2020年3月30日
新型コロナウィルス感染(COVID-19)で最重症となった多くの人は、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)が原因だと報告されています[1-3]。武漢市からの報告では集中治療室(ICU)に入院した患者の67-85%はARDSと診断され、その死亡率は61.5%でした[1-3]。
ARDSは、治療が難しいだけでなく病態の理解が難しい病気です。ここでは、患者さん向けのガイド[4]を中心にARDSを説明します。
Q. ARDS (急性呼吸窮迫症候群) とはどのような病気か?
重症の肺傷害である。肺に水分が異常に貯留し、そのため肺胞から酸素が取り込むことが困難となる。高度の酸素不足が生ずる。その結果、全身の臓器の障害を引き起こす。
Q. ARDSの原因は何か?
さまざまな原因で起こるが、特に頻度の高い原因は以下である。
・重症感染症(敗血症):感染が身体中に広がった状態を指す。
「敗血症」とは感染症に対する制御不能な宿主反応が起因した生命を脅かす臓器障害と定義されている[4]。COVID-19はこれに相当する。
・嘔吐で大量の胃液を肺の中に吸い込む:胃液は強い酸であり、肺に広く重い傷害を与える。
・広範で重篤な外傷や火傷。
・薬物による副作用。
・急性膵炎など。
Q. ARDSの症状?
・高度の呼吸困難。
・呼吸の回数が非常に多い。
・意識が混濁している。声をかけても正確な返答がない。
・高度の酸素不足の結果生じた、チアノーゼで手指の先がブルーとなっている。
・その他、臓器の病変による症状が多彩に認められる。
Q. 受診のタイミング?
・症状がARDSを疑わせるときにはできるだけ早く、受診する。
・多くの場合には緊急入院が必要。
・受診先は、入院可能であり、集中治療室(ICU)がある病院が望ましい。
・救急車による搬送。病院の救急外来受診。多くは、救急車が空きベッドや病院の受け入れ可能を確認の上、病院へ搬送することになる。経過を理解している身近な家族の同伴が望ましい。ただし、ICUでの救急対応が必要であるかどうかは、医師の判断による。
Q. ARDSの検査?
・胸部X線写真、正面像。胸部CTは、診断の確定、重症度の把握に有力。
・その他、各種の血液検査、心電図、動脈血の酸素、二酸化酸素濃度およびpH。指先などで測定するパルスオキシメーターによる酸素飽和度で低酸素血症は推定できるが、重症度の目安である二酸化炭素血症の状態は測定できない。
Q. ARDSの治療の概略?
通常、集中治療室(ICU)で治療を行う。ICUは、日本集中治療医学会で「集中治療のために濃密な診療体制とモニタリング用機器、ならびに生命維持装置などの高度の診療機器を整備した診療単位」と定義されている。
治療は、複数の医師および看護師、臨床工学技士、呼吸リハビリテーションの理学療法士、呼吸療法士、管理栄養士などがチームを作って治療にあたる。
・酸素投与の開始。点滴を開始して注射による継続治療を行う。気管内挿管(チューブの挿入)や気管切開を行い、人工呼吸器をつなぐ。
・マスク式の非侵襲的陽圧換気法は、COVID-19ではウィルスが肺内にエアゾル状に拡散する可能性があり使用されない。
・COVID-19によるARDSでは、ECMO(体外膜型人工肺)の治療効果が報告されている[1,2]。
Q. ARDSの治療の成否?
・元となるCOVID-19に対する治療効果と全身状態による。
Q. ARDSで何が起こるか?
治療中に異なる新たな問題点(病気)が生じてくる可能性がある。
例えば、入院治療中に細菌性の重い肺炎を併発する場合。
・肺の病変により血液中の酸素濃度が著しく低下する呼吸不全、心臓、肝臓、腎臓などの機能低下による心不全、肝不全、腎不全などはいずれもARDSの悪化要因となる。
・死亡率は高いがICUにおける高度の救命治療が奏功することが多い。しかし、長い期間、高度の酸素不足による思考能力の低下、長期間の寝たきりにより身体活動度の低下を起こすことがありリハビリテーションが必要となる。
Q. ARDSの定義?
ARDSは、最重症の呼吸器疾患である。わが国では、日本呼吸器学会、日本集中治療学会、日本呼吸療法学会の3学会が合同で「ARDS診療ガイドライン2016」を発表している[5]。この中で、世界5か国のICU入室患者の10.4%がARDSであり、治療後の院内死亡率は約40%と報告されている。
ベルリン定義 (2012年)と呼ばれる新しいARDSの要点は以下の通りである。
・発生から1週間以内である場合とする。
・画像所見の明確化:胸部X線写真の正面像で肺の両側に浸潤影を認める場合。胸水や腫瘍による陰影の場合は除く。
・肺水腫(肺胞などに広く水分が溢れた状態)の成因を検査により明確にし、他の原因で起こった可能性を否定する。特に、心不全による肺水腫は厳密に除外する。
・酸素化能(体内の臓器に十分な酸素を送り込める能力)を一定の条件で決める。
・重症度の決め方:動脈血の酸素濃度(分圧)と吸入している酸素の濃度の比により重症度を決める。この基準で調査した国際的な死亡率は()内。軽症の死亡率(=27%)、中等症の死亡率(=32%)、重症の死亡率(=45%)。
Q. ARDSの研究歴史?
米国、コロラド大学のAshbaugh, Petty の提唱により成人型呼吸窮迫症候群(Adult Respiratory Distress Syndrome;ARDS)と呼ばれた(1967年)。この時は、小児でみられる同じような病態と対比する形で成人(=adult)と呼ばれたがその後、Petty により現在の名称に変更された(1971年)。
ARDSは、呼吸器疾患の中では最も治療が難しい疾患の一つに上げられています。重症化するとともに多の臓器の傷害が加わり、重なることによりさらに重症化していきます。一人ひとりの救命に多くの医療者が24時間体制で取り組むことになります。
現在のICUでの治療は医師を中心とした高度に訓練された医療チームにより行われています。COVID-19による重症のARDSの治療が、ICUや一般病棟で対応できる限界を超える患者数に達したときには医療崩壊に陥る心配があります。
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