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No.344 肺と心臓の病気に関わるタバコ問題

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 28 分前
  • 読了時間: 12分

2026年2月12日


  呼吸器科医はタバコを天敵と考えているのだろう、昔、同僚の医師にからかわれたことがあります。彼の専門は、糖尿病でしたが彼自身が、ヘビー・スモーカーでした。当時の副院長は循環器内科が専門であり、タバコ嫌いで通っていました。「君が吸うのは、分かって吸うのだからしようがない。しかし、吸った煙は吐き出すな、他人に迷惑だ」と怒りをぶちまけたことを思い出します。


 厚生労働省は、2000年から、健康増進を図るための国民運動「健康日本21(二十一世紀における国民健康づくり運動)」を進めています。健康で長生きする「健康寿命の延伸を図る」が目的です。健康課題に対して目標数値を定め、計画的に生活習慣の改善などを目指しています。その内訳は、「栄養・食生活」「身体活動・運動」「休養・こころの健康づくり」「歯の健康」「たばこ」「アルコール」「糖尿病」「循環器病」「がん」の9分野です。この運動は、2024年度より「健康日本21(第三次)」の活動に引き継がれています。


 COPDと心血管疾患は高頻度で併存することが知られており、両疾患が併存することで、それぞれに悪影響を及ぼす可能性がある、と報告されています。COPD側からみると経過中に起こる増悪が次回の増悪リスクを高め、連鎖となるだけでなく、心筋梗塞など心血管イベントのリスクが上昇することが示されています。COPDと心血管病変の複合的なリスクは「Cardiopulmonary Risk(心肺リスク)」として注目されています。心不全患者とCOPD患者は、労作時の息切れが共通の症状であること、喫煙歴のある心不全患者のおよそ30%にはCOPDが認められること、さらにCOPDの併存が心不全の死亡リスクを高めることが判明しているためです。これらのことは、COPD死よりもCOPDによる心臓死の多いことを示唆しています。日本呼吸器学会は、日本心不全学会と協力して、社会的な啓蒙運動を進めていくことになっています。「Cardiopulmonary Risk(心肺リスク)」は、共通のキーワードです。


 肺は生涯を通じて環境要因に常にさらされ、タバコの煙や感染症、汚染物質などさまざまな刺激に対して脆弱です。慢性呼吸器疾患の有病率の中では、COPDが最も頻度が高いタイプです。世界的に見て、COPDは3億人以上に影響を及ぼしており、2019年には死亡者数は、330万人に達し、長生きの喪失原因の第8位にランクインしました。COPDは、1990年から2017年の間にほぼ40%増加し、同年に、COPDは男女の慢性呼吸器疾患の約55%を占めています。COPDは経過中に肺がんの発症が多いことも特徴です。

 

 ここでは、Cardiopulmonary Risk(心肺リスク)」を中心として最近の情報をお知らせします。

 

 英国から出版されている「ランセット」誌は、1823年にイギリスで創刊され、世界でもっとも信頼度の高い医学雑誌の一つです。「ランセット」誌はいくつかの重要な医学的および非医学的事項に関して、社会性の強い見解を表明してきました。詳しくは、筆者寄稿の呼吸器障害者患者会の新聞、J-ブレス紙掲載の記事、「COPD、その社会性の背景と責任のあり方」(2026年2月、No.141)をご覧ください。

 ランセット委員会は、多くの種類の病気について、病気の成り立ち、診断、治療法、社会的な問題点まで踏み込み、歴史的な展開から現在に至るまでの問題点を指摘し、解決についての提言を行ってきました。2003年には、タバコを違法にする呼びかけがありました。法律で販売を全面禁止する、という提言です。

 現在、COPDは、国際的な専門家集団がGOLDと呼ばれる組織を作り、歴史的な変遷から現在に至るまでの方向性を多くの信頼できる文献を根拠として提言しています。しかし、先のランセット委員会は、このGOLD委員会にまで対策が不十分であると異論を唱えています。幼児期から発症することの多い喘息と異なり、COPDは、社会的な多くの問題点を背景に発症することが明らかであり、その理由から社会全体で予防し、責任を負い、救済していくことの必要性を提言しています。

