No.368 長引く咳で困っている
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2026年8月28日
呼吸器の病気を疑わせる症状には、咳、痰、息切れなどがあります。中でも咳は成人が外来治療を受ける理由で最も頻度が高い症状として知られています。医学用語では咳は咳嗽(がいそう)と呼ばれています。
咳は、呼吸器疾患の共通する重要な症状の一つであり、簡単な治療で改善することも多い反面、背後に重大な疾患がある場合もあり、あなどれない重要な症状です。電車の中での咳こみやコンサートでの咳は嫌がられる気がしてためらいがちになります。長く続く咳は、日常の生活に多大な影響を与えます。
ここでは、カナダから報告された慢性の咳に関する最近の情報を整頓していきます。
咳のガイドラインは、英国胸部学会(BTS)、欧州呼吸器学会(ERS)、米国胸部医師会(ACCP)があり、わが国では日本呼吸器学会(JRS)が、『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン 第2版 2025』を発表しています。わが国では、EBM医療情報事業(Minds)という管理機構の下にさまざまな診療ガイドラインが並ぶことになっています。Mindsは、質の高い診療ガイドラインの普及を通じて、患者と医療者の意思決定を支援し、医療の質の向上を図ることを目的としています。具体的には、患者と医療者が、充分に科学的合理性が高いと考えられる診療方法の選択肢について情報を共有し、患者の価値観・希望や、医療者としての倫理性、社会的な制約条件等を考慮して、患者と医療者の合意の上で、最善の診療方法を選択できるように、診療ガイドラインおよびその関連情報を提供することで情報面からの支援をするものです。
ここでは、前記の事情を踏まえ、慢性咳嗽の管理に対する最近の総説[1]を参考にアプローチを試みます。
Q. 慢性の咳の実態は?
・慢性咳の正確な有病率を特定することは困難である➡理由は、咳は特異な一つの病気ではなく、複数の異なる病状によって引き起こされる症状であるからである。
・慢性咳は人口の約10~12%に影響を及ぼす。
・慢性咳で医療を受ける患者は男性よりも女性の可能性が高い(2:1)。
・発症時のピーク年齢は60歳代である。➡女性が男性に比べて咳を頻繁にし、咳反射の感受性が高い傾向がある。
Q. 持続する期間の長さによる咳の分類は?
・急性の咳➡最大3週間までの持続期間。
・亜急性の咳➡3~8週間持続。
・慢性の咳➡8週間以上続く。
Q. 咳の診断と管理には慎重なアプローチが必要な理由は?
・慢性咳嗽は、8週間以上続く咳嗽と定義され、成人の平均2~10%に影響を与える。
・慢性咳嗽は、病院外来やプライマリケアのクリニックを受診する主な原因である。
・特に女性に多く見られ、発症のピークは50~60歳である。
・慢性咳嗽は、ストレス性尿失禁、胸部不快感、めまい、疲労、倦怠感などの合併症を引き起こすことが多く、公共の場で咳をすることによる偏見とともに社会的孤立につながる可能性がある。
➡これらすべてが生活の質(QoL)を著しく低下させる。
・慢性咳嗽の管理は、患者の判断がつかずプライマリケア(診療所レベル)、セカンダリケア(病院レベル)を受診し、検査を行うまでのアクセスに時間がかかる場合がある。
・市販薬のほとんどが、効果がなく、現在の多くの治療オプションが「適応外」であり、➡効果が限定的で、副作用を伴うことがあり、大きな課題となっている。
・多くの患者では、慢性咳嗽は基礎疾患に起因する可能性があるが、これらの疾患に対する治療は効果がない場合や、原因が見つからない場合がある。
➡まれに、慢性咳嗽は間質性肺炎や肺がんなど深刻な基礎疾患の兆候である可能性もあり、診断と管理には慎重なアプローチが必要である。
Q. 慢性の咳を起こす理論的な分類は?
図 1. 治療が可能な慢性の咳の理論的な分類

ACE:アンジオテンシン変換酵素、CANVAS:小脳性運動失調、神経障害および前庭反射消失症候群、GERD:胃食道逆流症、ILO:誘発性喉頭閉塞、VCD:声帯機能不全。
図説明:
慢性咳嗽の管理における治療可能な特性アプローチの概念。特に、難治性慢性咳嗽 (RCC)および咳嗽過敏症候群 (CHS) に焦点を当てている。
1)難治性慢性咳嗽 (RCC)は、図の中央に重なり合うように配置されており、その複雑さを表している。低レベルの機械的あるいは化学的刺激に対する過剰な咳反応を特徴とする状態である。
2)難治性慢性咳嗽(RCC)と咳嗽過敏症候群 (CHS)は、それぞれが、重複あるいは一致して慢性咳嗽に寄与する可能性がある。複数の病気を背景に起こることがあり、治療によって改善する可能性がある。
