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No.331 連鎖を起こす高齢者の肺炎の怖さと解決すべき問題点

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 11 分前
  • 読了時間: 9分

2025年11月4日


 わが国の死亡原因とその数は、毎年、厚労省から発表されています。2024年の男女合わせた死亡数は160万5,378人で、前年の157万6,016人より2万9,362人増加し、調査開始以来、最多となりました。男女を合わせた死因のトップは、「悪性新生物(がん)」で全体の23.9%を占めています。全体の死因順位は以下の通りです。


  • 1位:悪性新生物(23.9%)

  • 2位:心疾患(14.1%)

  • 3位:老衰(12.9%)

  • 4位:脳血管疾患(6.4%)

  • 5位:肺炎(5.0%)

  • 6位:誤嚥性肺炎(4.0%)


 第3位の老衰を死亡原因とする場合とは特定の臓器との関連性がはっきり決められなかった場合と考えられます。老衰は、わが国の死亡原因に挙げられていますが例えば、米国の死因統計には見られない診断名です。体力が著しく低下した高齢者では治療に結び付かない検査は不要と考えられますので、おそらく推定病名に近い位置づけであり、わが国では広く一般に受け入れられてきました。


 5位は肺炎ですが、高齢者では肺だけではなく、体力が低下し、低栄養状態で全身的な炎症反応を引き起こすことが問題です。肺炎は、症状、経過、身体所見に加え、胸部X線像や血液生化学検査により診断されます。明らかな誤嚥を繰り返していた場合には誤嚥性肺炎と診断されます。これに対し、老衰と判断された中には、おそらく肺炎も加わっている可能性があるが結論できないと判断された場合でしょう。従って、死因統計からみれば第2位かあるいは3位が肺炎としてまとめられる可能性があります。


 ここに取り上げる論文[1]は、肺炎のあと、急性心筋梗塞を起こすことが多いことを報告した論文で、臨床現場での実際的な問題点を取り上げた論文です。

高齢者では軽症を含め、多種の病気が共存していることが多く、治療上の問題点を指摘したのが論文[2]です。さらに、このような高齢者は重症肺炎、急性心筋梗塞は、集中治療室で治療が行われますが、そこで働く医療者の苦悩を解決しようという提案が論文[3]です。




Q. 肺炎の後に急性心筋梗塞を合併するリスクとは?


研究の背景:高齢者の肺炎は全身性の炎症反応を引き起こし、感染症が治癒した後も炎症反応が持続することがある。冠動脈疾患の既往がある患者においては、主要心血管イベントのリスクがさらに高まる可能性があるが、この点は依然として不明である。 


研究の目的: 主要な心血管イベントとして、すでに冠動脈疾患の診断を受けている患者における肺炎の影響を評価することを目的とした。


方法: 2000年から2005年の間に西オーストラリア州の主要病院7か所で冠動脈血行再建術を受けた患者を対象とした。

多変量Cox回帰モデルにより、時間に依存性の肺炎とMACE(主要動脈硬化性疾患。全死因死亡、心筋梗塞、不安定狭心症、虚血性脳卒中、心不全の複合)および構成要素の結果との関連性を追跡期間にわたって個別に評価した。


研究結果:研究対象コホートは14,425人の患者。平均年齢64.4歳、女性23.6%。最長13年間の追跡調査期間中、988人の患者が1回以上の肺炎による入院を経験した。 MACEのリスクは時間の経過とともに増加し、30日間隔と 1年間隔での調整ハザード比  (aHR)はそれぞれ  4.91 (95% 信頼区間  [CI]、1.21~20.00) と  4.91 (95% CI、2.62~9.19) であり、追跡期間全体では  aHR は 11.41 (95% CI、9.22~14.11)。

