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No.114 女性喫煙者はなぜリスクが高いか


2020年10月26日

 COPD (慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎) は2030年には死因の第3位に上昇すると予想されている重要な疾患です。

わが国を含む先進国ではCOPDの主な原因は喫煙習慣であることが判明しています。

 私たちは、多くのCOPDの患者さんを診てきましたが近年、女性の患者さんが増加していることを実感しています。ほぼ全員が喫煙者です。中には若いころ一時期だけ吸っていたという元喫煙者もいます。喫煙で生じた肺組織の広範な炎症は禁煙しても進行することが知られています。

 同じ本数、年数の喫煙で男女を比較すると女性の方が重症化することが知られています。

なぜ、女性の喫煙者は重症化するのでしょうか?

タバコ煙が含む物質の代謝に関係するか?あるいは、タバコ煙がおこす炎症反応のその代謝にホルモンが作用しているのではないか、と考えられてきました。

 ここで紹介する論文は、タバコ煙の吸い方に男女差があり、これがCOPD発症の性差になっているのではないか。その結果、女性の喫煙は男性よりも危険性が高い理由となっていると主張するものです。




Q.喫煙の影響で判明している性差とは?


・同じ量のタバコ煙を吸入すると女性は男性よりも早い年齢で重症化する。


・COPDの軽症から重症までを比較すると男性の方が女性より高度の肺気腫となる。


・女性はタバコで発癌の影響を受けやすいが男性よりも肺がん死亡は少ない。


・女性の方が喫煙の影響を受けやすい理由は不明である。

タバコ煙には多くの有害物質が含まれている。その中で、多環式芳香族炭化水素(Polycyclic aromatic hydrocarbons) は男性より女性の肺に発見されやすい。


・女性はより重症のCOPDになりやすく、入院のリスクが高く、呼吸不全や併存症による死亡率が高い。しかし、この理由は不明である。




Q.本研究の方法は?


・Optoelectoronic plethysmography (OEP) という患者負担がなく胸郭の動きとこれによる肺容積の変化を測定できる方法を用いて男女を比較した。


・男女同数の14人ずつ計28人の喫煙者。


・平常呼吸10回で1回換気量測定。次いで喫煙。その人がいつも吸っていると同じように喫煙し、吸い込む深さ(容積)、1吸い(puff)の長さ、間隔を測定した。次いで連続5puffの容積をOEPで測定。


・三次元像を得て、微少運動(micromovement)を全胸郭、異なる場所で測定:胸郭(RCp), 腹部-肋骨(RCa), 腹部(Abd)の3部位を比較した。

図に測定部位を示した。

出典: Polverino, M.et al. Am J Res Crit Care Med 2020; 202:1048-1051.より一部改変


図の青はRCp, 緑はRCa, オレンジ色はAbdを示し、それぞれの区切りの動きを測定した。




Q.本研究の結果は?


・男、女では身体計測、肺機能には有意差なし。

平常呼吸の状態では、主にRCp部分が動く。Abdは少ない動きでRCaはわずかな動きであった。


・男、女間ではタバコ煙吸入容積、吸入時間に差なし。


・タバコ煙吸入による容積変化は男性ではRCp, Abdが有意に変化。

女性では、煙吸入に伴う容積変化はRCpに集中していた。一部は、RCa, Abdに分布していた。この分布の男女差は、胸郭の両側の比較で差があった。


・男性ではRCpとAbdで煙吸入容積の80%を分割していた(p<0.0001)。ところが女性では吸入煙の容積は主にRCpであった(p<0.0001)。すなわち、男女でRCp, Abdは有意に異なる。




Q.本研究の考察は?


➡ 男女でタバコの吸い方が異なる。すなわち、本研究では女性は主に肋骨を動かすように吸っているのに対し、男性では腹部部分をかなり使って吸っていることが判明した。

➡ この差がタバコ煙でCOPDや肺がんの発生率で差がでる原因ではないかと推定した。




Q.本研究結果から推定するタバコ被害の性差の原因は?


・出生時、女性の肺では呼吸細気管支は男性に比べて細く、呼吸細気管支の数は少ない。

肺の容積を一定にして比較しても女性の細気管支は細い。このことは、単位容積当たりで比較するとタバコ煙の濃度が濃くなるということである。


・さらに成長の過程で女性肺は男性に比べて収縮力が低下する(縮まりにくくなる)。この変化は肺全体に均等に起る。男女の吸い方の差異が影響するとは考えにくい。


・他の可能性は、非妊娠期であっても女性の体は、妊娠した子宮が胎児の発育を許すような構造分布をとっているとも考えられる。そのような身体構造の中で女性の喫煙習慣では男性が腹部型であるのに対し、胸郭型となり胸郭の上部の領域をより使っているのではないか。

本論文だけでなく女性喫煙者の健康障害を警告する多くの研究がある。以下はその一部である。

タバコを吸うと骨量減少が加速する。女性では骨粗鬆症の変化が加速される。

喫煙習慣がある女性、無い女性の双生児を比較した研究では、成人期を通して1日20本を喫煙すると、骨密度が5〜10%減少した。


・喫煙は閉経後の女性におけるエストロゲン療法の効果を打ち消す可能性がある。これは、エストロゲンの代謝を喫煙が加速することによる部分的な媒介作用によって血清エストロゲン濃度を低下させる可能性が推定されている。


・喫煙は女性のすべての心筋梗塞などを起こす冠状動脈病変に関連する。デンマークの研究では、喫煙により、最初に心筋梗塞を起こす年齢の中央値は、女性では79歳から60歳に、男性では71歳から64歳に若くして発症することが判明している。さらに、1日1本または2本のタバコを吸う女性でも冠状動脈リスクが高くなる(1.4本/日の喫煙でrelative riskは2.4)。


・女性喫煙者の心筋梗塞のリスクは、非喫煙者と比較して3倍以上増加する。男性喫煙者の場合は約2倍である。


・女性の禁煙は、心筋梗塞のリスクを急速に低下させる。たとえば、心筋梗塞の最初のエピソードを有する910人の患者を対象としたケースコントロール研究では、相対リスクは現喫煙者では3.6であったのに対し、元喫煙者では1.2であった。喫煙によって引き起こされるリスクの増加のほとんどは、禁煙から2〜3年以内に消える。3年以上喫煙していない女性の相対リスクは、喫煙したことがない女性の相対リスクと差がなかった。

参考文献:


1. Polverino, M.et al. Smoking pattern in men and women: A possible contributor to sex differences in smoke-related lung diseases

Am J Res Crit Care Med 2020; 202:1048-1051.


※無断転載禁止


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