 ここでは「Cardiopulmonary Risk(心肺リスク)」についての情報を中心に、考えてみます。




Q. ランセット委員会が指摘するCOPDの社会的な問題点は何か?


1)喫煙だけではない複数の重複する危険因子が影響してCOPDは発症する。また、大気汚染、室内汚染が問題である。その影響には個人差が大きい。


2)診断はスパイロメーターで行うとGOLDガイドラインには記載されているが、その現状は、早期に正確な診断を行うという意味では不十分である。


3) 現在の吸入薬中心の治療法は、複雑すぎることや治療効果の予測が不可能であり、しかも効果は不十分である。


4)呼吸リハビリテーションの実施は重要であるが、その体制は不十分である。


5)低所得層にCOPDの重症患者やリスクを抱えた患者が多く、治療薬の経済的負担が大きすぎる。


6)現在の医療政策に問題があり、医療の連携体制が不十分である。


7)COPDの研究の進歩が必要であるのに、これを支える研究資金が不十分である。

 



Q.COPDに伴う心血管病変とは?


 COPDに伴う心血管病変には深刻な問題点がある。


問題点:

・先行研究では、冠動脈の閉塞が軽度にすぎないCOPD患者において、増悪を起こした後では、急性心血管イベントのリスクが⾼いことが確認されている。

本研究では、これらの閉塞性冠動脈病変は、最近、増悪を発症したCOPDコホートでより多くみられることを示した。

 ➡COPDの増悪と心筋梗塞、狭心症が同時あるいは近接して起こる可能性を示唆する。


・COPD患者では、併存する動脈硬化による心血管疾患の有病率が高く、これは臨床経過と密接に関係する。


・胸部CT撮影でみられる冠動脈石灰化(CAC)の程度で測定したデータではCOPD患者で、潜在性冠動脈疾患の増加がある。


COPDの進行と冠動脈の石灰化病変が密接に関係するのではないか?

➡CACの上昇は、タバコで生じた小葉中心性肺気腫の重症化および気流閉塞の増加と関連した ➡その関連性の一部は、心血管疾患およびCOPDに関連する生理活性分子によって媒介されていた ➡CACは肺気腫および心血管病変を結ぶマーカーとなる。

➡疫学的エビデンスでは、COPDの急性増悪から1年後にも心血管イベントの発症リスクが大幅に上昇することが判明している ➡COPDにみられる肺の病変が急性心筋梗塞を起こす引き金になる。

➡しかし、このリスクの原因となっている可能性のある根本的なリスク因子についてはほとんど不明である。



方法:

・COPD患者および、最近、COPDの増悪を発症した患者で、胸部CT像で冠動脈の石灰化所見(CTCA)を測定した。CTCAの存在と身体負担を、年齢と性別をマッチさせた。


・臨床評価を受けている呼吸器系または心臓系の既知の疾患のない対照群と比較した。CTCAは潜在性CADを特定して定量評価した。



結果:

・CADの有病率は、COPD症例とマッチさせた対照群で同様に高かったが(88%全対照群78%、喫煙歴のある対照群85%)、冠動脈が多くの枝で狭窄した状態は、閉塞性疾患(> 50%狭窄)、および重度閉塞性疾患(> 70%狭窄)の有病率は、COPD患者で有意に⾼かった。



本研究が示唆する点:

・COPDは軽症であっても心筋梗塞、狭心症を起こすリスクが高い。


・COPDにおける閉塞性冠動脈狭窄の有病率の高さは、COPDの治療経過中から徹底的なスクリーニングの必要性を示唆している ➡COPDが増悪を起こすときには同時に心筋梗塞、狭心症のリスクが高くなる。


・胸部CTでは無症状の冠動脈石灰化の検出には簡便であるが、スクリーニング法としては実用的ではない。また、造影剤を併用した血管造影は腎機能障害や造影剤アレルギーのある患者など、特にアレルギー性の喘息要因をもつ患者には禁忌となっており、実施の判断基準が難しい。




Q. 喫煙の影響についてのデータは?


問題点:

・心血管リスク因子の生涯推定値に対する世界的な影響は何か?