心筋梗塞のリスクは最初の30日間で最も高く(aHR 11.34)、1年間の追跡期間と残りの追跡期間で低下した(それぞれaHR  2.27と2.63)。心不全と心血管死のリスクも、追跡期間全体を通して高かった(それぞれaHR 10.39と12.25)。


結論:肺炎による入院は、CAD患者におけるMACE(主要動脈硬化性疾患)の有意な増加と関連している。既に高リスクな集団における MACEを低減するための標的介入を開発するためには、その根底にあるメカニズムの解明が必要であるが、現在、不明であり、将来の研究にもとづき深く理解する必要がある。




Q. 難しい高齢者の多重疾患の考え方は?

  

論文[2]は、多重疾患を科学的に解決する難しさを解説している。


75歳以上で多重疾患を抱える高齢者は、薬物の臨床治験で重要なランダム化臨床試験で患者側の条件を一定にすることが困難という理由で深刻なほどデータが少ない。

➡その結果、信頼できるエビデンスが乏しいので診療現場で治療にあたる臨床医は、判断でギャップが生じ確信を持てない状態のまま治療が行われている。


・多重疾患を抱える高齢者は、多剤併用、虚弱、短い平均余命など複雑な健康プロファイルを呈することが多く、治療効果が大きく変わる可能性がある。

➡これらの課題に対処するため、観察データを分析する有望な方法論的枠組みとして、ターゲット試験エミュレーション(TTE)が使われるようになった。

➡TTEは、一般的なバイアスを減らし、日常的に収集されるリアルワールドデータを活用することにより従来のランダム化臨床試験よりも格段に廉価で臨床的現場に役立つ情報を提供することを目的としている。今後、有望な研究方法となる可能性がある。


フレイルは多重疾患を抱える高齢者に多く見られ、その有病率は約55%である。高齢者は平均余命が短く、薬物有害反応のリスクが高いため、治療の決定はフレイル状態に影響を受けることが多い。糖尿病患者を対象とした研究では、社会経済的地位、⼼血管疾患の病歴、多剤併用、その他の合併症とは無関係に、新しい治療としてフレイルな人がSGLT2阻害薬または GLP‑1受容体作動薬を処方される可能性が25 %低いことが⽰されている。

フレイルは年齢、合併症、多剤併用とは無関係に、臨床転帰不良の独立したリスク因子であることである。

➡高齢者に対する薬剤の有効性を比較する研究では、フレイルなどの因子による残余交絡のリスクが高まる。このリスクは、加齢とともにフレイルの有病率と重症度が増すにつれてさらに増加する傾向がある。

➡高齢化が進んでいる中で平均寿命を越えた年齢層の臨床データが極めて少ないまま治療が実施されているのが実態である。


・多重疾患を抱える高齢者は、薬物動態や薬力学の変化などにより、⼀般的に薬物有害反応のリスクが高くなる。

重要なことは、転倒、低血圧、骨折などの副作用の既往歴がある人は、新しい薬を処方される可能性が低いことである。さらに、薬物による有害事象に対しても、高齢者は他の年齢層の人よりも薬を開始することに消極的である。高齢者差別の状態化が推定される。

➡安全性と臨床的複雑さに関する懸念は、高齢者における不適切な処方の可能性が高い割合(31%~73%)に反映されている。

➡そのため、観察データセットに過去の薬物有害反応や臨床医の処方躊躇に関する詳細な情報がない場合、または個人の薬物有害反応の既往が考慮されていない場合、適応症による交絡のリスクがすでに高まっている。




