top of page

No. 334 喘息をどのように予防するか? ―遺伝と環境からみた生活面での注意点―

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 3 時間前
  • 読了時間: 9分

2025年11月21日


 喘息は、呼吸器疾患の中ではもっとも、一般的にみられる慢性の気道疾患です。幼児期から高齢者まで、あらゆる年齢層の患者さんを含むことが特徴です。現在、世界で推定2億6000万人の患者数と言われ、個人的な苦しみだけでなく罹患率、死亡率、経済的な3点でも大きな社会的問題となっています。


 夜中など救急の受診が間に合わない時間に強い発作が起こり、治療が間に合わず、死に至る「喘息死」が大きな社会的な問題となった時期がありました。

 厚労省関連の情報をたどっていくと、その頃、臨床研究に関わった医療者たちによる努力の跡が読み取れます。以下は、その時代の情報の一つです。


 「気管支喘息は、5〜10%の国民が罹患し、苦しんでいるアレルギー性呼吸器疾患である。喘息の病態解明と治療に関する進歩は、喘息が慢性の気道炎症を伴い、長期管理を必要とし、抗炎症薬として吸入ステロイドが有効であるということを明らかにした。(中略)。厚労省関連の研究班として平成18年度から「喘息死ゼロ作戦」の展開に着手し、本研究の申請者は「喘息死ゼロ作戦の実行に関する指針」を作成し具体的な戦略を提示した。疫学調査によると喘息死は1995年をピークに年次毎に減少している。とくに「喘息死ゼロ作戦」の取り組みが開始されたと考えられる2006年には前年の3,198人から 2,778人へと減少し、最新の2013年は1,728人まで減少している。しかし、喘息死をさらにゼロに近づけ喘息の予後を改善するためには、より有効な対策が必要である」(大田 健、「喘息ゼロ作戦」より)。

 2005年ごろ、すなわち20年前には喘息死は、年間、3,000人近くであり、この時代は若い世代の患者さんをも含んでいました。年次ごとに減少していき、やがて高齢女性の喘息死が特徴的であった時期に入りました。高齢女性で独居の人が夜中に大発作を起こし、受診が間に合わない、というような実例をしばしば、耳にしたのもその後の時期でした。

 

 吸入薬など治療薬の進歩と合わせ、治療中の注意点など日常生活に踏み込んだ医療アドバイスが効を奏し、いまでは重症発作による夜間の死亡例はほとんど耳にしないようになりました。しかし、喘息の患者数の全体が減少しているわけではありません。遺伝的に喘息を起こしやすい人がいて、大気汚染など環境要因が加わると発作が起こる機序は変っていません。

 ここでは、最近の論文[1]に従って、分子遺伝学および環境学研究の成果が、喘息の起源と危険因子に関する新たな知見をどのように提供し、生涯にわたって喘息とその進行予防する提言をしているか、について考察します。

 

 

 

Q. 喘息は発症の予防は可能か?

 

・少なくとも40%の症例において、個人レベルおよび地域社会レベルでリスク要因を排除することで喘息を予防できる。

 

 

 

Q. 喘息の多様性とは何か?


1) 発症年齢に小児期発症成人発症がある。成人発症の中には高齢となり初めて症状を認める人もいる。


2) 臨床症状と基礎にある気道炎症の種類から2型に分かれる。

2型高リスクタイプ(Th2-high)と 2型低リスクタイプ(Th2-low)である。前者では抗体薬が使用されるようになり治療効果を高めている。


3) 喘息は、生涯を通じて複数の遺伝的要因と環境的要因、それらの相互作用によって引き起こされる。


4) 遺伝子研究は、喘息の病態、生物学、免疫学に関する重要な知見をもたらし、創薬を促進してきた。多遺伝子リスクスコアが喘息診断を支援し、喘息発症リスクの高い個人を特定する上で果たす役割は、ますます明らかになっている。日常の臨床で使える遺伝子情報の項目も増えてきた。


