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No.356 COPD、成人喘息は肺の成長期の異常に関連する

  • 15 時間前
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2026年5月14日


 新しい治療薬がでるたびに、従来の薬とどこが違うのか、という議論と、病気がいつから始まるのか、悪化させないためには、いつから治療を開始するのがよいのか、治療では何を注意して過ごせばよいのか、が問題にされてきました。病気がいつから始まるかは、早期診断、早期治療に関する重要な情報です。経過をなるべく快適にし、しかも予想されるような危険を避けていく、という観点からも大切なポイントです。


 近年の研究成果から、COPDと成人喘息の症例の約6割は、幼少期の出来事に関連した肺の発達障害が原因の一部となっていると言われています。COPDは中高年から始まり、喘息は乳幼児期から始まる、という学説は現在では見直され、両者ともに幼少時、おそらく胎児期から始まると考えられるようになりました。感染症とは異なり、特定のヒトだけが発症する理由は、遺伝的な背景があるからです。


 慢性の病気で怖いのは、長い経過のうちに他の病気を呼び込む可能性が高いことです。COPDでは、急に症状が悪化し重症となる肺炎や心血管病変、すなわち心筋梗塞や脳血管障害が問題であり、さらに経過中には肺がんのリスクが高くなります。最近のデータでは、高齢女性の喘息にも同じ傾向がみられることから注目されています。

 高齢社会に入り、高齢期に生ずる問題が注目を集めていますが、急に様々な問題が起こってきたのではなく、相互に関係する形に加齢変化という難問が加わって病気の理解を複雑にしています。


 肺は、樹木のような構造をしています。気道と呼ばれる気管支、細気管支が全体の5%程度の容積であり、大部分は肺胞から成り立っています。人体の中央に鎮座するこんもり茂る大樹を想像させます。しかし、寺社の大樹であっても、よく目を凝らすと、かなり太い枝で折れて小枝や葉がついていない光景は普通に見られます。同じように高齢者の肺構造の異常は、実は、胎児期や発達期の異常、すなわち肺の成長が止まる思春期の終わりのころまでに肺に加わった障害が、そのまま持ち越されることが多いと言われます。肺は、胎児期には母体の健康状態の影響を受け、出生後は育った環境の影響を受けながら成長していく臓器です。

  

肺の遺伝的および遺伝子を使うかどうかを制御するスイッチのオン・オフのしくみであるエピジェネティックと呼ばれる変化、能動喫煙や受動喫煙、大気汚染、栄養不良、劣悪な社会環境、小児期の呼吸器感染症の繰り返しなどの環境要因に関連した気道の酸化ストレスおよび/または炎症によって肺の繊細な構造は傷つき、悪化する可能性があります。これに相当するのが、喘息のコントロールが不十分な場合、または喫煙などの他の危険因子、劣悪な環境条件下での生活による気道感染の繰り返しは、喘息の子供では成人期にCOPDに移行する可能性があります。これらの要因の多くは生活環境の改善により修正可能であるため、肺の発達異常のリスクがある子供については、できるだけ早期に迅速な診断と予防策の実施を検討する必要があります。


 ここで紹介する論文[1]は総説として、胎児期から成人、老年期に至る年齢とそれと並行して肺の成長、発育、老化、さらにこれに伴う喘息、COPDの関わり方を紹介しています。


 

 

Q. 肺の細胞総数は?

 

・人体における臓器は、細胞の一貫した包括的な定量的枠組みを有し、生物学領域の多彩な作用を担っている。最近、発表された科学論文[2]では、成熟児(標準体重児)2,500g~4,000g程度とし、10歳児(体重32kg)成人では男性(体重70kg)、女性(体重60kg)とを代表値として、身体を構成する全細胞数は、成長とともに増加し続け、成人の男性では約36兆個、女性では約28兆個、が存在すると推定している。

 

 ➡肺の総細胞重量は、成人で262g、総細胞数は、2.3 e11である。他の臓器と比較すると、ほぼ同じ細胞数になるのが皮膚であり、骨格筋である。


・肺は40種を超す多くの細胞の種類により緻密に組み立てられている。

   



Q. 肺の成長、発育から見た喘息とCOPDの関係は?


・出生前、周産期、および出生後、思春期の終わりまで肺は成長、発育する。

 ➡ 成長期の異常に、他の要因が加わって、喘息、COPDの発症に影響を与える。


・ 気道の中を空気が流れる状態の異常は、慢性気流制限を起こす。

 ➡ 喘息は、可逆的な気流制限(治療により元に戻る)であり、COPDは、不可逆的な気流制限(治療によっても元に戻りにくい)を起こす。




Q. 肺の発達と肺機能の変化?


・これまでの報告データをまとめると、肺機能検査の指標である1秒量(FEV1)の経年変化では思春期の終わりごろに肺の発育は終了し、その頃に1秒量(FEV1)はピークに達し、以降はプラトーの時期を経て、人生の後半では、急速に衰退、下降していく。

