2020年3月25日
定年後に悠々自適の生活をおくっている患者さんの中には楽しみはのんびりと晩酌を楽しむことだという人が多くいます。細かく聴くと、中には飲酒量が多すぎると思われる人がいます。飲酒が、狭心症や心筋梗塞のような心臓の冠動脈疾患に与える影響は、U字型と言われています。すなわち、適量では心臓の冠動脈疾患の発症を少なくするが、飲酒が少なすぎても、多すぎても発症が多くなるというものです。このことは、酒は適量なら「百薬の長」と言えそうです。ところが心房細動は、そうではありません。
心房細動は、心臓の中に血栓が作られ、それが血流に乗って脳梗塞を引き起こす原因として知られています。心房細動は、高齢化社会に加えて肥満が多い現代社会では今後、40年間に2倍以上に増加する危険があるといわれています[1]。
心房細動は呼吸器の病気とも深い関係があります。閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)や、COPD(慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)の患者さんは高齢者に多く、心房細動を合併していることを診ることが多いからです。長く心房細動が持続している場合には、血栓を予防する抗凝固薬の服薬が必要となります。
中には晩酌の習慣がある高齢者で心房細動が時々、起っているのに気がつかないでいることがしばしば、あります。定期的な検査が必要な理由がここにあります。
ここで紹介する論文は、飲酒と心房細動の関係に焦点をあてた研究です[2]。飲酒習慣のある人では心房細動が起こりやすく、禁酒で発生頻度が減少することは知られていますが、禁酒という生活習慣を改善する行動が健康にどのように効果があったかを明確にしました。
最初に心房細動という病気について簡単に説明します。
Q. 心房細動の自覚症状はなにか?
心房細動の50%は無症状であると云われる。他方、心房細動による自覚症状では、不整脈を感ずる動悸のような症状、疲れやすさ、呼吸困難、めまいや失神、狭心症のような症状が起ることがある[3]。
Q. 危険な心房細動とは?
・心房細動のもっとも危険な合併症は、左心房内に血栓ができ、血流に乗って脳梗塞を起こすことである(虚血性脳卒中)。しかも、脳の太い動脈に突然、血栓ができると重い脳梗塞を起こす(ノックアウト型脳梗塞)[2]。
本研究は、飲酒が習慣になっている人で発作性の心房細動の発作をくり返している人たちを対象に、禁酒の効果、飲酒量がどのくらいまでなら安全かを示したものです[2]。
Q. 研究方法?
オーストラリアにある地域の6病院による共同研究。発作性に心房細動を起こすようなエピソードがあり、しかも常習的な飲酒習慣がある人たちを対象とした。
この研究に協力してくれる患者、計140人を禁酒群(70人)とそのまま飲酒継続群(対照群)(70人)の2群に分けた。
年齢は18歳―85歳。ここでいう1ドリンクとは純アルコール換算で約12gを指す。因みに日本酒1合では純アルコール量は約27gに相当する。
飲酒群は常習者で、1週間内に10ドリンクか、純アルコール換算で120g以上を対象。アルコール中毒は除外。禁酒群では、継続するように指示し、尿中のエタノール代謝物を検査し、禁酒が守られているかどうかをチェックした。酒の種類はほとんどがビールか、ワイン。
この間に心房細動を起こしているかどうかは、7日間連続で心電図をとるホルター心電図ほか、細かくチェックした。
研究期間は1年間。
Q. 研究結果?
当初の計画では1年間、継続する予定であったが禁酒群の人たちが守りきれなくなり6か月目で中止。
禁酒グループ群のドリンク数は、研究開始前が16.8であったが2.1に減少。完全な禁酒は61%。他方、対照群は自由に飲酒したがそのグループでも16.4から13.2に減量していた。
心房細動の発生は禁酒群で統計的に有意の発生数の減少があった。
また、ドリンク数が週に1~9か、10以上に分けても心房細動の発生が有意に増加することが判明した。
Q. 飲酒と心房細動の関係?
起こしやすい人では1週間に7ドリンク以下でもリスクが上昇する。飲酒が心房細動の危険因子となっている人は35%に達した[1]。
Q. なぜ危険か?
・正確な機序は不明であるが飲酒習慣により、心拍を調節する自律神経の障害が起る、交感神経に影響が出る、迷走神経が過剰に刺激される、などが考えられる。過剰な飲酒は心臓の組織に炎症を起こすことも報告されている。
・アルコールの摂取量が増えると心臓の左心房の容積が大きくなること、また、左心房の機能が低下すること、心臓の予備能力が低下すること、などが報告されている。
・アルコールの常用は体重を増加させ肥満となりやすい。アルコール1gあたり7kcalのカロリー摂取となる。
肥満では、心外膜と心臓の間にある脂肪組織が増加し、その結果、不整脈の発生を抑制する能力が低下する。さらに、アルコール摂取で高血圧を起こすことが知られており、これが心臓の機能を低下させる。
Q. アルコール摂取による悪影響?
・心房細動と並び高血圧、糖尿病、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)が発症しやすくなる[2]。しかも、これらは高齢者で頻度が高い。
酒は必ずしも百薬の長ではないことを知っておくべきでしょう。その点から、この論文が教えてくれる情報は参考になります。
参考文献:
1.Gillis AN. A sober reality? Alcohol, abstinence, and atrial fibrillation.
N Engl J Med 2020; 382;1:83-84. DOI: 10.1056/NEJMe1914981
2.Voskoboinik A. et al. Alcohol abstinence in drinkers with atrial fibrillation.
N Engl J Med 2020; 382:20-8. DOI: 10.1056/NEJMoa1817591
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