2020年6月22日
肺の中では気管支が分かれていきますが、それは樹木が空に向かって枝分れを続ける様子に似ています。
気管が左右の肺に分かれた後、各気管支は、二つに分かれながら次第に細くなっていきます。その総数はn回分岐すれば2のn乗個になり、それとともに断面積も加速度的に増加します。若いころ、研究で細気管支と呼ばれる細い部分の本数を数えたことがありますが総数は両肺で7万本以上になります。病気になったとしてもこれらが一律、同じになることはあり得ず、しかも病変は肺の場所によってかなり異なります。
喘息は、比較的太い部分にある気道の壁を構成する平滑筋が傷害され、肥大し、さらに気管支の中に痰が充満し、その結果、空気の通りが悪くなる病気と概略、理解されています。病変は気道の慢性炎症が原因であり、治療もこれらの病変に向けて行われています。
近年、胸部CTやMRIなどを使った検査は画像を3Dや数値で処理するという技術が格段に進んできました。
ここで紹介する論文は[1]、軽症から重症までの喘息の胸部CTで得られた情報を数値化し、どのくらいの太さの気道にどのような変化が生じているかを明らかにしたものです。このような研究は、これまで進められてきた喘息の考え方をかなり変えるユニークなものです。
Q. 研究のアウトラインは?
・軽症から最重症の喘息患者、70名。肺機能検査、CT撮影に加え、MRI撮影も実施。
・気管から気管支に分岐した枝は、分岐の順に区域枝、亜区域枝、亜々区域枝と名前が付けられている。ここでは亜区域枝の数と各断面の壁の厚さと内腔に粘液(痰)が詰まっているかどうかを、左右の肺について場所別に調べた。図1は、軽症、中等症、重症の代表例を比較したものである。重症化とともに亜区域枝は細くなり、数が減少している。
(図1)
・亜区域枝の総数をTAC(Total airway counts)と表現した。
その要点は以下の通りである。
TACは中等、重症では軽症と比べて有意に減少する。減少する場所は右の中葉に著明である。
TACが10個以上減少するのは亜々区域枝で著明である。
TACは肺機能の一秒量と相関し、気道壁の厚さにも相関する。
重症では内腔に粘液が充満している。
結果は、分かりやすいものです。論文[1]の中で著者たちも考察していますがこれまで分かったことに新しい知見を加えたというより、喘息を考える上でこれまで以上に疑問を増やしたともいえます[2]。TACは喘息の結果として生じたのか、あるいは、胎児の成育や生下後の成長の過程での影響が加わっていないか。喘息の遺伝性をこのデータから説明できるのか。同様の研究は以前にCOPD(慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)でも報告があります[3]。喘息とCOPDは何処がどのように異なるのか。息切れはどこが問題で生ずるのか。喘息では気道壁が肥厚するのに対し、COPDでは逆に薄くなるという報告があるがこの違いはなぜ生ずるのか。今後、これらのデータを利用して治療法をどのように工夫されるべきか、などにつき述べています。
結論の最後の行は以下の文章で終わっています[1]。
「気道ツリー(気管支)は、採炭作業をサポートするトンネルシャフトを表す場合がある。いったん遮断または破壊されると、企業全体が脅かされ、時には破滅することもある」。
決して科学的な表現とは言えませんが意味深長で文字数が限られた論文の中での著者の感性を想像させる言葉となっています。
この論文[1]の中でも引用されている論文の一つ[3]は、2018年1月に、評価の高い雑誌に掲載されたもので私が時々、メールで近況を伝えあう友人のグループによるものです。Wellington Cardosoは、ブラジルの大学を卒業した後、カナダへ移住。その後、米国に移り現在、コロンビア大学の教授をしています。掲載直後の当時、論文を送ってくれ、その成功を讃えたことを思い出します。
その論文[3]の概要は以下の通りです。
・COPDは喫煙習慣が主要な原因であるが、その約20%のみが発症する。なぜ特定の人だけが発症するかは不明である。著者たちは、約5,000例の胸部CT像を先の論文[1]と同様に3D処理を行い気道の分岐型が定型ではない症例が26.5%あることを確認した。
・その中でCOPDと診断された症例では、すべての気管支の内腔が健康人より狭いことが明らかになった。さらに、この形態的な異常は、FGF10と呼ばれる遺伝子多型と関連していることを証明した。
その結論から、COPDを発症しやすい人は胸部CTを3D処理することによりある程度、予見することが可能だと、結論しています。
なお、当クリニックでは胸部CT画像について3D処理を行っており、ここで報告されているとほぼ同じような画像を診療に応用しています。
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