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No.328 長引く咳に隠れる間質性肺炎に注意

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 2 日前
  • 読了時間: 8分

2025年10月22日


 報道されることもなく過ぎてしまいましたが、9⽉25⽇は、「世界肺の⽇」に指定されています。都市化、近代化が進み、私たちが呼吸する生活空間は変わりました。交通や産業による⼤気汚染、現代的な家庭での室内汚染物質、喫煙、⾝体活動の減少、など胎児の時代から幼少期、青年期を経て老年期に至る⽣涯にわたる危険因⼦が私たちの周囲を取り巻いています。


 肺を守ることは、なによりも「予防が鍵」です。さらに新しく問題となってきたのは新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が残した社会的後遺症です。パンデミックが治まった後の最近では日常生活が感染前の状態に戻っていないと言われます。家吞みが多くなり、集会のような行事は少なくなり、医学の学会ですら、ウェブ利用が多くなり、情報を伝達する方法は明らかに変化してきました。


 肺はインフルエンザやCOVID-19の主なターゲット臓器であり、社会的な変化をもたらしただけでなく、呼吸器疾患にも多くの刻印を残しています。その一つがCOVID-19後の患者さんに軽度で、従来とは異なる間質性肺炎を診る機会が多くなったことです。間質性肺炎は、肺胞の壁、肺胞につながる細気管支の壁に炎症が肺の主に外側の広い範囲で起こる病気です。その結果、息切れを起こし、血液中の酸素不足の状態が起こります。その他、間質性肺炎の患者さんを苦しめる症状が咳です。1回の咳で2~3キロカロリーを消費すると言われ、日中の行動に不自由さを感じ、熟睡できず、消耗する原因になります。


 ここでは、最初に長引く咳について述べ[1], 次いで慢性の咳と間質性肺炎の関連性を研究した最近の論文[2]を紹介します。




Q. 慢性の咳はどのように考えられているか?


8週間以上続く咳は慢性の咳嗽と呼ばれる。


・最も一般的な病因は、喘息、非喘息性の好酸球性気管支炎、COPD、胃食道逆流症、および上気道咳症候群(後鼻漏が特徴)による。ただし、気道(気管支拡張症、癌、異物)または肺実質(間質性肺疾患、肺膿瘍)に影響を与える障害など、持続的な咳を呈する患者では、他のいくつかの重要な病因も考慮する必要がある。


・慢性咳嗽患者の75〜90%では原因が特定されているが、広範な検査にもかかわらず、一部の患者では数年にわたる病因不明の慢性咳嗽となることがある。




Q. 慢性の咳の問題点とは?


間質性肺炎患者の咳の重症度と疾患の進行状態(予後)についてはほとんど知られていない


・咳の評価と患者カウンセリングを行うための診療、および、咳に対する効果的な薬物、非薬物治療のための試験デザインを行うために情報を提供することが重要である。


・咳の強さを客観化するために咳重症度ビジュアル アナログ スケール(VAS)を用いて間質性肺炎の患者を選び、程度を客観化することが必要である。




Q. 紹介する論文の要旨


・研究対象者

・カナダ、バンクーバにあるブリティッシュコロンビア大学の研究グループがすでに登録してあるデータから間質性肺炎の患者を抽出。



・研究方法

・患者の人口統計、喫煙状況、間質性肺炎の種類、診断日、肺活量測定を行った。


・咳の重症度をみるため線分のどこにあるかを決める咳重症度Visual analog scale (VAS) を利用して連続的な咳評価、および死亡または肺移植を行った場合にはその日付を明らかにした。


・咳重症度 VASは100 mmの直線形スケールで、咳がないことを示す0から始まり、スコアが高いほど咳が重いことを示した。患者は評価時に咳の重症度をマークするよう求められ、マークされた点と開始点の間の距離をスコアとして測定した。30mm以上の場合が異常と判断した。



・研究結果

・組み入れた3,886人の患者のうち、1,061人が特発性間質性肺炎(IPF)、2,825人が他の間質性肺炎の治療を受けていた。


・IPFコホートは、非IPF間質性肺炎患者群よりも高齢で、男性喫煙者の割合が高く、心疾患を伴う可能性が高かった。


・ベースラインでは、両群のコホートに軽度から中等度の肺機能障害があり、IPF患者の40%が抗線維化薬を投与され、非IPF線維性ILD患者の44%が免疫抑制薬を投与されていた。


・咳の重症度の中央値はILD疾患の重症度の悪化(両方ともP < 0.001)で高かったが、重症度グループ間で大きなばらつきがあった(図1)。


図1

出典:文献[2]より邦訳修正
出典:文献[2]より邦訳修正

IPF 患者は、非IPF 線維性 ILD患者よりもベースラインの咳重症度の中央値が高く (24 対 20 mm; P < 0.001)。両方のコホートで胃食道逆流症に関連する咳の悪化が見られた。


・咳の重症度の悪化は、ベースラインでの健康関連の生活の質(QOL)の悪化と独立して関連していた。


・IPFコホート(2.2 mm;95%信頼区間、1.6〜2.9 mm)は、非IPF線維性ILDコホート(1.1 mm;95%信頼区間、0.8〜1.4 mm; P = 0.004)よりも咳の重症度の年率換算増分が大きくなった ➡IPFの方が、咳が強い。


