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No.350 重度の息切れを緩和する治療法

  • 2 日前
  • 読了時間: 10分

2026年3月17日


 じっとしている時にも強い呼吸困難があり、治療を必要とする方がいます。重症のCOPD、重い間質性肺疾患、心不全、終末期のがんがその典型です。健康な人では、急な坂道や、重い荷物を持ったときに息切れを訴えることは普通にみられますが、安静な日常の生活の中で、肩で息をしている人を診ると、こちらも苦しくなるような深い同情を覚えます。


 「息切れ」は、日本語では、日常の会話でも使われ、古くから知られる言葉です。英語圏でもshortness of breathと表現され、「あえぐこと、能率の低下、気力の消失」とあり、「精神的に」、「経済的に」と多様な表現があります(新和英大辞典、研究社)。身体的な苦しさ、が社会と深く関係することを示していると言えます。


 個人的な訴えである息切れをどのように客観的な共通用語で表現、評価していくかの新しいアプローチは、診断の精度を向上させる研究として進んできています。しかし、息切れは個人的な訴えであり、臨床現場では依然として過⼩診断されています。聞いてもらえない、分かってもらえない、という声は少なくありません。さらに、息切れは、病者の健康状態に大きな影響を与える一方で、その介護にあたる家族の負担、どこで治療を進めるかの医療システムや、働くのが難しい、など経済活動にも負担をかけています。


 軽作業や安静時での強い息切れは、生命そのものを不安にさせる懸念事項となります。最近の複数の研究報告[1-3]では、さまざまな原因による息切れは世界中の成人のかなりの割合に影響を及ぼしていますが、有病率は集団や地域によって異なります。報告されているリスク要因には、呼吸器疾患や心血管疾患などの疾病高齢化という年齢要因、性差(女性に訴えが多い)、極端な太りすぎや痩せすぎなど体格喫煙習慣の有無、職業的な有害なガスによる曝露の影響、などがあります。


 強い息切れを緩和させる治療薬として麻薬性オピオイドは現在、診療で使われている薬です。通常、オピオイドは進行したがんの疼痛緩和で多く使われていますが、他の有効な治療法がない場合に、究極の選択として行われてきました。しかし、その効果を否定する新しい論文[3]が発表され、議論となっています。論文は、英国の代表的な雑誌掲載であり、しかも、二重盲検という設定の下で高度の呼吸困難で苦しむ多くの患者さんたちの協力を得て完成したものです。


 ここでは、難治性で高度の息切れの考え方を紹介し、次いで麻薬性オピオイドであるモルヒネに関する新しい研究論文を紹介します。




Q. 「息切れ」の社会的な問題点は?


・「息切れ」は世界的な健康問題として認識されつつある。治療法が難しいという背景事情もあり、低・中所得国では、その負担が過小報告されている可能性が高く、環境要因や社会経済的要因の影響を強く受けている。


・慢性的な「息切れ」が生活に与える影響は、原因に関わらず、患者とその介護者たちの負担は大きい。


・重症のCOPDおよび心不全、終末期のがん、間質性肺疾患では、基礎疾患に対する最適な治療にもかかわらず「息切れ」が、持続するケースが非常に多い。

➡効果的な「息切れ」に対する治療法が強く必要とされている。


・「息切れ」(呼吸困難)は、呼吸時の不快感と呼吸の仕事量の増加が複雑に絡み合った症状であり、日常の健康状態において身体的および精神的側面に重大な影響を及ぼす。


・一般人口における慢性的な「息切れ」は 過体重高齢性別(女性)と強く関連している。

➡女性の方が息切れを訴えることが多いが、正確な理由は不明である。




Q. 国際的な共通病名としての慢性呼吸困難とは?


・ICDは、疾病及び関連保健問題の国際統計分類と和訳され、最新版、ICD-11は、国際疾病分類の第11回改訂版である。WHOの管理下にあり、2022年1月1日から公式に施行され、世界的に幅広い用途に使用されている。ICD-11では、息切れが病名として登録された。