5) 喘息では日常の健康という点で修正可能な4つの要因が指摘されている。すなわち、肥満(BMI)、職業上の曝露、交通に関連した大気汚染、および喫煙習慣である。これら、環境、社会、およびライフスタイルのリスク要因は、世界の障害調整生存年における喘息負担の約30%を占めている。

 

 

 

Q. リスク、遺伝と環境の問題をどのように判別していくか?

 

・研究段階として詳細な家族歴を得て、以下に関わる評価が必要である。

➡喘息の遺伝的リスクスコアが開発されている。喘息を発症するリスクが⾼い人を⾒つけるのに役⽴つ可能性がある。

➡喘息の予測と診断における遺伝的リスクスコアと遺伝子以外のエピジェネティクス注)の役割の判別が必要である。

 

注)エピジェネティクス( epigenetics):一般的には、DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域、である。

 


 

Q.  喘息のリスク要因とは何か?

 

・喘息のリスク要因 ➡屋内および屋外の⼤気汚染(交通関連の⼤気汚染を含む)、受動喫煙、喫煙および電⼦タバコの使用、都市環境(農村環境や農場の保護効果とは対照的)、⼼理社会的ストレス、肥満などである。

➡これら改善可能なリスク要因は、喘息感受性と進行、および 2型高リスクタイプ(Th2-high)と 2型低リスクタイプ(Th2-low)、遺伝的背景、環境要因、社会的要因の間の研究ギャップを埋める必要がある。

 

・喘息の予測と診断における遺伝的リスクスコアとエピジェネティクスの役割は、環境リスク要因の中には、⼩児期発症に特有のもの(例えば、喘息乳児期の重症RSウイルス感染症)と成人発症喘息に特有のもの(例えば、職業上の喘息誘発物質への曝露)があるが、いくつかの環境的および⽣活習慣的曝露は、⽣涯にわたって喘息のリスクを⾼める

 

 

 

Q.  ⼩児期発症型喘息と成人発症型喘息の区別は?

 

⼩児期発症型喘息成人発症型喘息は遺伝的リスク要因が部分的に異なるが、どちらの喘息表現型にも、環境、社会、⽣活習慣に関するリスク要因がいくつか共通しており、共通の病態⽣理学的メカニズムが存在する。


・GWAS(ゲノム注)ワイド関連解析)は、喘息の⽣物学的および免疫学的メカニズムに関する重要な知⾒をもたらした。これらの研究は、2型サイトカイン(IL‑4、IL‑5、IL‑13)、上⽪由来サイトカイン(TSLPおよびIL‑33)、およびそれぞれの受容体の病態形成における役割を裏付け、新たな治療標的薬(抗体薬)の発⾒に至った。

 

注)ゲノムとは、一組の染色体DNAに含まれているすべての遺伝情報のことを指す。遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉である。ゲノム(genome)を対象とする場合にエピゲノミクスあるいはエピゲノムと呼ばれることもある。

 

 

 

Q. 喘息の遺伝要因とは?

 

・喘息は遺伝的要因環境的要因共通している血族内で、同居家族内で発症することが多い。


・双生児研究では、喘息の発症リスク(すなわち遺伝率)に対する遺伝的寄与は40%から70%の範囲で変化する可能性があると推定されてきた。


・遺伝学とゲノムワイド関連研究(GWAS)により、喘息リスクの上昇に関連する遺伝子変 異の再現性の高いセットが判明した。

➡GWASでは、数十万から数百万の遺伝子変異(一塩基多型(SNP)と呼ばれる)をカバーするジェノタイピングマイクロアレイを用いてゲノムを解析する。


・遺伝学的研究は喘息の病因、生物学、免疫学に関する重要な知見をもたらし、新薬の発見を促進した。


・遺伝的リスクスコアとエピジェネティクスの役割、喘息の予測と診断は、詳細な家族歴を超えて、さらなる評価方法の研究が必要である。


・個人レベルおよび地域レベルで危険因子を排除することで、喘息患者の少なくとも40%で喘息を予防できる。


・2025年5月現在、国⽴ヒトゲノム研究所‒欧州バイオインフォマティクス研究所の

GWASカタログでは、ゲノムワイド有意水準で喘息と関連する1341の遺伝⼦変異

(44の研究で特定)が報告された。GWAS によって特定された喘息関連アレルギー間の関連の独⽴性を分析したところ、独⽴した喘息関連SNPは2025年には248個と判明した。

