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No.172 呼吸を助ける横隔膜は病気でどう変化するか?


2021年6月1日

 息切れは横隔膜に深く関わっています。COPD(慢性閉塞性肺疾患)の治療では、横隔膜を含む筋肉を鍛えていくリハビリテーションが重要となります。慢性の呼吸器の病気を患者さんに説明する際には、横隔膜の役割を分かりやすく説明することが必要ですがこれが簡単ではありません。


肺と心臓は、胸郭という、いわば閉鎖された箱の中に入っています。箱の底にあたる部分が横隔膜でこれを下に引っ張ると、箱と心臓、肺の間にある空間の陰圧(胸腔内圧)が強く低下し、その結果、綿菓子のような肺は外に引っ張られる格好となり中で膨れ上がります。引っ張る力を緩めると肺自身がもっている縮む力で小さくなりますが胸腔内圧とのバランスがとれたところでこれ以上は小さくなりません。これが息を吐いた状態です。

大切な横隔膜ですが、変化を日常の臨床レベルに近づけた研究はほとんど見られません。最近、研究グループが発表した論文[1]は日常の臨床応用に一歩、近づけたものです。


最初に、横隔膜の構造と働きの概略を述べます[2]。




Q.換気に関わる筋肉とは?


・胸郭は、閉鎖された空間でここに、心臓、肺が入っている。肋骨や筋肉が巧妙に配列し、呼吸運動での横隔膜の動きを助ける。


・肺に空気が入り、出ていく呼吸運動は換気と呼ばれる。


・換気では、ドーム型の横隔膜は、吸気の際に働く主要な筋肉であり、吸気作用に関わる筋肉の中で最も強力である()。吸気に関わるその他の筋肉には、斜角筋、外肋間筋、および胸鎖乳突筋などがある。一方、呼気に関わる筋肉は、内肋間筋と腹壁の筋肉(腹直筋、内腹斜筋と外腹斜筋、腹横筋を含む)がある。


図:Schwartzstein RM. et al. Chest wall diseases and restrictive physiology. Up to Dateより一部改変




Q.本研究の目的は?


・COPDでは肺が過膨張状態になり、その結果、横隔膜の効率が低下し、労作時の息切れが強くなることが知られている。


・そこで超音波測定装置を利用し、横隔膜の活動性、働き、横隔膜の予備力を測定することを考えた。




Q.研究の方法は?


・COPD患者(80名)、健常者(20名)について測定。


・通常の換気中の横隔膜の厚さ=(TFdi-tidal)


・横隔膜の厚さの割合(%)=(吸気終末での厚さー呼気終末での厚さ)/呼気終末での厚さ


・横隔膜の最大の厚さ=(TFdi-max)


・できるだけ息を吸い込みながらと一方弁を閉め急に吸気活動を止めた時(Muller maneuver)の横隔膜の変動幅=(DE-max)


・これを、体重や息切れ指数、6分間歩行テスト、さらに肺機能検査で測定した各測定値と対比した。また、COPDが増悪する頻度との関係を調べた。




Q.測定方法は?


・45度の傾斜での座位、超音波測定装置(GE Co.)で測定した。


・測定は、右の8番目、10番目の肋間腔で吸気と呼気で測定。


・測定中にミューラ法の呼吸を実施。


図:Rittayama N. et al. Ann Am Thorac Soc 2020; 17: 1222–1230.より一部改変




Q.研究の結果は?


・安静換気の状態では、TFdi-tidalは、健康人よりもCOPDで高かった(p=0.002)。重症のCOPDでは健常者の約2倍であった。


・Muller maneuver 中のTFdi-maxおよびDE-maxの測定値は健常者では84.3%に対しCOPDが65.3%であった(p=0.006)。


・横隔膜力の予備能力は、COPDは健常者よりも低く、COPDの重症度が高まるにつれて低下が強まった(p<0.001)。これは、吸気能力、肥満度指数、気流閉塞、呼吸困難度、運動能力などと相関していた。


健常者との比較でp<0.05(*)

GOLDのⅠ期との比較でp<0.05(†)

GOLDのⅡ期との比較でp<0.05(‡)


図:Rittayama N. et al. Ann Am Thorac Soc 2020; 17: 1222–1230.より一部改変


COPDで、測定開始後より2年間で増悪を発症した患者は増悪が無い患者よりも横隔膜の予備力が小さかった(p=0.024)。




Q.結論は?


・COPD患者では、健康人と比較して、横隔膜の負荷が増加しており、横隔膜の機能低下があり、予備力が低下している。




Q.COPDにおける横隔膜の機能は?


・横隔膜に対する機械的な負荷が増加し、呼吸運動に必要な仕事量が増加する。


・COPDでは肺が過膨張状態となるので、横隔膜のドーム型は平坦化する。その結果、横隔膜を構成する筋線維の長さが短縮する。横隔膜ドーム部分と並行して動く形で存在する胸壁との並行部分が減る結果、呼吸で横隔膜を使う効率が低下していく。その結果、横隔膜が無駄に動くことになり、息切れが強くなる。  




Q.まとめは?


・男性COPDの患者では、同年齢の対照被験者と比較すると、横隔膜の負荷が増加し、横隔膜機能が低下し、横隔膜力の予備力が低下している。


・横隔膜力の予備力の低下は、肺の過膨張、歩行距離、息切れ、および悪化のリスクの増加に関連していた。


・横隔膜超⾳波検査法は、安定したCOPDの患者の横隔膜の活動、機能、および予備力を評価するための有用な非侵襲的ツールであり、独自の機能情報を提供する。




 横隔膜の筋力を、比較的簡単な方法で測定し、COPDの重症度別に示したこの研究は臨床応用が可能と思われます。 

COPDは複雑な病気で客観的な評価をどのように行い、治療に反映させていくことが重要です。日常的な息切れや生活の支障など患者さんの訴えに加え、痩せの程度や、胸部の聴診所見などの身体情報に加え、検査所見をどのように組み合わせて治療に応用していくかが問題です。

 このためには血液検査、精密な肺機能検査や栄養評価、6分間平地歩行テストなどを定期的に実施し、治療方針を決めていく必要があります。

 ここで紹介されている超音波装置を用いた横隔膜の機能評価法は技術力が得られれば、診療室で簡便に評価できるという利点があります。COPD以外の呼吸器の病気だけでなく、年齢差、性差などの情報ができるだけ早くあつまり臨床応用が可能となることを期待します。




参考文献:


1. Rittayama N. et al. Ultrasound evaluation of diaphragm force reserve in patients with chronic obstructive pulmonary disease. Ann Am Thorac Soc 2020; 17: 1222–1230.

DOI: 10.1513/AnnalsATS.202002-129OC


2. Schwartzstein RM. et al.Chest wall diseases and restrictive physiology. Up to Date. Literature review current through: Apr 2021. This topic last updated: Aug 07, 2019.


※無断転載禁止


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