一つの病名としてICD‑11において「慢性呼吸困難」として明確な臨床実体として認められたことは、公衆衛生上の懸念事項としての重要性を強調するものである。




Q. 「呼吸困難」の問題点は?


・「呼吸困難」とは、快適に呼吸できないと感じることであり、通常の呼吸運動で感ずる不快感を意味する。


・原因は多岐に及ぶ ➡呼吸器疾患、心筋の虚血や機能障害、貧血、神経筋疾患、肥満、その他、体力が著しく低下したときの主な症状となることがある。


・多種の原因が考えられる中で、生命を脅かす可能性のある病気に対して適切で緊急的な初期治療が必要となる。

➡気道、呼吸、循環は、急性の呼吸困難での治療・管理を開始する際に救急医療医が主に重視する課題である。急性期症状が安定すれば、さらなる臨床検査と治療が進められる。

慢性に経過する「息切れ」では、診察を受けた後も治療としての対応がなかったという不満が多い。

➡「息切れ」は単独で起こることは稀で、多くの場合 疲労、不安、抑うつなど、他の衰弱症状と関連している。


・医療者間で息切れは、mMRCスケールとして半定量的に判定して情報を共有している。

 

 

 

Q.  黎明期の息切れの治療研究の歴史とは?


研究の背景:

慢性の息切れに対するオピオイドによる治療は1980年代から試験された。


・重症COPDの患者では、最善の医療管理にもかかわらず、呼吸困難、体力低下、健康関連生活の質(HRQL)の低下が一般的である。これを解決する目的で、オピオイドはCOPDにおける安静時や運動時の呼吸困難を緩和する治療となっている。


・オピオイド(opioid)が息切れの緩和治療薬として治験研究が組まれ、重症COPDに対する有効性が報告された(Ekström, M. et al, Am Ann Thorac Soc, 2015)。

 ➡ オピオイドは重度のCOPDにおける呼吸困難を改善したが、運動能力は改善しなかった。

 ➡2015年発表のランダム化比較試験(患者271名) のメタアナリシスでは、オピオイドが呼吸困難に好ましい効果を示すことが示された(前述)。

 ➡しかし、近年になって呼吸困難に対するオピオイドを再検討する複数のより大規模なプラセボ対照のランダム化比較試験が発表され、パラダイムシフトが起こり始めた。

 ➡  2024年発表のメタアナリシスでは、呼吸困難に対する オピオイドを検討するにあたり、日常生活における呼吸困難と臨床試験として研究室での運動負荷を区別した。

 ➡その結果、日常生活においては長時間作用型オピオイドが「息切れ」に影響を与えないことがわかった(10件のランダム化比較試験、788人の患者)。他方、運動テスト中に単回投与の短時間作用型オピオイドを主に調査した運動試験では「息切れ」に対する肯定的な効果が判明した(6件のランダム化比較試験、70人の患者)。

 ➡研究室レベルでの改善効果は、日常生活での改善レベルと乖離していることが判明した。




Q. 発表されたMABEL試験とは?


目的:

・高度の息切れに対するモルヒネの改善効果の有効性を検討した。



方法:

・多施設共同、並行群間、二重盲検、ランダム化、プラセボ対照として実施。

対象は、心肺疾患を有し、MRC息切れスコアが3以上の患者143名を対象に、モルヒネの有効性を検討した。主要評価項目は、数値評価尺度を用いて測定した28日目の最悪の息切れとした。



本研究方法の特徴:

・「息切れ」に対するオピオイドの有効性を検討する他の試験よりもかなり長い期間であり、副作用のリスクが低いという点で、一般的に使用されるモルヒネ(5mgを1日2回)よりも低い開始用量を選択した。

 ➡経過をみて投与量は10mgを1日2回に増量。主要評価項目は、28日目にモルヒネ群で66名(90%)、プラセボ群で62名(93%)で評価可能であった。


・参加者の大多数は COPD(77名  [55%])またはその他の肺疾患(60名  [43%]、主に間質性肺疾患から成っていた。

 

著者らの揚げる肯定的な知見は以下の2点

1.モルヒネ群では中等度から激しい身体活動に1日に費やした時間について、調整平均差で9.51分(95%信頼区間0.54~18.48 分)長かったが、多重補正後は有意ではなかった。効果サイズの臨床的重要性は不明であるものの、身体活動の増加には肯定的な効果がある可能性がある。

