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No.105 在宅人工呼吸療法:進歩してきた重症COPDの治療


2020年9月7日

 街の中でときどき、酸素吸入をしながら歩いている人に出会うようになりました。半世紀近く、酸素療法に関わってきた私にはとても嬉しくなる光景です。

在宅酸素療法は、Tomas Petty教授(コロラド大学)が、提唱し、広げ、現在では世界中の国々で実施されている治療です。わが国では、1985年に健康保険が使えるようになり、現在、全国で、推定20万人近くがその恩恵を受けています。うち、45%くらいはCOPD (慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)の患者さんであると推定されています。COPDは、現在、おそらく全国で700万人以上と推定されるほどありふれた呼吸器の慢性疾患ですが、高齢人口の増加でさらに増加し続けると考えられています。最重症では、酸素療法が必要となります。

 これまでも、現在も多くのCOPDの方を診ていますが、患者さんを最も苦しめるのは、身の回りのことをするのに息切れが強くなり、次第に日常生活の範囲が狭くなり、その結果、特に下肢の筋力が低下し、それとともにさらに動けなくなってしまうことです。また、経過で問題になるのは、急に症状が悪化し、救急車で病院に搬送されるようになることです。入院を繰り返し、COPDは次第に悪化していくような経過が最悪な状態です。


 私がPetty先生に初めてお会いしたのは、カナダ留学中の1970年ごろのことでした。ボス同士が親しいこともあり、以後、時々、お会いするうちに次第にPetty 先生の考え方に強く感化され、共鳴してきました。Petty先生の考え方は、在宅酸素療法が呼吸リハビリテーションの一つであり、この考え方に基づきCOPDの治療全体を考えなければ寝たきりの患者さんが増えるだけだというものです。在宅酸素療法をさらに深化させた治療として在宅人工呼吸療法がCOPDの患者さんに対する新しい治療法として広がりつつあります。

 ここで紹介するガイドライン[1]は、最近の在宅人工呼吸療法の考え方を整理し、新しい応用を提言するものです。

ガイドラインでは、重症のCOPDで夜間、睡眠中に実施する在宅人工呼吸療法をさらに厳密に言葉を選び、非侵襲性夜間換気療法(nocturnal noninvasive ventilation; NIV)と呼んでいます。ここでは、論文に沿って説明を加えていきます。




Q.COPDの何が問題か?


・COPDは、全世界で患者数が増えている疾患である。米国では現在、死因の第4位。


・症状を改善するための薬、増悪を予防する治療法は進歩したが疾患の進行を予防する方法や死亡率を低下させる治療にはほとんど進歩が見られていない。


・現在、死亡率を低下させる治療法でもっとも有効な治療法は、完全禁煙と低酸素血症に対して実施されている在宅酸素療法だけである。




Q.NIV治療とは何か?


・NIV治療は開発されて以来、COPDの新しい治療法として、血液中の二酸化炭素の量が増加する高二酸化炭素血症に対する治療として応用されてきた。特にCOPDが増悪したときには入院して短期間、人工呼吸器を装着することがある。従来は、気管の中にチューブを挿入しこれに機器をつなぐ人工呼吸器による治療法が行われてきたが、現在ではNIVが一般診療の中で繁用され、挿管する場合は少なくなってきた。


・NIVは、安定期のCOPDでは、高二酸化炭素血症の場合にのみ実施され、効果を裏付ける論文もあるが、データが古いし、不完全であり、ほとんど参考にならない。


・従来のNIVの考え方は、血液中の酸素量を上げ、二酸化炭素量を低下させようとするものであった。これにより症状を改善し、死亡率を低下させるのが目的であった。


・これに対し、新しい考え方は、high intensity NIVと呼ばれており、基本となる呼吸数を調節し、できるだけ血液中の二酸化炭素の量を低下させようとするものである。


・現時点では、肺機能検査に基づきCOPDと診断し、動脈血の二酸化炭素分圧(PaCO2)が45mmHg以上の場合に限定し、以下の治療効果を期待するものである。


1)生理学的な機能の改善➡肺機能、酸素―二酸化炭素のガス交換機能を改善する。

2)症状の緩和➡運動能力などの改善、息切れの緩和、生活の質(QOL)の改善、良質の睡眠をもたらす。

3)患者を中心と予後の改善➡入院を繰り返すことを防ぐ、活動的な生存期間を延ばす。




Q.このガイドラインの目的は?


・COPDの一部の患者にせよ、NIV治療が効果を挙げるのではないかどうか、を明確にする。


・NIV治療を開始するのに適した場所が自宅であるのか、医療機関は何処かを明確にする。


・長期にわたりNIVを効果的に継続するための条件を明らかにしていく。




Q.このガイドラインで勧めている内容の要点は?


