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No.41 ビル・ゲイツが提言する新型コロナウィルス肺炎対策の展望

2020年3月9日


 マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツは、資産家として知られていますが2008年以来、妻、ミリンダとともにビル&ミリンダ・ゲイツ財団を立ち上げ慈善活動に取り組んでいます。その彼が、米国でトップの臨床雑誌に新型コロナウィルス肺炎(Covid-19)の対策につき論評を寄せています[1]。


ビル・ゲイツは、世界中が流行疾患によるパンデミックに陥る可能性を指摘し、強力な対策を講じることを提言し、その支援をしてきました。彼の論文は、同じ雑誌に2015年[2]、2018年[3]に次ぐ3回目ですが、医療者ではない彼の提言と実行力は、まさに正鵠を得たものとして改めて評価されます。極めて要点をついており傾聴に値しますので年代順に主張をご紹介します。




1.エボラ出血熱の経験からの提言(2015年)[2]


 エボラ出血熱の流行よりさらに脅威となる感染症の大流行が今後、20年以内に来るだろう。

20世紀, 1918-19年にスペインからのインフルエンザの大流行があり、世界中で約5,000万人が犠牲となった。

エボラ出血熱は、はしかや、インフルエンザの流行と異なる点は接触感染だけでなく空気感染により被害が拡大したことであり、マーケットや航空機内での感染の急速な拡大が問題となった。

現在、エボラ出血熱に対する対策は完全なものとなっているが、より感染力の強い感染症がバイオ・テロリズムとして使用される可能性がある。これに対しNATO(北大西洋条約機構)は結束して、医療対策だけでなく感染拡大防止の観点から燃料、食料の安定的な調達方法、言語の違いを越えた情報伝達の方法の仕組みを整えるべきである。

2001年、米国では、ジョンズホプキンズ大学の研究所が中心となりDark Winter exerciseというシミュレーションを実施した。この主な目的は、流行疾患や災害から人々の健康を守り、地域社会が大きな課題に対して回復力を持つことを保証することを目的としている。

2002-2003年、SARSの流行があったが国連が提案する、International Health Regulation (国際健康条約)に加盟している国はまだ少ない。

エボラ出血熱の流行の後に、別の感染症が大流行する可能性が高いのでこれに備え、以下の提言を行う。


・全世界的な規模での診療協力態勢の構築。これに対する権限の委譲と資金提供

・全世界的なレベルで速い決断ができること。

・新しい診断法や治療法、アプローチの方法について研究を展開すること。

・早期に警戒し、探知するシステムの改善。

・訓練された人員の確保。

・低、中経済国における健康システムを強化する。

・予め予行演習をしておくこと。


WHO(世界保健機関)には全世界的な警告を与えるネットワーク・システムが存在するが、スタッフ不足、資金不足がある。自然発生的な流行疾患だけでなく、バイオ・テロリズムに対する備えを充実させることが必要である。世界銀行の試算では、もし発生すれば3兆ドルの損失となるという。



健康管理システムとサーベイランス


 エボラ出血熱は、速いスピードで拡散したが対策としてプライマリ・ケアの態勢が脆弱であることが判明した。健康管理システムは、流行に備え、広域をカバーするものであることが必要である。これを整備しないと「貧乏―疾病の連鎖」から最貧国は抜け出すことができない。また、最貧国でのサーベイランスのシステムを作り上げる必要がある。これは流行時期と平時の両方に備える必要がある。多くの国で対策システムはポリオ撲滅時代からあまり進歩が認められない。



人材と資金面


 エボラ出血熱の対策が終了したらそのノウハウを知る人材をまだ流行地となっている地域へ移動派遣させること。これを数日間のうちに行う必要があるが実際は2,3カ月間の時間を要した。訓練された人材を確保しておくこと、インシデント対策を決めておくこと、疫学サーベイランスを現地で実施できる専門家の確保、全体を統括管理できるリーダーの育成が大切である。特に言語が異なる地域での対策を認識しておく必要がある。ボランティア活動を支援するため保険や資金援助が必要である。機器、薬剤などの準備だけでなく運搬する手段を確保する。流行期には富裕国が相互に援助する必要がある。

新しい感染症がパンデミックとなれば恐らく1,000万人規模となる可能性があり、これはエボラ出血熱の100倍に相当する。

WHOとCDC(Center for Disease Control and Prevention)は、資金力、技術力などを有する会社の立ち上げを急ぐことが必要である。また、専門家を入れ被害拡大についてコンピュータによる正確な予測を行うこと、情報を末端の人たちへ写真などを含めできるだけ正確に、個別的に、しかも速く伝えるためのシステム作りを行う必要がある。



医療技術の進歩が必要


 診断方法、効果的な薬剤、ワクチンの製造を進めることが必要である。多種の病原体を想定して開発することが必要であり、これに必要な国際的な資金協力と情報の共有が必要である。定量型のPCR法の測定機器は高価であるが、検査結果が1-3日間で得られるようにしなければならない。エボラ出血熱では患者数がピークとなるまでこの体制が整備されなかった。

治療として、抗ウィルス薬、抗体薬、RNA製剤や血漿交換などの技術進歩を急ぐ必要がある。インフルエンザ対策にしても全ての型のインフルエンザに対し効果的な薬剤開発が必要である。