 ➡身体活動に対するオピオイドのさらなる研究を行う前に、依存性、副作用、終末期ケアとオピオイドの関連性への懸念のため患者がこの適応症にオピオイドを使用する動機があるかどうかを検討することが必要である。

 

2.著者らは、56日目の咳嗽スコアがモルヒネ群で有意に改善したことを報告しているが、これは新しい知見ではない。実際、英国胸部学会の慢性咳嗽に関する臨床声明では、徐放性モルヒネが治療に推奨されている。しかしながら、難治性の慢性咳嗽は心肺疾患によく見られ、生活の質を低下させることが知られており、適切な治療が行われていないことを考えると、この知見は興味深い。

 ➡高度の息切れは日常生活の中では改善効果を示すが、研究室レベルでの厳密な比較試験では効果は実証されず。しかし、息切れに伴う咳は改善させた。



MABEL試験の結論:

・結果は、息切れに対するオピオイドに対するエビデンス基盤に大きく貢献するものである。他の治療薬であるミルタザピンやベンゾジアゼピンに対する支持情報が不足している中で新しい根拠となる。

 ➡薬物治療の限界を示すものであり、呼吸法やリラクゼーション法、認知⾏動療法の要素、手持ち扇風機、危機対応計画といった非薬物療法により重点を置くべきであろう。

 ➡MABEL試験では、身体活動の増加と咳嗽の減少が示唆されたものの、現状のエビデンスを踏まえると、慢性的な「息切れ」に対する長時間作用型モルヒネの使用は中止すべき時期が来ているといえるかも知れない。


 

 

 重症間質性肺炎や肺がん末期などの病気で安静時にも高度の息切れを訴えている時には、緩和治療としてモルヒネ薬を使うことは、おそらく世界共通の医療者の理解です。わが国では、医療用の麻薬を取り扱う麻薬取り扱い者免許が必要であり、麻薬施用者は医師、歯科医師、獣医師の免許を取得していなければなりません。さらに​麻薬管理者は医師、歯科医師、獣医師、薬剤師の免許を取得していなければなりません。施用者と管理者に分け厳重に管理されている制度です。この中で高度の息切れに、中長期にわたりオピオイドを処方することは、医療者側にとってもかなりの負担と緊張感を要する治療法です。息切れの緩和治療に対し、モルヒネ薬以外で長期にわたり安全で効果的な薬が開発されれば、極めて朗報といえます。

 

 引用論文の中に短い記載がありますが、息切れの治療法として「手持ち扇風機」を利用して顔の表面に吹きかける、という治療法があります。記載は、以前、北海道大学呼吸器内科の教授であった川上義和先生らのグループによる報告に始まります。その頃は、現在、電車の中でも若い女性が使っているような「手持ち扇風機」利用などは想像もできませんでした。

 

 息切れは、個人レベルに影響を及ぼすだけでなく、医療制度や経済にも関連する負担を課していること指摘されてきました。強い息切れは、医療サービス(一般開業医や専門医の診察、入院、薬物使用など)の増加と関連しているだけでなく、患者側の問題点として就業率の低下にも関連しています。息切れのために仕事ができず、学校を欠席する可能性が2倍になると報告されています。わが国では、息切れによる経済的•社会的負担に関するデータは現時点では不足しています。

 強い息切れの緩和、改善は社会的に取り組むべき課題というべきでしょう。治療薬の今後の発展を期待したいと思います。




参考文献:


1.Ekström M, et al.

Effects of opioids on breathlessness and exercise capacity in chronic obstructive pulmonary disease. A systematic review. Ann Am Thorac Soc 2015; 12: 1079–92.


2.  Smallwood NE, et al.

Opioids for the palliation of symptoms in people with serious respiratory illness: a systematic review and meta-analysis. Eur Respir Rev 2024; 33: 230265.


3.      Johnson MJ, et al.

Morphine for chronic breathlessness (MABEL) in the UK: a multi-site, parallel-group, dose titration, double-blind, randomized, placebo-controlled trial. Lancet Respir Med 2025; published online Sept 28.


4.     Higginson IJ, et al.

Mirtazapine to alleviate severe breathlessness in patients with COPD or interstitial lung diseases (BETTER-B): an international, multicenter, double-blind, randomized, placebo-controlled, phase 3 mixed-method trial.

Lancet Respir Med 2024; 12: 763–74.


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