➡ただし、これらの特性のすべてが「治療可能」とラベル付けされているものの、現在、必ずしも臨床現場で治療可能であるとは限らないことに注意が必要である。
Q. 現時点での問題点の総括は?
・慢性咳嗽は、患者の身体的、社会的、心理的健康に大きな影響を与える可能性があり、一般的にみられ、苦痛な症状である。
➡現在のガイドラインでは、特定可能な基礎疾患や特性の治療を推奨している。
・咳嗽が難治性または原因不明の場合、言語療法と、低用量オピオイド、プレガバリン、ガバペンチンなどの神経調節療法が治療の候補となる。
・ゲファピキサントは、欧州、英国、スイス、日本で承認されている新規末梢作用型P2X3拮抗薬である。➡難治性慢性咳嗽 (RCC)の場合に選択肢の一つとなる可能性がある。
Q. 本論文が取り上げる咳の問題点とは?
問題点:
長引く咳は、喘息発作の連続、COPDの増悪状態の持続で起こる可能がある。
➡その結果、睡眠や生活の質の障害を来たす。➡日常的にみられる症状であるが対応が難しいことがある。
研究者たちの所属:カナダ、モントリオール大学所属の研究者グループ。
研究の目的:診断、治療がされていない呼吸器症状のある成人における咳と、生活の質(QoL)の判定。
方法:
1) 咳を含む呼吸器症状はあるが、過去に肺疾患の診断歴のない地域在住の成人。
➡主に喘息あるいはCOPDの可能性のある未治療の一般住民。
2) 気管支拡張薬投与前後のスパイロメトリー検査により、喘息、COPD、または肺機能低下(肺機能低下)の診断基準を満たしているか、あるいは正常なスパイロメトリー検査結果を示しているかを判定した。
3) 喘息スクリーニング質問票、COPD評価テスト、およびセントジョージ呼吸器質問票の12の質問を用いて咳スコアを作成した。生活の質(QoL)と睡眠の質は、それぞれ36項目短縮版健康調査票とグローバル睡眠評価質問票を用いて評価した。
結果:
1)診断されていない呼吸器症状のある成人 (n = 2,857; 平均スコア=57.8; 95% 信頼区間 [CI]、56.9~58.6)の参加者は、年齢を一致させた対照群(n=231、平均スコア17.7、
95%信頼区間15.6~19.8)よりも咳のスコアが高かった。
2)喘息(n=265、平均スコア61.0、95%信頼区間58.2~63.7)およびCOPD(n=330、平均スコア61.8、95%信頼区間59.3~64.3)と診断された参加者は、肺機能低下比が維持
されたスパイロメトリー(n=172、平均スコア54.5、95%信頼区間51.1~58.0)または正常なスパイロメトリー(n=2,090、平均スコア57.0、95%信頼区間56.0~58.0)の参加者よりも咳のスコアが高かった。
3)咳のスコアが高いほど、QoLの低下(36項目短縮版調査票スコアの低下、回帰係数20.19、95%信頼区間20.22~20.17、P< 0.001)、睡眠の質の低下(全般睡眠評価質問票ス
コアの上昇、回帰係数0.16、95%信頼区間0.14~0.18、P< 0.001)、および呼吸器疾患による医療利用の増加(発生率比1.007、95%信頼区間1.004~1.010、P <0.001)と関連していた。
結論:
診断されていない呼吸器症状のある成人において、咳は診断されていない喘息またはCOPD患者で最も重症であり、生活の質の低下、睡眠の質の低下、および呼吸器疾患に対する医療利用の増加(医療費増加)と独立して関連していた。
大がかりな調査研究により得られた結論はシンプルそのものです。長引く咳の中には、喘息やCOPDと診断されている人だけでなく、未診断、未治療の人が多くいて苦しんでいる患者さんが少なくないこと、その結果、毎日の生活や、夜、睡眠中も咳、痰に苦しんでいることが少なくないことを詳細な調査研究より明らかにしています。
ここで紹介した論文では、咳は困る咳と、やっかいな咳、難問の咳が混在しており、多くの人が多忙な生活の中で受診や治療開始のタイミングが難しいことを示唆しています。
著者らは、論文中の考察の項で「これまでいくつかの研究が、慢性咳嗽が生活の質に及ぼす影響を調査しており、社会的交流、運動、仕事、レクリエーションなどの個人の日常生活活動に対する有害な心理社会的および身体的影響との有意な関連性が見出されている」と、述べ、本論文の結果もそれに一致していることを述べています。
一般的な印象ですが、多くの患者さんは、自覚症状があっても、軽いほうの病気から考える人が多いようです。咳と痰が続く、という症状であれば、カゼをひいたか、あるいは最近、数日間は多忙だったから、という具合です。しかし、診る側の呼吸器医は、難しい方の診断名を最初に頭に浮かべ、聞きながら、また診察しながら、順番に消去していき、最終的に残った紛らわしい診断名について検査で確認し、治療法を考えるという手順でゆくことが多いようです。呼吸器疾患のほとんどが咳、痰、息切れなど共通の症状であることを特徴としているためです。喘息という病名は隋の時代からあり、他方、COPDは1950年代に始まる新参者ですが、接点の判断の難しさ、診断にいたる前段階での判断は、AIの力を借りる時になったとしても簡単ではなさそうです。
紙面の関係でここでは触れませんでしたが、なかには別の病気の治療薬が原因の、いわば副作用の一つとして、長引く咳を起こすことがあります。別稿に譲りたいと思います。
参考文献:
1. Shin, S. et al.
Cough in adults with undiagnosed respiratory symptoms. Ann Am Thorac Soc 2025; 22:1853–1862
2. Satia I, et al.
The Clinical Approach to Chronic Cough. J Allergy Clin Immunol Pract. 2025;13(3):454-466
※無断転載禁止
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