方法:

・6大陸39カ国、133コホートにわたる2,078,948人の参加者から個人レベルのデータを解析した。


50歳時点での高血圧、脂質異常症、(高脂血症)、低体重・過体重または肥満、糖尿病、喫煙5つのリスクの有無に応じて、90歳までの心血管疾患およびあらゆる原因による死亡の生涯リスクを推定した。


・これらのリスク要因の有無による寿命の差(心血管疾患またはあらゆる原因による死亡のない追加の生存年数)を推定した。リスク要因の軌跡を分析し、リスク要因の変動に応じた生涯の差を予測した。



結果:

高血圧、脂質異常症、(高脂血症)、低体重・過体重または肥満、糖尿病、喫煙5つのリスクが、世界の心血管疾患の負担の約50%を占めていた。


・典型的なリスク要因の有無が、心血管疾患およびあらゆる原因による死亡の生涯推定値にどのような影響を与えるかは、依然として不明である。



考察

リスク要因のない人とリスク要因のある人の間で10年以上の生涯の寿命差があることがわかった。特に、非HDLコレステロール(悪玉コレステロール)値および体重・身長比(BMI)と心血管疾患との関連は、リスク要因と結果の両方と関連していた。


・これらのリスクは、生存年数と関連していた。 


・全体的な影響はBMIに影響された可能性がある。すなわち、低体重・過体重または肥満が問題である。


中年期に好ましいリスク要因レベルを達成することは、全生存率の改善に関連し、身体活動、栄養、心血管疾患のない年数の増加と関連していることが示唆された。

➡ 中年期の健康問題が高齢期の健康問題に影響する ➡従来よりも、より早期の注意が必要である。

➡ 喫煙は、今回の解析で最も多くの早期死亡と関連していた。




Q. 冠動脈の動脈硬化を悪化させる要因は?


・冠動脈疾患の遺伝的基盤の研究は近年、急速な進歩がある ➡発症の機序に関する知見、治療、予防、リスク予測の進展につながった。


・現代の冠動脈疾患治療薬の多くは、遺伝的メカニズムによる動脈硬化を促進する経路を標的としている。


・冠動脈疾患を起こす単⼀性の原因は約250人に1人で発生し、主に血中のコレステロールなど脂質レベルの上昇がみられる。


・冠動脈疾患の発症原因は多数の遺伝子リスクスコアに関係しているが、これを日常の臨床現場に反映するには、統合に必要な臨床的情報、費用対効果、実際に運用する際の問題点など多くの重要な課題が残っている。




Q. 冠動脈疾患のリスクに影響を与える遺伝役割とは?

 

・冠動脈疾患は、行動的要因、環境要因、遺伝的要因、確率的要因の相互作用から発生する。


喫煙、高血圧、高脂血症、糖尿病は冠動脈疾患のよく知られた修正可能なリスク因子であり、これらの疾患は生涯のうちに男性のほぼ2人に1人、女性の3人に1人に影響を及ぼす。


・歴史的には、100年以上前、ウィリアム・オスラーが、狭心症は家族内でしばしば集団化することを観察した後、遺伝的要因が冠動脈疾患の原因になる可能性がある、と提言した。

➡ 約30年前、双子の研究で致命的な冠動脈疾患の遺伝率は最大50%に達していることが判明した。

➡ 2007年以降、大規模な遺伝子型解析および遺伝子配列解析の研究により、冠動脈疾患の感受性増加に関連する数百の遺伝的変異が特定された。関連する遺伝子のタンパク質産物はすでに効果的な治療標的となっているが、現在、未解明の疾患メカニズムも多い。


