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No.59 降圧薬が新型コロナウィルス感染症にかかりやすくさせるか?

 

2020年5月11日

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)にかかりやすい人がいるのではないか、そのかかりやすさには高血圧の治療薬の一部が関わっているのではないか、すなわち、薬が新型コロナウィルスに罹りやすくしているのではないだろうか、という指摘は初期にたくさんの患者さんを診ていた中国グループからの注意喚起でした。

きっかけは、2020年2月、最も死亡者が多かった中国からの二つの文献でした。重症となりICU(集中治療室)で人工呼吸器などによる救命治療を受けた後、死亡した患者(52人中の32人)には脳血管障害が22%、糖尿病が22%であることを報告しました[1]。続いて発表された論文[2]では1099人中173人が重症で死亡していました。その合併症は高血圧23.7%、糖尿病16.2%、冠動脈疾患5.8%、脳出血2.3%でした。これらの論文を受けて高血圧の治療薬は安全か、感染しやすくしているのはないだろうか、という議論に発展していきます。



Q. 新型コロナウィルス感染症の死亡原因の共通点は何か?


・脳血管障害、冠動脈疾患など血管病変が多い。


・共通の基礎疾患として高血圧がある。


・高血圧の治療を受けている高齢者は極めて多く、ハイリスク・グループと考えられている。



Q. 仮説 ― 高血圧の治療薬に問題があるのではないか?


 さらに、次の論文では高血圧の治療薬の一部がCOVID-19 に罹りやすくしているのではないか、という仮説がNature Review Cardiologyの論文で提唱されます[3]。この雑誌は質の高い論文を掲載しており、注目度がさらに高まっていきます。

その仮説は以下のような考え方です。

・新型コロナウィルスは、正式の名称は、SARS-Cov-2と呼ばれるウィルスです。


・ACE2(angiotensin-converting enzyme 2)の受容体が、ウィルス(SARS-Cov-2)が細胞に結び付く「鍵穴」となっているのではないか?


・ACE2は肺、血管、心臓、腎臓など多くの臓器の細胞膜に結合している。これらはいずれもCOVID-19で病変が起こりやすい臓器である。


・ACE2は、健康な状態でも心血管、免疫系で重要な働きをしている。発症で免疫異常が起こりやすいことも知られている。


・ウィルスの表面にあるスパイク状の構造が「鍵」となりACE2の「鍵穴」と結びつくことで細胞に付着し、さらに細胞の中に入りこんで数を増やし、やがて細胞を壊し、外に放出され、一気に感染が体内で広がる。


・ACE2は、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系を阻害する高血圧の治療薬の服薬で増加することが知られている。


・したがって、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系を阻害する高血圧の治療薬を服薬している人たちにCOVID-19が多く発症しているのではないか?



Q. 臨床データから『仮説』は否定された。


 わが国で高血圧の治療を受けている人は約4300万人といわれています。米国では成人の46%が治療を受けています。膨大な人数です。

多種の治療薬が使われていますが、アンジオテンシン受容体遮断薬(ARB)とアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤はカルシウム阻害薬と並び多用されている重要な薬です。ARB,ACE阻害薬が危険だと結論されれば、大きな騒ぎになることは必至です。

ところが、最近、発表された以下の2つの論文は、COVID-19の発症と降圧剤の関係を否定しています。

・米国のデータ[4]

 調査した12,594人のうち、5,894人(46.8%)がCOVID-19の診断確定。うち、重症は、1,002人(17.0%)。高血圧の治療を受けていた人は、全体で、4,357人(34.6%)、そのうち、2,573人(59.1%)でCOVID-19の診断確定。634人は重症として加療された。

 これらすべての症例での服薬調査で高血圧の治療薬が、発症と関係なく、また重症化とも関係していなかったことが統計学に明らかになった。

・イタリアのデータ[5]

 COVID-19の診断が確定した6,272人を、感染なし、の30,759人と比較した。平均年齢は68歳。女性は37%。

 服薬している降圧薬はCOVID-19の発症に関係していなかった。



 私が診ている患者さんの中に高血圧の治療薬を服薬している人はたくさんいます。2月に中国から降圧薬の一部がCOVID-19の感染を誘導している可能性があり、危険であるという警告論文を読んでから、ずっと真実はどうなのか、と心配していました。

今回、否定する論文[4,5]を読んで安心しました。高血圧の服薬は、COVID-19が心配だからという理由で中止してはいけません。中止により心血管病変のリスクが高くなり、死亡リスクが高くなると警告しています[4,5]。

ふだん使っている薬が危険であるという情報は他にもあります。市販薬の鎮痛薬、NSAID(エヌセイド)sがCOVID-19の感染誘導に働く可能性があるといわれています。COVID-19の初期症状が発熱、咳と言われた時期がありました。自分の判断で、解熱剤を服薬するとかえって危険だという、理由がここにあります。 

また、欧米ではCOVID-19の感染初期の症状で、動悸、胸部圧迫感など心血管系の症状を重要視しています。




参考文献:

1. Zheng Y-Y et al. COVID-19 and the cardiovascular system. Nature Reviews Cardiology, in press, March 5, 2020.


2. Yang X, et al. Clinical course and outcomes of critically ill patients with SARS-CoV-2 pneumonia in Wuhan, China: a single-centered, retrospective, observational study. Lancet Respir Med 2020; published online Feb 24. https://doi.org/10.1016/S2213-2600(20)30079-5.

3. Guan W, et al. Clinical characteristics of coronavirus disease 2019 in China. N Engl J Med 2020; published online Feb 28. DOI:10.1056/NEJMoa2002032.


4. Reynolds R. et al. Renin–Angiotensin–Aldosterone system inhibitors and risk. New Eng J Med, This article was published on May 1, 2020, at NEJM.org. DOI: 10.1056/NEJMoa2008975


5. Mancia G. et al.Renin–Angiotensin–Aldosterone system blockers and the risk of Covid-19. New Eng J Med 2020; This article was published on May 1, 2020, at NEJM.org. DOI: 10.1056/NEJMoa2006923

※無断転載禁止

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