでは現喫煙者は感染しやすい。しかし、現在の非喫煙者COPDは感染リスクや重症化リスクが高いかどうかは不明である。
当初は、喘息やCOPDの患者さんが感染すると重症化すると考えられていましたが、私たちが診ている患者さんでも吸入ステロイド薬を使っている方の中にはむしろ軽症で済んでいる人がいます。吸入ステロイド薬は喘息の治療で必ず使用しますがCOPDでは使用する場合と、細菌による気道感染をかえって増加させるという意見があり、使い分けています。また、感染予防のためにも禁煙は必須です。
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