・冠動脈疾患の家族歴に関する情報は、胸痛症候群を呈する患者の臨床評価において重要な診療情報である。




 「Cardiopulmonary Risk(心肺リスク)」という点から現在、問題とされている事項に関する論文を列挙しました。最後に揚げた論文は、直近のNew England Journal of Medicineに掲載された論文[5]です。これまで多くの疾患を解決してきたように典型的でもっとも重症の病気を最初のターゲットとして、これを解決し、その後、関連する周辺の病気の解決につなげていこうとしています。COPDと喘息は症状が似通っているので並べて論じられることが多いようですが、日常の診療では、COPDは喘息よりも虚血性心疾患に近い病気として診ていくことの大切さを強く感じています。単に日常の症状の改善だけにとどまるべきではない理由がここにあります。特に、高血圧や脂質異常症がある場合、さらに睡眠時無呼吸症候群を併存しているCOPDは、日常の症状の改善を目標とした治療に留まらず心血管病変を念頭においた診療体制を組むべきであると考えています。禁煙教育は、現在だけでなく、将来のリスクにまで予見した疾患の連続性に踏み込んだ情報提供とならなければ意味は乏しいというべきでしょう。喫煙歴―肺病変とCOPDの関連―心血管病変。これらは、相互に関連する要因として古くから知られてきました。ここでは触れませんでしたが肺がんは、さらにこれらの全体に共通する問題点です。


 紹介した論文は、従来の報告と大きく変わるものではありませんが肺がん検診で近年、実施されるようになってきた胸部CT画像の読影結果を心血管病変の早期発見、早期指摘に利用する可能性を調べたものです。冠動脈の石灰化病変の有無は、心血管病変とこれによる心筋梗塞など心血管病変を推定させる有力な指標にはなりますが「Cardiopulmonary Risk(心肺リスク)」を指摘するほど十分な根拠にならないようです。


 最後に揚げた論文を参考とするなら、50歳時点での⾼血圧、脂質異常症、(高脂血症)、低体重・過体重または肥満、糖尿病、喫煙の5つのリスク補正は明らかに遅すぎるようです。中高年の病気は40歳代から予防策を始めるべきでしょう。特にBMIが標準値を越えた肥満者ではリスクが高くなります。


 COPDの増悪後は1年後であっても心筋梗塞のリスクが高まった状態であるという指摘は重要です。通常、COPDは年間2回の増悪が起こると言われています。すなわち、COPDの治療では、肺病変だけでなく、常に心血管病変の存在を疑いながら診療すべき、ということです。症状が安定していても、高血圧や不整脈の注意だけでなく、必要に応じた検査体制が必要となります。

 ランセット委員会で指摘しているように、診断体制、治療手段の両者ともに不備な状態にあるという指摘は、増加し続けているCOPD対策の困難さを示しています。「健康日本21(第三次)」の成果を期待したいと思います。


 COPDはタバコ病と言われた時期がありましたが、実はタバコ起因のCOPDは20数パーセントにすぎないというデータがあります。また、COPDは胎児の時期から始まるというデータがあり、妊婦の喫煙は特に危険であることを付け加えておきます。




参考文献:

 

1.  Stolz D. et al.

Towards the elimination of chronic obstructive pulmonary disease: a Lancet Commission. Lancet 2022; 400: 921–72.

 

2.MacLeod, MA. et al.

Prevalence and clinical correlates of radiologically detected coronary artery disease in chronic obstructive pulmonary disease. A cross-sectional observational study.

Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 946–956.


3.  Fawzy, A.

Standard risk scores inadequately estimate subclinical coronary artery disease in chronic obstructive pulmonary disease.

Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 889–917.


4. The Global Cardiovascular Risk Consortium.

Global effect of cardiovascular risk factors on lifetime estimates. N Engl J Med 2026; 394: 576-87. DOI: 10.1056/NEJMoa2415879

 

5.  Schunkert, H. et al.

The inherited basis of coronary artery disease. N Engl J Med 2026; 394: 576-87. DOI: 10.1056/NEJMra2405153


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