・GWASにより、⼩児期発症喘息と成人発症喘息の間には顕著な遺伝的差異が示された。⼩児期発症喘息は遺伝的要因のほうが⼤きいが、成人発症の喘息では環境要因の影響をより強く受け、遺伝⼦変異の影響はより⼩さい。⼩児期発症喘息で特定された⼀般的な遺伝⼦変異は、喘息の遺伝率の最⼤25.6%を占めるが、成人発症喘息の場合は10.6% に減少する。

 

 


Q. 将来に向けた対策の在り方は?

 

・統合的な、呼吸器系に向けた健康アプローチとしての公衆衛⽣対策が、喘息の発症率を低下させるだけでなく、他の慢性⾮感染性疾患(呼吸器疾患、⼼⾎管代謝疾患、がんなど)の負担も軽減する。


・さらに、これらの喘息予防戦略は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)と整合しており、地球全体の健康の維持にも貢献する。


・喘息は治療可能な疾患であり、ほとんどの場合、コルチコステロイドを含む吸入器で十分にコントロールできる。


・低所得国および中所得国において、喘息の罹患率と死亡率の⼤幅な低下を図るには、医療への公平なアクセスと、⼿頃な価格で品質が保証された吸入器へのアクセスが不可欠である。

 

 

 

  喘息の遺伝的な原因究明の研究は、GWAS時代に入り、急速に進歩しました。しかし、喘息に対し、遺伝子の組み換えなどの治療は、現実的ではなく、結局のところ、居住環境の改善が実際的な対応になります。

  本論文の著者たちは、大気汚染による環境汚染の改善が必要と主張していますが、将来、全ての車が電気自動車に置き換わったとしてもなお、道路などの微粒子や花粉などの環境汚染源は根絶できない、と言います。

  喘息死ゼロ作戦で効果を挙げたのは、吸入薬などの薬剤の進歩と同時に、それらを効率的に使用する、という診療現場での正しい使用法、注意点が一人ひとりに届けられるようになったことでした。

  結語に短く記載してありますが、他の慢性疾患と併存することの多い、喘息の対策をさらに一歩、進めるには、医師だけでなく多様化している医療者たちが共通の情報を持つことが大切であることを示唆しています。さらに、その目は、自分たちだけの周囲だけでなく、広く医療の連帯事業として進めることが必要です。論文では、世界では貧困のゆえに必要な吸入薬を入手できない現状も指摘しています。

  都内だけでなく咳地蔵はあちらこちらにいまでも残っています。江戸時代のなごりでしょう。隋の時代から使われている喘息という病名は、分子生物学の時代になっても変わらない形で多くの患者さんを苦しめている実態にもどかしさを感じているのは、私だけではない、と思われます。

 

 

 

参考文献:

 

1. Koppelman, GH. et al.

 Genetic and environmental risk factors for asthma: towards prevention. 

Lancet Respir Med 2025; 13: 1011–1025.



※無断転載禁止

最新記事

すべて表示
No.327 併存症が多い喘息治療はなぜ難しいか

2025年10月20日  糖尿病や高血圧など 併存症が多い喘息は治療が難しい と言われています。しかし、中高年の喘息患者さんのほとんどで併存症があります。治療を難しくしている理由は、喘息は、重症ではないが併存している他の病気が喘息の治療方針を難しくさせるためです。他方で、これまでは、治療が難航していた喘息の一部で有効性が判明している⽣物学的製剤が新しい治療薬として大きな改善効果を示しています。しか

 
 
No.321 進んできた喘息の治療

2025年8月29日  近年、生物学的製剤(以下、抗体薬)という新しい薬がさまざまな難治性の病気の治療で効果を上げています。難治性で重症の喘息の一部で治療に使われるようになり、これまでの治療効果を大きく改善することになりました。...

 
 
bottom of page