2023年3月20日
肺炎は抗生物質が発達した現在でも治療が難しいことがしばしばあります。
ウィリアム・オスラー(1849~1919年)は、カナダ、米国、英国で活躍し、近代内科学の祖といわれていますが主著である「Principles and Practice of Medicine」(1892年刊)に肺炎について次のように記しています。この時代には治療に使用できる抗生物質はありませんでした。
「寒い時期に患者が多い。急性疾患の中で最も致命的な病気であり、死亡率は20~40%に達する。アルコール依存者に多い」、「肺炎は老人の友である」。
現在、肺炎の中でも誤嚥性肺炎は、高齢者に多い死亡原因として知られています。厚労省の人口動態統計(2019年度)では、年間死者は4万人以上であり、日本人の死亡原因の第6位です。高齢人口の増加で急速に増加してきており2030 年には約13万人に達するという予測もあります(東京都健康安全研究センター)。
英国学派は伝統的に高齢医学の臨床研究に力を入れています。英国胸部学会(BTS)が最近、発表した臨床的声明(clinical statement)[1]は、内容には新規情報は多くはありませんが現在の状況を要約しています。
Q. 誤嚥性肺炎を起こしやすい患者は?
・学習障碍者と高齢者である。発症する機序には共通点がある。
注:英国保健社会福祉省は統一見解として知的障碍者という言葉を使わず学習障碍者と呼んでいる。
・高齢者では中枢神経系を含む障害か、食道、胃などの上部消化管の異常で起こりやすい。
Q. 発症の頻度は?
・きわめて一般的にみられ、頻度が高い病的状態である。詳しい実態は不明である。
・誤嚥を起こしている場合に誤嚥性肺炎のリスクが高くなる。
Q. 予防と治療の原則は?
・予防、診断、治療の順に対策を立てることになるが多職種(医師、看護師、栄養士など)の協力によるチーム医療の対策を立てることが必要である。
・すべての病院、ケアホームでは少なくとも誤嚥予防の専門家を一人は配置すべきである
➡good oral healthcare(良好な口腔ケア)を行う。
Q. 誤嚥性肺炎とは何か?
・咽頭、喉頭あるいは胃、食道からの逆流した病原菌を含む汚染された唾液の小滴が肺に落ちこみ、微小吸引(microaspiration)を起こし、肺内に炎症を起こす。これが全身炎症となり重症化する。