1) 安定しているPaCO2>45mmHgのCOPDではNIV使用が勧められる。


2) NIVを開始する前に閉塞性睡眠時無呼吸症候群の合併がないかどうかを検査しておくこと。


3) COPDの増悪で入院した際にNIVを開始し、そのまま自宅で実施することは推奨しない。退院後、2~3週間経ってからの見直して判断するのが良い。急性期の状態は、治療経過で改善することがある。


4) NIVを開始するために睡眠検査専門施設に1泊入院して、詳しい測定検査であるPSG(polysomnogram)を行うことは必要ではない。簡易の検査でよい。


5) NIVは高二酸化炭素血症を常時、認めるCOPD患者を主な対象としている。



Q.NIVにより効果が期待できそうなCOPD患者とは?


・現時点では、どのようなCOPD患者で最も効果があるかが検証されていない。


・NIVにより呼吸筋の疲労、肺の過膨張、肺内の換気と血流の分布比率、の改善が期待されるがこれは理論であり、検証されていない。


・NIVで使う機器の設定条件がまだ不明の点が多い。長期使用の中で検証されていかなければならない。


・NIV治療を開始するときに臨床的な効果がこれに見合った経済負担に合致しているかどうかを検証することが必要である。すなわち、入院の反復が減少し、生存期間が延長するかどうか。



Q.閉塞性睡眠時無呼吸症候群の合併がある場合の問題点は?


・COPDと閉塞性睡眠時無呼吸症候群の合併は、重複症候群(overlap syndrome)と呼ばれており注目されている。これは、睡眠時無呼吸症候群を重要視するのはなく、むしろCOPDの一つの病型と考えられている。従って、簡易の検査で睡眠時無呼吸症候群の程度を判定するのが良い。



Q.NIV治療の問題点は?


・NIVの設定圧を高めると患者の使用快適度が低下し、使用頻度が低下し、結局、効果が挙げられない。どの程度が適切な設定圧かは患者ごとに異なる。


・使用にあたっては十分な患者教育が重要。


・二酸化炭素レベルを低下させることがゴールではないらしい。


・重症の心不全がある場合の設定が難しい。


・地域ごとに医療格差があり、簡単に実施できない地域がある。


 新しい治療法が開発されてもそれが、全ての患者さんの手もとに届けられるまでにはかなりの時間がかかります。新薬でもそうですが、確実な効果を検証するためには、治療となる患者さんの対象を厳密に絞り込み、効果、安全性を確認した後、次第に応用範囲を広げていくのが通例です。在宅酸素療法の場合もそうでした。米国では、現在でもCOPDを中心に実施されていますが、わが国では半数に満たない数にとどまっていることは冒頭で説明した通りです。ここで紹介したガイドラインは、在宅人工呼吸法が次第に広がっていく黎明期にあって重症のCOPDの患者さんに夜間を中心に実施していこう、とする新しい試みです。対象を狭く絞り込み、まず科学的な根拠を明らかにし、今後の研究と応用の方向を定めていこうとする狙いが読み取れます。


 COPDの患者さんは喫煙者の約20%と言われていますが、重症度は喫煙量と必ず一致していないことを日常の診療で強く感じます。受動喫煙、職業的な有害物質の吸引、大気汚染など多様な原因のほか、遺伝的な背景があることも確実です。


 東京都は、他府県よりも強い禁煙政策を打ち出していますが、この効果が検証されるのは恐らく、20年後くらいでしょう。GOLD(www.goldcopd.org) はCOPDの治療法を啓蒙する国際的な組織であり、GOLD日本委員会はその下部組織です。毎年、暮れにインターネットで一般人、1万人を対象にCOPDという病気の認知率を調査しています。


 COPDはどのような病気かを知っていますか、という質問では、知っているという人は、2009年には5.1%でしたが、2019年は、10.8%と倍になっています。高血圧や糖尿病という病名の認知率に比較すればその低さ、にがっかりします。他方で、毎日、診る患者さんの中にはもっと早くに知っておれば、という声には返す言葉がありません。


 COPDの治療法は、まさしく日進月歩ですが、ここで紹介したNIVのガイドラインはその情報の一つです。



参考文献:


1.Macrea M.et al. Long-term noninvasive ventilation in chronic stable hypercapnic chronic obstructive pulmonary disease.

An Official American Thoracic Society Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med 2020; 202:pp e74-e87. Aug 15,2020.

DOI:10.1164/rccm.202006-2382ST


※無断転載禁止

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