鼻や口から吸いこんだ空気は、喉を通り過ぎ、左右に分かれた気管支を経て肺胞に至り酸素を取り込み、二酸化炭素を外に排出するガス交換が行われます。
食べ物を送りこむ食道と気管支が分かれている部分に繋がる喉頭は体のなかでも一番、細くなっており、複雑な神経支配でコントロールされている部分です。しかも、この部位の病気に対する診療の分担は耳鼻咽喉科と消化器科、呼吸器内科に加え診療内科が関わりあう複雑な役割分担となっています。
ほぼ中央部に位置する声帯がある喉頭が炎症で浮腫(むく)むと喘息とほとんど同じような症状を呈することがあります。誘導性喉頭閉塞と呼ばれる病気は、喘息と重なる部分もかなりありますが喘息の治療薬が奏功しない厄介な状態です。研究は遅れていますが、最近の雑誌に
誘導性喉頭閉塞(ILO)を分かりやすく分類できないか、という提言があります。
はじめにILOの概略を説明し[1]、筆者たちの考え方を説明します[2]。
Q. 誘導性喉頭閉塞(ILO)はどのような病気か?
・ILOの別名は声帯機能不全症
・喘鳴、呼吸困難、咳を起こす。
・発症の機序➡息を吐いたり吸ったりすると、声帯がカーテンのように開き、肺に空気が入る。健常者では、吸気時に声帯は外転(開いた状態)、呼気時に部分的に内転(閉じた状態)する。
・ILOの人では、声帯が閉じたままになったり、少しだけ開いたりすることがある。これは、運動中や誤嚥などで喉を刺激した後に発生することがある。その結果、喘鳴、呼吸困難や他の症状を引き起こす。
・男女ともに起こりうるが女性に多い。全年齢で発症するが小児と成人に多い。
Q. ILOの原因は?
・ILOの症状を引き起こす声帯の問題は常に発生するわけではない。「誘導性」という意味はそれが何か他のものに反応して起こることを意味する。ILOを引き起こす可能性のあるものは「トリガー」と呼ばれる。
・以下がトリガーとなりうる状態である。
・運動中➡運動が最大になった状態で起こりうる。
・刺激性の煙や化学物質の吸入。
・胃酸の逆流。
・後鼻漏(鼻腔からの粘液が喉の奥に沿って滴り落ちるとき)。
・ストレスや不安。
・明白な引き金が無い場合もある。
Q. ILOが起るときの症状は何か?
・呼吸困難。
・呼吸するときにゼイゼイする、あるいはヒューヒューという音がする。首の前方で最も大きく、胸壁では聴かれにくい。気管支拡張作用を有する吸入薬の効果がない。
・喉の圧迫感。
・発作と発作の間期には嗄声を訴えることがある。
・喉の圧迫感、嗄声、断続的な喘鳴および呼吸困難のある場合に疑われる。
Q. 診断方法は?
・診断のためには気管支拡張薬による負荷テストが有力な情報となる。負荷テストに反応しないことが根拠となるが、喘息が合併していることが多いので決め手にはならない。
・耳鼻咽喉科医による喉頭鏡検査が不可欠である。喉頭鏡検査で声帯の異常な内転が観察されたときには吸気性ILOと診断される。これにより誘発されていなければ診断がつけにくい。
Q. ILOの問題点は何か?
・発症の仕方が複雑➡今後の研究で病態が明確になれば細分化し、それぞれに応じた診断法や治療法が確立されていく可能性がある。
以上は[1]による。
Q. 提案された4つの病型とは何か?
著者らが提案する4型を図示したものが下図である。
Leong P. et al. Middle airway obstruction: phenotyping vocal cord dysfunction or inducible laryngeal obstructions.Lancet Resp. 2022; 10: 3-5. より一部改変
1.呼吸器疾患関連型:喘息やCOPDがある場合
喘息患者の20~40%、COPDの3%で見られる。
肺機能検査は異常のことが多い。
喘息やCOPDに対する通常の治療で効果が見られない場合に疑われる。
2.運動関連型:30歳ごろまでのアスリートを含む運動中。
典型的な症状は労作性呼吸困難。
肺機能は通常は正常。
運動誘発性喘息または気管支攣縮が最初の診断であることが多い。
運動中の内視鏡検査により,声帯の吸気閉鎖が頻繁に起こる。
症状が運動だけで起こる場合は「運動誘発性喉頭閉塞」(EILO)と呼ばれる。
➡症状は運動を止めた後、数秒あるいは数分以内に改善する。
激しい運動のときのみに起こる場合と軽度の運動で起こる場合がある。
3.インシデント誘発型:ストレスの多いできごとで誘発される。
精神的な不安定さで誘発される。
急な発症で息切れ、喉の圧迫感、声の変化が特徴。
アナフィラキシーあるいはアレルギ―反応として起こる。
薬の副作用で起こることがある。
新型コロナワクチン接種による副反応の報告がある。
吸気時に声帯が閉鎖する。気道浮腫やアレルギーの特徴がない。
投薬や注射薬によるインシデントとして起こることがある。
4.従来型
症状の変化、すなわち表現型は重複するあるいは経過で変化していく可能性がある。
表現型として逆流症や精神疾患などの併存症、あるいは神経障害として起こる可能性がある。
Q. 表現型ベースの診断の利点は?
診療面で関連する診療科どうしの連携を積極的に勧める理由となる。
症状では以下の場合には、呼吸器内科が最初の受診窓口となることが多い。
・窒息するような感じ。
・話すのが難しい呼吸困難。
・咳。
・確定診断は耳鼻咽喉科医により喉頭鏡、鼻からチューブを挿入して声帯の動きを観察する。
以上は[2]による。
Q. 治療をどうするか?
・ILOのエピソードは通常、自然に改善することが多い。持続している場合悪化、進行している場合は以下の治療を行う。
・浅く、速い呼吸をさせる➡これにより声帯が開くことがある。また鼻呼吸を指示することも効果的である。
・睡眠時無呼吸症候群を合併していることが多く、CPAP治療が効果を挙げることがある。
・酸素療法を行う。
・喘息がある場合には吸入薬を開始する。
・言語聴覚士に相談し、運動中に声帯が閉じない呼吸法を習う。心理療法と言語療法を食合わせた包括的な治療が効果を挙げるという研究があるが確立された治療ではない。
以上は[1]による。
誘導性喉頭閉塞(ILO)が最近になって問題視された背景は、論文にも短く触れていますが新型コロナウィルスに対するワクチン接種で、接種後、急に喘息症状を起こしたり、アナフィラキシーを起こしたという報告例があるからです。接種前の問診であらかじめリスクを明確にしておきたいという、課題があります。
誘導性喉頭閉塞は、息切れ、咳、喘息症状から呼吸器内科を受診することが多いようですが通常の気管支喘息のように吸入薬などの治療が奏功しないことが問題です。心因性の喘息と診断された例に実は、誘導性喉頭閉塞であったという可能性があります。訴えが多彩、多岐にわたることが治療を難しくさせる要因です。耳鼻咽喉科など関連した他の診療科との連携が必要となることが多いようです。
参考文献:
1. Dowdall J.et al. Inducible laryngeal obstruction (paradoxical vocal fold motion) – UpToDate, Literature review current through: Mar 2022.
2. Leong P. et al. Middle airway obstruction: phenotyping vocal cord dysfunction or inducible laryngeal obstructions. Lancet Resp. 2022; 10: 3-5.
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