Q. 微小吸引はどのように肺内に落ち込むか?
・嚥下障害による。
・症状はほとんどないことが多い。Silentである。
・喉頭、咽頭の感覚の低下、意識障害のある状態で起こりやすい。
➡意識障害がある場合には微小吸引による肺炎を起こしやすいと考えてあらかじめ対策立てる必要がある。
➡脳血管障害が原因で起こる嚥下障害は経過で改善してくることがある。
➡胃腸からの吐物逆流で肺内に吸い込み、起こることがある。
Q. 嚥下はどのような機序か?
嚥下運動は複雑である。以下の時期に分けられる。
出典:Simpson AJ. et al. Thorax 2023;78(suppl 1):3–21.より邦訳修正
1)口腔期:正常な嚥下は、歯でかみ、食塊を作り舌により奥に送り込む。
健康人は1日 1.5L の唾液を産生する。
2)咽頭期:舌根部が食塊を咽頭へ送りこむ。
食道の入口部から2~4㎝の収縮筋が作用して食塊と同時に胃へ空気が送りこまれないように調節する。
3)食道期:蠕動運動により食塊が食道から胃へ送りこまれる。これには自律神経が作用する。
嚥下がうまく行われるためには送りこむときにごく短時間、呼吸が停止していることが必要である。典型的には呼気のあとに嚥下運動が行われる。
Q. 高齢者における嚥下問題とは?
・高齢化とともに咽頭粘膜の感覚神経の機能低下が起こる。これにより嚥下、咳の両方が障害を受けやすくなる。
・嚥下には咽頭、喉頭、食道周囲の多くの筋肉が関与するが高齢化とともにこれらが委縮し減量してくる。
・唾液の分泌量が減少する。
・歯を使って噛む力が低下する。味覚、嗅覚の低下もあり食欲が低下しやすい。
・嚥下とともに喉頭閉鎖がおこり気管の中に食塊が入りこまないようにするがこの閉鎖開始が遅れやすい。
・食道上部の内径が括約筋の筋力は加齢とともに低下して食塊が通過しにくくなる。
・食塊が咽頭にとどまる時間が長くなる。いつまでも噛んでいる。
・加齢に伴い免疫能の低下が起こり感染にかかりやすくなる。
Q. 嚥下障害はどのような問題を引き起こすか?
・窒息事故が起こる。
・食べることを控えるようになると栄養状態の低下、脱水、全身的なQOLの低下が起こる。
Q. 誤嚥性肺炎の診断の難しさとは?
・誤嚥を起こしている現場を見ない限り推定にとどまる。微小吸引(microaspiration)は症状がない。
・嚥下障害から微小吸引(microaspiration)を繰り返している場合には多彩な病像がある。
➡そこで本論文では、口から咽頭にかけて細菌数が多い分泌物を、咳こみが起こらず肺内に吸い込んでしまう状態を誤嚥性肺炎とした。
注:誤嚥のエピソードが確認されている顕性誤嚥と必ずしも監視下でも確認されていない不顕性誤嚥がある。
Q. 誤嚥性肺炎の対応策は?
・口腔ケアの質を向上させることで誤嚥性肺炎は予防できる。
・口腔ケア➡歯、舌、口腔内を毎日、少なくとも2回、きれいにブラッシングする習慣をつける。
・口腔ケア➡食物残渣がない、虫歯がない、舌のカンジダ症がない、粘膜の表面がきれいであるかの確認を行う➡問題があればSLTへ紹介する。
➡疑いありの段階、あるいは少しでも誤嚥エピソードがあればSLTへ紹介する。
注:SLT=speech and language therapistの略。言語聴覚士。
本邦では、摂食嚥下リハビリテーションとして看護師が中心となり実施されることが多い。
・誤嚥が疑われる場合には、冷やした糖分含有の水分を与えて誤嚥の有無を確認する。あるいは粘稠な食べ物を与えて観察を開始する。
・誤嚥が明らかになれば鼻からのチューブ挿入、あるいは胃カメラを利用して胃瘻の作成を行うことを考慮する。ただし、事前に患者の了解をとれることが望ましい。家族の了解も重要である。終末期治療では専門家を入れて判断することが望ましい。
・中国、日本では咳を誘発させるACE(アンギオテンシン変換酵素)製剤を投与して咳を誘発する治療が行われているが他の地域での実施データは少ない。
Q. 誤嚥性肺炎の治療方針は?
・抗生物質を点滴投与するが、おおむね5日間を目安とする。
・下肢などに静脈血栓症を起こす頻度が高いので血栓予防の靴下などで予防する。
・酸素吸入を行う。
・入院となればなるべく早めにベッドサイドで理学療法を開始する。
ものを飲みこむという機序は高度に複雑です。認知症ではとくに嚥下機能の障害を起こりやすくします。認知症の治療は、脳の病変を改善するだけでは不十分であり、嚥下機能の低下を防ぎ、誤嚥性肺炎を予防するという戦略を立てる必要があります。
また、口腔ケアは若い世代から、開始しておくことが大切で年をとってから開始するのは遅すぎます。
誤嚥性肺炎の発症には多くの因子が複雑にかかわっています。食べることと呼吸をすることが相互に密接に関係していることを改めて自覚すべきでしょう。
わが国でも摂食嚥下リハビリテーションは、近年、広く行われるようになってきましたが効果を上げ、嚥下性肺炎による死亡者を防ぐという段階には至っていません。
Comments