No.326 悪性腫瘍の診断名をどのようにして本人に説明するか?
- 木田 厚瑞 医師

- 2025年9月29日
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2025年9月29日
カゼのような症状で受診された患者さんが、たまたまの検査で、すでに広がっている肺がんと判明したとき、本人にどのように説明すればよいか? 1990年代では、本人には深刻な病気であることは伏せ、家族の中で患者さんがもっとも信頼を置いている人―キーパーソンにそっと本当の診断名を告げ、患者さん本人には、他の病名などを知らせ、不安感を与えない、ということが普通に行われていました。もっとも知るべき立場にある患者さんに知らせない、その方が、精神的に落ち込ませることがないので合理的だというのがその頃のおおかたの考え方でした。肺がんの治療は化学療法で使われる新しい薬の選択幅が広がるなど治療法が進み、直ちに深刻な状況とはならないようになってきました。また、癌だけが深刻な病気ではなく、その他にも治療が困難な多くの病気があります。
ハーバード大グループが編集に深く関わっているNew England Journal of Medicineは米国、カナダで診療に従事する医師は自分の専門領域だけでなく、毎号を目にしない人はほとんどいないだろう、と言われるくらい評価の高い臨床雑誌です。むかし、某大学の有名な生化学の教授を患者さんの一人として診ていたことがあります。彼は、有名雑誌の記事は、ニュースとして読むのではなくて教科書の記述として謙虚にすみずみまで読むべきであると、心構えを教えてくれました。
New England Journal of Medicineに最近、発表された論文は、末期の肺がんの患者について本人にどのように情報を伝えるべきかについて方法論を報告しています[1]。
難しい点は、「予後」の説明と伝え方です。「予後」とは、「罹患した場合、その病気のたどる経過について医学上の見通し」(広辞苑)です。予後の説明は、今後の治療でなによりも患者さん当人の了解と協力がなければ先端治療であっても継続が困難となります。
Q. モデルとなった症例とは?
71才男性、肺がんの診断で脊椎転移を伴うステージIV。妻は認知症であるが、夫として自宅での介護を継続したいという症例について。
➡記載の情報はこれらのみ。
Q. 患者―担当医の間での問題点は?
・臨床医は、非現実的な希望を伝え続けることが多い。しかし、患者にとって、これからの生活における準備不足が生ずることは、結局、終末期ケアの質が低下する理由となる。
Q. 伝える情報により影響されることは何か?
ナビゲートとコミュニケーションとの関係において以下の問題点がありうる。
① 予後についての情報を効果的に伝える必要がある。
② 予後の情報は、正確に確認するという認知的な領域と感情面を統合する働きがある。
③ 患者は現実的な願望の間で揺れ動くことが多い。
④ 正確に知ることにより患者は、自分の希望や心配事を探求できるようになる。
⑤ 患者にとって何が最も大切であるかを議論することが必要である。
➡目標と価値という点から、終末期ケアを含む医療として取り入れられるものを選んでいく。
Q. 死と苦痛に関わる問題の説明は?
・患者と医師の関係において、「死」に関連することを考慮することはほとんどの文化圏で困難な問題である。
・患者についての問題―障害、痛み、治療の侵襲性に関わる感情 ➡医療チームの中で具体的に誰が、どのようになどの情報の調整が必要である。
・医療者は、共通して重症患者に向き合うことに必要なコミュニケーションスキルを習得する必要がある。
➡ 患者が極度に希望を抱き続けることについて不確実と考えられる情報、あるいは予後不良と折り合いをつけるための残されている正常部分の認識が必要である。
Q. 臨床医と患者の関係で問題となる点は?
・臨床医は悪いことを伝えるために最も適切な「言葉」を選択することのスキルアップを努力すべきである ➡最も悪いことを伝えるために適切な表現方法を知っておく。
・予後認識 ➡患者が認知的、感情的に病気の可能性のある軌跡を統合する能力がどのくらいであるかを知ることが必要である。
➡これらの向上はQOL、心理的苦痛レベルの改善効果と関連している。
Q. 平時の対応と終末期の対応策の違いは?
・平時の対応ができていれば終末期の対応ができるのではないか?
・予後が悪い状態 ➡患者にとって適応するための十分な時間とサポートがないことが多い➡より深刻な状況に追い詰められる。
・結果が良いと予測される場合 ➡対処ができるまでの話合いの時間が十分にとれない場合が問題 ➡その間、患者を不安な状況に置き続けることになる。
・終末期の対策としての文書作成(いわゆるAdvance care planning)に関する文書があるだけでは解決しない。
➡ポジティブ・リフレーミング(ストレッサーが肯定的または有益である可能性に焦点をあてる)こと、さらにこれが感謝の念(生涯の中でポジティブなことへの感謝を表す)につながるようにする。
・患者は医師が楽観的と考えることを望んでいる。医師の考えと患者の希望の落差をどのように埋めるかが問題。
Q. 患者の予後認識と病気の最終結果(転帰)の関係は?
多くの患者は図1のような感情の動きで悩み続ける。
図1.悪性腫瘍について医療者は患者にどのように説明していくべきか、の基本原理。

Q. 具体的な方法は?
・患者―担当医の会話の繰り返しが循環的効果を生み出す ➡医師サイドは、共感を示すことが必要である。
具体的なガイドラインはない。担当医の経験と工夫が高度に求められる領域である。
要となる考え方と患者-医師間のコミュニケーションの在り方を表1に示した。
表1

Q. カルテ記録として残す項目は何か?
以下の項目をカルテに記載として残しておくこと。
1)患者の予後認識
2)患者の病気の理解
3)予後情報の共有~経過を追って変化していく過程
4)患者と家族の対応にこたえていく方針
5)患者との大切な関係にある事項を明確にしておく
6)その患者・家族に対する推奨事項
本論文は、終末期にある患者さんの対応の仕方をモデルとして挙げ、医師側の対応の勧め方をモデル的に示したものです。
通常、専門医は、その領域について多くの同様な患者さんの診療に接しています。一律に同じ説明に陥りがちですが、本論文は、その際に注意すべき要点を挙げています。
専門医にとっては、毎日の診療の一コマにすぎませんが、多くの患者さんと家族にとっては、最初でおそらく最後の機会となる可能性が高いことでしょう。ある患者さんは、診断結果を聴くときに最初に「あなたの病気は癌です」と聞いたとたんに頭の中が真っ白になり、あと、何を説明されたか、全く覚えていません、と苦悩を訴えていました。しかし、別の患者さんは、若い医師から、これからどのような治療があり、どのように進めていくかについて目の前で図を書いて説明して頂いたので、不安はありましたが自分の中での心構えを決めることができました、と語りました。病状説明の技術力は、医師の経験年数よりも身に付けている個人能力にも深く関わっています。
この論文では、肺がんを例にしていますが、難しいのは、慢性呼吸器疾患の場合です。
例えば、重症のCOPDでは、経過中に「増悪」を起こし、治療の開始が遅れれば入院治療となります。増悪は、平均年間2回と言われています。肺炎は経過中の増悪の一つですが、重症の肺炎では入院治療が必要となります。また、重症COPDで、死因となる出来事は、併存症といわれる心血管病変です。経過中に狭心症、心筋梗塞や心不全を起こすことはしばしば経験します。また、経過中に遭遇することが多いのが本論文で示されたような肺がんです。早期の肺がんをどのように見つけ、胸腔鏡を利用した簡便な治療法につなげていくか、はCOPDの診療では重要な管理目標です。そのために必要な検査を適切に継続実施していくことを説明するのは担当医の責任です。
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