 ➡乳幼児期の肺の発達と免疫系の成熟は、中年期、老年期の長期にわたる影響を残す。

 ➡肺の成長に伴う機能の障害は成人期以降の呼吸器の健康に影響を及ぼす。



出典:文献2を一部修正。
出典:文献2を一部修正。

図1. 生涯にわたる肺の成長、発達から老化に至る過程

生後の肺の成長、発育から成人に至るまでの肺機能の変化。

肺内の換気状態を示す代表値の一つである1秒量(1秒間に最大に吸い込んだ状態から強制的に吐き出した空気の総量)の変化をみたときの多様な軌跡を示す。乳幼児期の検査方法は成人とは異なるので推定値(原図、Lange, et al. New Eng J Med,2015; 373:111-122)。

50歳以降に差が大きくなってくる。




 Q. 肺の発達に関係する要因は?


・発達の初期における呼吸器ウイルス感染症、特に呼吸器合胞体ウイルス(RSV)インフルエンザなどの病原体による感染症は、喘息が持続する喘鳴、発作や成人における気流制限(肺機能の低下)の原因となる。


・早産と気管支肺異形成症(BPD)では、新生児が成長して期待値に肺が達しない可能性があるため、新生児時期の障害は生涯にわたる影響を及ぼす。


・個人の根底にある遺伝的要因が肺の発達に関わる。 

 ➡遺伝的影響は、母親の喫煙やその他の危険因子による幼少期の曝露によって引き起こされるエピジェネティックな変化によってさらに調節され、変化する。

 ➡遺伝性、呼吸器感染症、幼少期の過酷な環境、生後数年間の栄養障害などが影響する。

幼少期の環境アレルゲンや汚染物質への曝露も重要な役割を果たす可能性がある。


・免疫系の発達の重要な時期に役割を果たし、感作や慢性炎症と最終的には気流制限、すなわちCOPD、難治性の喘息を起こす。

 ➡社会、経済的要因や生活習慣の選択がこれらのリスクを悪化させる。社会経済的に恵まれない家庭の子どもは、劣悪な生活環境や、室内での高レベルの寒暖差にさらされることが多い。さらに、屋外の大気汚染や不十分な医療へのアクセスなど、これらすべてが健康障害の一因となっている ➡COPD、喘息の悪化につながる。




Q. 正常な肺の発育とは?


・正常な肺の発達と成長の段階は、胚発生期に始まり成人初期まで続く複雑で高度に協調された軌跡である(図1

 ➡このプロセスは、生涯を通じて効果的なガス交換と呼吸器の健康に必要な肺の構造と機能を確立するために重要である。


・肺の発達は、胚発生期、偽腺期、細管期、嚢状期、肺胞期、出生後の成長期という明確な 段階に分けられ、それぞれが特定の形態形成と機能の変化によって特徴付けられる(図2)。


出典:文献2を一部修正。
出典:文献2を一部修正。

図2.成人に至るまでの肺の発達過程。

サーファクタントは、肺の表面張力を維持するために必要な物質で肺胞上皮細胞から産生される。


胚発生期妊娠4~7週目に始まり、この間に肺芽が前腸内胚葉からの突出として出現し、初期の分岐を経て主要な肺葉が形成される。


・この段階は、母親の喫煙、栄養不足、催奇形物質への曝露など、適切な肺の形態形成の開始を妨げる可能性のある障害に対して非常に脆弱である。


偽腺期妊娠7~16週頃に続き、この時期には急速な分岐形態形成が起こり気管支や細気管支などの気道が形成される。同時に、周囲の間質組織が分化して、気道構造を支える軟骨、平滑筋、血管が形成される。この段階では、肺上皮が繊毛細胞や分泌細胞などの特殊な細胞型に分化し始め、気道の防御と機能に不可欠な役割を果たす。


細管期妊娠16~26週頃に起こり、終末細気管支の形成と、呼吸細気管支や肺胞管などの肺のガス交換構成要素の初期発達が見られる。この段階は血管形成にとって重要であり、毛細血管網が拡大し、発達中の気腔と密接に関連するようになる。この段階では、肺胞の表面の上皮細胞の分化により、ガス交換と界面活性物質(サーファクタント)産生に不可欠な2型およびこれが親細胞となり肺胞の表面を広く覆う1型肺胞細胞に分化し、肺胞が形成される。




