2021年2月10日
わが国の死亡原因の統計で特徴的なことは、嚥下性肺炎が多いことです。厚労省は、「高齢化に伴い増加する疾患の対応について」というプロジェクト研究の結果を発表しています(平成28年9月)。これによれば、誤嚥性肺炎の原因の約6割が脳卒中の後遺症によると報告されています。脳卒中は、塩分制限のほか、高血圧やコレステロールを低下させる治療が功を奏し、次第に減少してきています。しかし、身近に診る誤嚥性肺炎は、むしろ増加してきている印象があります。特に、重い呼吸器疾患の患者さんが誤嚥性肺炎を併発して重症となり、治療に苦慮することがしばしばあります。
ここで紹介する論文は、息切れが問題となるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さんに誤嚥性肺炎が多い理由を説明しています。臨床的にはCOPDで多い息切れが、誤嚥と深く関わっていることは推定されていましたがその機序に踏み込んだ論文はほとんどありませんでした。オーストラリアのこの研究者グループは、最初の論文で、COPDと誤嚥の問題点を考察し[1]、次いで実際の臨床現場でそれを証明しました[2]。
Q.嚥下とは?
・嚥下とは、食物を飲み込む動作であるが、この時、間違って気道に流れこまないよう呼吸運動と同期した複雑な生体力学的のプロセスが嚥下運動である。
・嚥下は頸部にある多くの筋肉の複雑な協調運動でなされる。
・高齢者や息切れがあるCOPDでは円滑な嚥下作用がうまくいかないことがある。
Q.嚥下中に呼吸はどうなる?
・嚥下中は、喉頭の挙上および閉鎖が起こるがこれに先立って短時間の呼吸停止がある。
・大量の嚥下を継続すると、呼吸の一時停止時間が長くなり、呼吸と嚥下のパターンが不安定となる可能性がある。
Q.食事による誤嚥とは?
・誤嚥を検出するためビデオ蛍光透視法を利用して検査すると健康な成人で誤嚥は0.6%で起こる。
・液体の誤嚥は健康人でも80歳以上では起こりやすい。
・COPDに逆流性食道炎が起こりやすい理由は、老化に伴う解剖学的、生理学的変化、食道裂孔ヘルニア、食道裂孔圧(食道下端の締め付け圧)の低下で逆流しやすくなる、胃内容物を下方へと押し出す排出遅延などがある。
・逆流性食道炎は、COPDでは最大74%、対照群では18.5%に見られる。
Q.マイクロアスピレーション(微小吸引)とは?
・呼吸中の唾液の誤嚥は健康な人で10%に見られる。高齢者の肺炎は約70%がこれにより起こる。
Q.COPDではなぜ誤嚥が起こりやすいか?
・気道の慢性炎症、胃液の逆流、抗コリン作用薬、抗ヒスタミン薬など治療薬による副作用、喫煙、喉頭咽頭における感受性の低下が原因の可能性がある。
・頻呼吸、高二酸化炭素血症があると気道防御反射が減衰する。
・嚥下に要する時間の延長。嚥下後の空気吸入のパターンにCOPDが変化を与える。
・喉頭―咽頭の筋肉群に異常を来す可能性がある:ステロイドホルモン使用後の筋肉の変化。慢性低酸素血症の影響、炎症、慢性栄養障害。喫煙の影響が疑われる。
・COPDと併存する肺以外の病態が嚥下に与える影響:慢性心不全、糖尿病、慢性腎臓病、脳白質の変性に伴う認知症、睡眠時無呼吸症候群、逆流性食道炎、肥満が可能性として挙げられる。
Q.COPDではなぜ誤嚥性肺炎が多いか?
・COPDでは嚥下に伴う気道の防御作用が障害されるのではないか。以下はその理由である。
・COPDの多くはタバコで末梢の気道が傷害されることにより発症するが、誤嚥は上気道の防御機能が損なわれた状態により発症する。
・誤嚥を起こす機序に関わる因子は多い:咽頭喉頭の筋肉作用と感知能力の異常、呼吸数が多くなる頻呼吸、肺が過膨張となった状態、低酸素状態、胃食道逆流症、薬の影響、喫煙習慣が関係する。
・COPDでは一時的に症状が悪化する増悪を起こすことがあるがこれに誤嚥が深く関わっている。
・誤嚥という現象には、飲食物の誤嚥、胃液などが逆流して起こす誤嚥、微少な物質の誤嚥(micro-aspiration)、無症状誤嚥 (silent aspiration) がある。
・無症状誤嚥とは声帯より下方に物が落ち込んでいるのに咳こまない状態を指す。
・Micro-aspiration, silent aspirationが肺炎のリスクとなる。
・COPDで誤嚥が起こりやすいかどうかの明確なデータはない。しかし、ある報告では安定期にあるCOPDの25%で飲食の誤嚥が起るというデータがある。
Q.著者らが行った臨床的な調査研究は?
・著者らは、飲食での誤嚥がCOPDでどのように起こりやすいか、観察期間12カ月間で増悪との関係を調べた。
・方法:安定期にある重症のCOPD、151人を対象。年齢は、40-80歳。街中にある大病院で実施。100mlの液体造影剤を飲ませてビデオで誤嚥の有無を半定量化した。
・151人中、30人に誤嚥が見られた(19.9%, 男性18人、女性12人、平均72.4歳)。
COPDの増悪(AECOPD)は誤嚥あり群で多かった。患者1人当たり3.03、対照群では2.0回。P=0.022。
・重症の増悪は、誤嚥を起こしている人に多く、silent 誤嚥では少なかった(50% vs 18.2%, OR=4.5)。誤嚥群では頻回の増悪があった。
・より高齢であること、筋線維減少などによるサルコペニアがあることが増悪因子となる。
サルコペニア(sarcopenia)とは、加齢による骨格筋量の低下と定義される。副次的に筋力や有酸素能力の低下を生じる。筋肉量の低下を必須項目とし、筋力または身体能力の低下のいずれかが当てはまればサルコペニアと診断される 。
・増悪時の治療では、少量のプレドニン(10㎎程度)を長期に投与している場合に筋力を低下させ、より頻回の増悪を起こすので行ってはならない。
COPDは、全身疾患であるといわれます。なかでも注目されているのが、下肢の筋力の低下による日常活動性の低下です。怖いのは、家から出られなくなる(home bound)、ベッドから出られなくなる(bed bound)です。つまり、寝たきりに近い生活になるということです。この論文は、誤嚥という問題に焦点を合わせていますが、複雑な解剖を持つ頸部の筋肉群の協調性に異常を来すことを示唆しています。すなわち、サルコペニアは下肢の筋群だけではないらしいことが推定されます。
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