流行時には、質の高い信頼できる情報やメッセージを政府や、国連、ブログニュースなどから得られるようにする。



全世界的なアクションを起こす


 米国はもとより全世界的な国々との連帯で強力な資金援助体制を構築していくことが必要である。

新たな流行疾患は、数十年以内には起こるので国連、WHO、NATO諸国などの強力な強力態勢を整備することにより数百万人規模のいのちを救える可能性がある。




2.パンデミックに対する革新的な態勢の整備を (2018年) [2]


 近年、数十年間にわたり乳幼児の死亡率の低下、感染症による死亡者数の減少がある。ワクチン開発や、その他の対策の進歩により1990年以降、50%減少した。

ポリオは撲滅し、HIVも危機的状況ではなく、全世界の半分はマラリア感染からのがれている。しかし、新しい感染症のパンデミック対策は不十分であり、新しい病原体とバイオ・テロリズムの危険がある。1918年に流行したようなインフルエンザが現在、発生すると死亡者は、1か月目では、28,600人であるが3か月目には10,120,300人、6か月目には32,918,500人に達する可能性がある。


現在、二次感染症に対する抗菌剤はあるがどのタイプにも効くインフルエンザ・ワクチンは以前よりも必要性が増している。その開発費として1200万ドルを拠出した。2017年、CEPI(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations: CEPI:流行疾患対策連合)には6億3千万ドルを拠出し、WHOを巻き込み、ラッサ熱、NiPahウィルス、MERS対策を行ってきた。さらにCEPIは、新しい感染症に対するワクチン開発を急いでいる。開発会社をサポートし、技術力の向上、核酸ワクチン、ウィルスベクター、その他の革新的な治療の開発を行っている。ワクチン開発は流行開始から2-3週間以内とするような抗ウィルス薬の開発を目指している。モノクロナル抗体、回復者にみられる中和抗体の開発、など新規治療の開発が目的である。


昨年、ミュンヘン安全会議が開催されたが、その席上、私は出席のリーダーたちにバイオ・テロリズムやそれに近い状況となれば、数百万人が死亡し、経済状態は壊滅する可能性があり、その予防対策を行う必要性を提言した。

2018年初頭に開催された米国会議は、世界的な健康安全策に向けた会議であったがホワイトハウスが主導し、米国が世界の健康維持、パンデミック対策を行うことが話し合われた。


20世紀だけで3億人が天然痘で死亡した。ポリオは撲滅に成功したが、30年前には125ヶ国で毎年、35万人の子供たちが死亡か、麻痺を残した。現在、2100万人がHIVの治療を受けている。ここまで対策を進めた医療の進歩に感謝している。AIDS対策は大統領諮問委員会が貢献してきたがなお、多くの感染症対策にリーダーシップをとることが期待されている。パンデミック対策には多くのいのちがかかっているのである。




3.Covid-19は世紀に一度のパンデミック(2020年) [3]


 リーダーの役割は、差し迫った問題を解決し、それが反復して起こることを防ぐことであありCovid-19のパンデミックはその例である。この対策は、長期的な展望に立ちアウトブレイクの対応能力を向上させる必要がある。



Covid-19が脅威となる理由


・持病、基礎疾患を抱えている高齢者だけでなく健康な成人にとっても脅威である。現在の致死リスクは1%であり、これは1957年のインフルエンザのパンデミック(0.6%)、1918年のインフルエンザのパンデミック(2%)の中間に相当する


・Covid-19の感染力の強さ。一人の患者が2人あるいは3人に拡大し、指数関数的に増加する。中東呼吸器症候群(MERS)や重症急性呼吸器症候群(SARS)よりも広がる速度が速い。Covid-19はすでに4分の1の時間でSARSの10倍の症例を引き起こしている。



支援が必要な領域


 富裕国は、自国民の対応を支援するだけでなく、低・中所得国で生ずるパンデミックの予防を支援しなければならない。これらの国々では、医療体制が不十分であり短期間でパンデミックとなる可能性が高い。

そこで、ビル&ミリンダ・ゲイツ財団はアフリカ、東アジアの危機を防ぐことを目的として1億ドルを拠出することにした。



Covid-19 にどのように対応するか


・ウィルスのゲノム配列を決定しワクチン候補を絞ること。すでに8つのワクチン候補が完成している。

・ワクチンの製造技術を向上させることが必要である。

・緊密な国際協力が必要であり資金調達が必要である。試算ではさらに数十億ドルが必要である。

・国際的な協力とデータの共有を進めることが必要である。




参考文献:

1.Gates, B. Responding to Covid-19 — A once-in-a-century pandemic? New Eng J Med, This article was published on February 28, 2020, at NEJM.org.

DOI: 10.1056/NEJMp2003762


2.Gates, B. The next epidemic- Lessons from Ebola. New Eng J Med, 378;22:1381-1384. Published on May 31, 2018. DOI: 10.1056/NEJMp1806283


3.Gate, B. Innovation for pandemics- Regarding to Covid-19. New Eng J Med 378; 22: 2057-2060. Published on May 31, 2018. DOI: 10.1056/NEJMp1806283


※無断転載禁止


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