Q. COPDと喘息の鑑別の難しさに関係する肺の発達障害とは?


・最近の研究では、COPD症例の最大3分の2が主に異常な肺の発達に関連している可能性があることが示唆されている。

 ➡幼少期に肺機能が最適値でない子供はlow flyerと呼ばれている。

 ➡low flyerでは、喫煙などの従来の危険因子がない場合でも、肺機能の低下が加速し、成人期にも肺機能障害が継続してCOPDなどの状態になる可能性が高い。

 ➡喘息の特徴である可逆的な気流制限は、時間の経過とともに不可逆的になり、喘息からCOPDへの移行につながる可能性がある。

 ➡このような出来事は、両疾患の病因にさらなる複雑さを加え、喘息とCOPDの境界が 曖昧になるグレーゾーンを生み出す。


 ➡肺機能検査の代表的な指標である1秒量から、肺の発達、発育を推定すると、肺は発育が終わると、しばらくのプラトーの時期を経て下降に向かう➡肺は発育、発達が終了すると老化が始まる臓器であるとも言える。




 ここで紹介した論文[2]で筆者たちは、COPDや喘息の予防策は、肺の成長期の初期にある、と述べています。初期に影響を与える要因は、母体の健康状態の維持であり、理想的には、妊娠前の母親の健康状態にあると結論しています。子供が生涯にわたり、息切れや咳、痰で困ることがないように妊娠の可能性のある女性は、早くから自分の健康管理に責任をもつべきである、という提言は、納得できるものです。


 最近になり、COPD、喘息について成長発育期の問題をテーマにした論文を多く目にするようになりました。次世代の人たちのCOPD, 喘息の治療戦略を考える際、成長発育期に生ずる問題の予見と対策は、なによりの予防と早期治療となると考えます。


 私は医師としての初学生に近いころ、重症の肺気腫の方の病理解剖に立ち合い、精緻な構造を持つ肺が破壊されつくされている肺の病気にショックを受けました。どのようにして破壊されていくのか、どのような人が危ないのか、に興味を持ち研究をしたいと思っていました。たまたま、手にしたNew England Journal of Medicineに掲載されていた研究者募集の小さな広告を見て応募したのがカナダの中央部、ウィニペグ市にあるマニトバ大学の病理学教室を主宰する、William M. Thurlbeck教授(1929~1997年)の研究員でした。

彼は、その数年前にCOPDという病気が、気管支のもっとも細い細気管支から始まることを発見、論文をカナダの研究者3人の連名(Hogg, Macklem, Thurlbeck)でNew England Journal of Medicine誌上に発表、注目されていた気鋭の病理学者でした。それまでは、COPDは、タバコが原因で起こる病気であり、より太い気管支から始まり、進行するにつれ、下方の細気管支に広がると考えられてきました。それまでの通説を転換させる新しい学説となり、今日に至っています。


 ウィニペグにあるThurlbeck研究室では3年近くを過ごしました。与えられたテーマが肺の成長、発育でした。COPDについて研究したいと、自分の希望を告げると、COPDについては自分が知っていることをすべて教える、しかし、その淵源は、実は成長、発育期にあるのだから、これをテーマにしない限り、問題解決の根源にいどむことができない、と言われたことを思い出します[3]。Thurlbeck教授は、その後、カナダ、バンクーバー市のブリティッシュ・コロンビア大学に転出しました。その頃は、共同で研究を行っていましたのでほぼ毎年、訪問していました。論文[2]のSinのグループが、現在、同大学の呼吸器病の研究を継いでいます。


 小児期から思春期を経て成人に達する端境期に喘息、COPDの治療を担当する医師が小児科医から内科医に変更となる現在の臨床医療の態勢に問題点を指摘する意見があります。医療の専門分化が進む現在、両者の連携を促し、切れ目のない医療体制にどのように移行すればよいか。医療者側にとっても考えるべき時期にあると思われます。




参考文献:


1. Hattona, IA., Galbraith, ED., Nono SC., et al.

The human cell counts and size distribution. PNAS, 2023(120)No. 39, e2303077120. (https://doi.org/10.1073/pnas.2303077120)


2.  Polverino, F., Sin, DS.

The developmental origins of asthma and COPD. Annu.Rev.Physiol. 2026; 88:513–35.(https://doi.org/10.1146/annurev-physiol-042924-084007)


3. 肺の話、木田厚瑞著、岩波新書 582, 岩波書店、1998年。


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