 日常の診療では、高齢の患者さんが救急車で搬送され、肺炎や、心筋梗塞など重篤な病気と診断され集中治療室で治療を受けることが多くみられます。治療により、急性期の疾患は改善しても、退院後に集中治療後症候群 (PICS) となることが多いことが知られています。PICSは、認知、精神的健康、身体機能の組み合わせの障害です。退院後には、介護者・家族の精神的健康、経済面にも大きな悪影響を与える可能性があり、これは 欧米ではPICS-family (PICS-F) と呼ばれています。他方、集中治療後症候群 (PICS)は、集中治療室で働く医師、看護師などに労働力、精神的なストレスとなり燃え尽き症候群を起こすことが知られています。新型コロナウィルス感染症で多数の死亡者を出した米国では特に深刻で、来年度は十分な人数の若手医療者が確保できないのではないか、という不安が懸念されています。進歩した現代の医療の中で集中治療室の役割は極めて重要であり、その態勢も確立しています。集中治療室での治療は、循環器系の管理と並び人工呼吸器などによる呼吸管理が重要ですが、医療判断を見直す時期にきたのではないか、という若手医療者に向けた提言があります[3]。提言では、集中治療室での新しい判断にもとづく治療を提案し、そこで働く医師たちをゼンテンシビストと呼んでいます。ゼンテンシビストのゼンは、禅という意味です

 ゼンテンシビストは、外部からの影響を一切受けない、人間の生理学や病気に関する単一の不変の「教科書」な記載に固執しないことであり、彼らは、原則として、「[状態X]のすべての患者は[介入Y]を受けなければならない」という公式の記述を信じません。論文の中でウィリアム・オスラーの言葉を紹介しており、「善良な医師が病気を治療し、偉大な医師が病気にかかった患者を治療する」ということであると説明しています。


 現在の医療トレーニングプログラムは、硬直したいわば、無菌の枠組みの中で複雑な科目を暗記することに長けた人に報酬を与える傾向になっていると指摘します。稀な条件には特別な注意が必要ですが、臨床の文脈で基本率の統計的思考を促進するトレーニングシステムはほとんどない、と指摘しています。医療現場では、「もっと」行い、難解なテストを注文した人は、このシステムから肯定的な強化を受ける可能性があります。対照的に、「何もしない」ことを否定的な反応とみなされています。

 ゼンテンシビストは落ち着いた存在感を示し、一歩下がって、外的要因と人間の生理機能との相互作用を観察し、常識に基づいて結果を指標化して治療にあたることを提言しています。救命救急医療が行われる混沌とした高強度の環境は、患者と臨床医の両方に苦痛をもたらす可能性があります。ゼンテンシビストは、積極的な介入として一貫して冷静さを醸し出しています。このような雰囲気を醸成することで、危機的状況下でも癒しを促進することができます。心停止の蘇生法であろうと、感情的な家族の会議であろうと、ゼンテンシビストの態度は状況に落ち着いた存在感をもたらします。全禅主義的なやり方は、患者や他の介護者との絆への扉を開き、それによってICUに人間性を取り戻す。それは、誠実さ、謙虚さ、そして患者の擁護によって表され、患者と家族が効果的に耳を傾けることができます。可能であれば、喜びと笑いの軽い瞬間が育まれます。臨床的悪化に直面したとき、複雑な処置中、および終末期のシナリオで思考の明晰さを促進する、というのが提言です。

 米国で確立されてきた、救急救命医療は、新型コロナ感染症終息後の現在、考え方の転換を求められる意見があります。わが国に多い、「老衰」の患者さんにもっとも適した治療は、新しい科学的なエビデンスとして整えられていくべき時機に入ったと感じています。すなわち中高年と一括されてきた医療情報は、今後も患者数、死亡者数がもっとも多い、後期高齢者群では新しい医療倫理にもとづく治療体系が再検討されるべき時期に入っていると考えます。




参考文献:


1.  Bartlett, B.et al.

The risk of adverse cardiac events after pneumonia in patients with coronary artery disease. Ann Am Thorac Soc 2025; 22: 855–862.


2.  Yang, C. et al.

Emulating target trials in older adults with multimorbidity. Lancet Healthy Longev 2025; 6: 100750.


3.  Siuba, MT. et al.

The Zentensivist manifesto defining the art of critical care. ATS Scholar 2020;1, 225–232.


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