・ILDの標的療法を受けた患者と受けていない患者、または肺機能低下の有無と比較して、時間の経過に伴う咳の悪化に差はなかった


・咳の重症度の経過をみた縦断的変化ではIPF(年率変化、2.2 mm;95%信頼区間[CI]、1.6-2.9 mm)および非IPF線維性ILD(年率変化:1.1mm;95%CI、0.8-1.4 mm)の患者では、咳重症度VASが経時的に増加した(図2)。


図2

出典:文献[2]より邦訳修正
出典:文献[2]より邦訳修正

ベースラインから咳の重症度の強さで経過をみると、咳は次第に悪化し、しかもIPFの方がその傾向が強い。



結論:

咳は特発性間質性肺炎(IPF)および非特発性間質性肺炎(ILD)の患者によく見られる症状である ➡長引く咳はどちらかの間質性肺炎の可能性を疑う。


特発性間質性肺炎(IPF)の方が非特発性間質性肺炎(ILD)よりも予後が悪化する傾向がある。


・間質性肺炎を目的とした標的療法に関係なく、時間の経過とともに咳の重症度が増加する。


・患者から報告された咳の重症度は、線維性 ILD の健康関連の生活の質、疾患の進行、および生存に予後に影響を与える ➡したがって、咳対策の治療が重要である。




Q. 本研究結果が与える情報は?


・咳は、肺の線維化の患者が経験する最も一般的な症状の一つである ➡したがって、長引く咳では肺の慢性炎症、特に間質性肺炎を疑うことが必要である。


・重要なことは、咳は線維性 ILD 患者に多大な身体的、心理的、社会的負担をもたらす可能性があることである ➡咳は、間質性肺炎の進行とは別個に疾患に深く関連している。


・間質性肺炎の患者の咳の重症度と疾患の予後、転帰についてはほとんど知られていない。

➡長引く咳は、間質性肺炎を疑う重要なサインである可能性がある。

  

・さらに、間質性肺炎において持続的な咳は、肺に高度の力学的な負荷を与え続ける結果となるので、持続する咳そのものが肺線維症を永続させ、機械的なひずみ刺激によって疾患の進行を媒介する可能性がある ➡機序として機械的ひずみは、筋線維芽細胞の分化を刺激することが知られており、線維化促進形質転換成長因子-βの活性化に寄与する。肺胞上皮細胞の伸張や変形による張力が、組織の損傷やリモデリングを引き起こす可能性がある。


・咳の重症度とQOL悪化は密接に関係する。これは、咳が健康や日常生活のさまざまな側面に大きな影響を与えていることによる。


・咳の身体的、心理的、社会的影響も、患者とその介護者の両方にとって大きな影響を及ぼす。呼吸困難レベルに加えて、咳の重症度の増加が不安やうつ病と独立して関連していることが判明している。

➡ この集団における効果的な咳管理のための創薬および治療の医療開発が緊急的に必要である。




 間質性肺炎は、古くから知られており、多くの患者さんがいるにも関わらず治療に関わる基本的な研究が遅れている領域の一つです。治療薬の限界を見越して、肺移植治療が積極的に進められています。

 長引く咳は、息切れと並び、日常生活にさまざまな不自由さをもたらすだけでなく、本論文が示したように間質性肺炎の重要な症状の一つである可能性があります。ポストコロナの現在、注意すべき事柄の一つです。現在では詳細な経過、身体でみられる変化(手指先でみられる異常、肺の聴診での異常音)に加え、血液生化学検査、胸部CTなどの画像に加え、精密な肺機能検査で診断にたどりつくのが難しい疾患の一つです。


 長引く咳、それにより生ずる力学的な作用により肺の組織構造そのものが過度に刺激され、間質性肺炎を悪化させていくことが示唆されています。治療の上では鎮咳が対症療法でなく、間質性肺炎の根本的な治療法の中に組み入れられるべきであることを示しています。咳に関する文献的な考察では、治療薬の効果比較では、ピルフェニドンは、IPF 患者を対象とした⼩規模な⾮対照観察研究で、客観的な咳の頻度と患者報告の咳の重症度と影響を減少させましたが、ニンテダニブは、咳に対する効果的な治療介⼊の⾼レベルの証拠はありませんでした。強⽪症に伴う間質性肺炎の研究では、ミコフェノール酸とシクロホスファミドが頻繁な咳を減少させ、咳に関連する⽣活の質を改善することが⽰されました。治療面では、従来は、必ずしも重要視されてこなかった咳の強さの変化は、治療効果の目安の一つとなる可能性を示すものであり注目されます。


 間質性肺炎の中で、特発性間質性肺炎は、高齢で、男性、喫煙者の割合が高く、しかも心血管疾患を伴う可能性が高かったことは、従来の研究を裏付けるものです。この情報は、近年、女性喫煙者が多くなっている若い世代への警告ともなります。同じ本数、喫煙年数では女性の方がCOPDでも重症化することが知られています。女性は家事でも有害な煙状の物質を吸う機会が多いので次世代の人たちに禍根を残さないよう日常生活の上で注意が必要です。

 長引く咳の症状には十分、注意しましょう。




参考文献:

1.Causes and epidemiology of subacute and chronic cough in adults. UptoDate, Up-dated on: July 25, 2025.


2. Khor YH. et al.  

Epidemiology and prognostic significance of cough in fibrotic interstitial lung disease. Am J Respir Crit Care Med 2024; 210: 1035–1044.


※無断転載禁止

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