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No.191 COPD研究の進歩と問題点


2021年8月11日


 COPD(慢性閉塞性肺疾患)という病名ができるまでは慢性気管支炎、肺気腫と別々に呼ばれていました。両者の共通点が多いことからCOPDと呼ばれるようになり半世紀以上が経ちましたが浸透している病名とはとても言えません。

 わが国で1万人を対象としたインターネット・アンケートの結果(COPD認知度把握調査、2020年12月実施)では、良く知っていると答えた人は10.4%, 名前は聞いたことがある人は、17.6%にしか過ぎませんでした。

 COPDの臨床研究は、進んできましたが専門医の間でも論争が続いている問題点が少なくありません。

 ここで紹介する論文[1]は、2020年度に発表された新しいデータにもとづき、研究という視点で問題点を整頓したものです。専門すぎるところは割愛し、問題点を解説します。

なお矢印以下は私見です。




Q.診断の時期については?


・COPDのスクリーニングを検証したデータでは、986人のうち560人(57%)では閉塞性換気障害があるが67%はCOPDが未診断であった。

➡未診断が多いという指摘はわが国でも同様な報告が多い。


・68%は、肺がん検診で実施された胸部CT所見で肺気腫があったが指摘されていなかった。

➡肺がん検診では早期発見に胸部CTが極めて有用であるが、その際、肺気腫の有無についても指摘されるべきであるとする。現在では活用されているとは言い難い。


・換気障害はスパイロメトリーと呼ばれる検査で決められるが複雑であり、AIを利用した簡便な検査方法が発表された。

➡具体的には今後の検討課題である。




Q.環境要因の影響は?


・疫学研究で大気中のNO2濃度の上昇が肺機能の一秒量の低下に関与するという研究結果が発表された。

➡古くから指摘されている通りであった。


・ネパール農村部の4つの村の103世帯で調理中の汚染物質の暴露を調査した。調理で多量のバイオマス煙サンプルが発生するが、従来型の調理器具を改良することで肺組織の炎症性変化の予防効果が判明した。

➡女性の非喫煙者のCOPDを診る機会が多い。調理上での問題点は改めて注目されるべきである。


・電子タバコを用いた実験で肺の上皮細胞が傷害されることが判明したが大規模な研究が必要である。

➡電子タバコが危険であるというデータが集まりつつある。


・COPD患者の食事中にオメガ3脂肪酸の総摂取量が多いほど、息切れが改善し、増悪の頻度が低下し、生活のQOLが向上するという研究結果がある。

➡栄養教育ではすでに重視されているがこの情報はさらに活用されるべきである。


・米国の農村地域と都市居住を比較すると、農村ではCOPDの有病率が高く(12.0%対5.9%)、農村部に住む人々は都市部の生活者よりも呼吸器症状を訴える頻度が高い。

➡空気がきれいな農村部でCOPDが少ないということはなく、むしろ多い。




Q.肺機能検査の問題点は?


・肺機能が正常の下限(LLN)よりも低いが、COPDの定義であるFEV1(1秒量)/FVC(努力性肺活量)が0.7以上でありCOPDに該当しない人たちは高齢男性群に多く、この群では心血管系の併存症の頻度が高い。高齢男性ではCOPDの基準に入らない人々でも狭心症、心筋梗塞の頻度が高い。

➡高齢男性の重症COPDは極めて多いが、重症度を決めることは簡単ではない。治療経過では併存症を常に注視していかなければならない。




Q.COPDの進行とは何か?


・コペンハーゲン・シティ・ハート研究は、長期間のCOPDの経過を観察した研究で知られる。これによれば、急速に肺機能データのうちのFEV1(1秒量)が急速に低下していく人たちとほぼ、変化が変わらない人たちがいる。早い時期の正確な診断にもとづく治療法の開始が有効。

➡COPDは正確な診断とともに経過を適切な検査法で判断していく必要がある。




Q.発症の機序については?


・喫煙者の約25%に気流閉塞と呼ばれる異常がみられ、他方、COPD患者の25~40%は非喫煙者である。

➡COPDはタバコ病と単純に割り切ることはできない。


・COPDを発症させる遺伝子が新たに特定されてきた。

➡遺伝子が判明したとしても発症予防に直ぐに応用することは難しい。


・COPDの発症機序として気道の上皮細胞の異常は広く知られているが血管の内皮細胞が関係するか、またその機序は不明である。

➡COPDの発症原因に肺組織の血管が関わっているのではないかという議論があるが結論は出ていない。


・抗酸化物質は酸化ストレスから肺を守る働きがある。


・体内の鉄の調節不全がCOPDに関わることが明らかになった。鉄過剰症と貧血の両方が関連している。

➡鉄を含め他の金属イオンが発症に深く関わっている可能性がある。古くはタバコに含まれるカドミウムが原因と言われた時代があった。


・肺胞の壁を構成するエラスチン線維が、炎症によるプロテアーゼ作用の亢進で切断され、さらに切断物質が炎症を促進していく。

➡これは、20年以上前にすでに指摘されていた発見であるが、治療法に直接、結びつく発見はない。




Q.新しいタイプのCTによる画像研究の進歩は?


・小葉中心性肺気腫は喫煙により生ずるが傍中隔肺気腫の成因は不明であった。細部まで読み取れるCT所見から傍中隔肺気腫は好中球の浸潤が強く起こっていることが判明した。

➡精度の高いCT画像と臨床結果を結び付けようとする研究が進んできている。治療法の選択にどのように活用するかのデータの集積が待たれる。




Q.薬物治療の問題点は?


・COPDにおける薬物治療の基本が吸入薬であることには変わりがないが、組み合わせの効果が大きい。

経過中に増悪の回数がどのように関係するかを比較すると、β2刺激薬(LABA)、抗コリン薬(LAMA)、吸入ステロイド(ICS)の3剤使用が統計的にはもっとも優れていた。

➡3剤を同時に吸入する治療法が主流になりつつあり、種類も多くなってきたが、経過を診ながらどのように選択幅を狭くするかの研究結果が待たれる。


・喀痰が多い慢性気管支炎型で吸入ステロイド薬を使用すると、血中好酸球数が少ない場合に使用すると、経過中に肺炎を起こしやすいというデータがある。

➡喀痰が多いCOPDタイプと少なく、息切れが強いタイプに対する吸入薬の使い分けの研究が進んできている。




Q.呼吸リハビリテーションの効果は?


・呼吸リハビリが効果的であることが実証されているが継続して実施していくが必要であるが、中断が多い。そこでビデオ介入で継続したが有用性は証明されなかった。一定の期間、集中してリハ教育を実施し、終了後に教育用のビデオを配布して継続性をみたが、継続実施率が低かった。

➡通院型の呼吸リハは極めて有用であるが継続性が難点である。リモート・ワ―クにヒントを得た在宅呼吸リハは、諸外国でも試験的に実施されている。




 COPDに関する新しい論文発表数は、コロナ渦の中にあっても低下していないと云われています。多くの新しい発表はありますが、発症原因、予防、早期診断と治療、増悪の予防、併存症の予防と治療などなど、情報不足は否めません。一人ひとりの患者さんの治療方針は、工夫して作り上げていくという治療方針は続くだろうと思われます。

ここで紹介した論文は、2020年度に有名雑誌に発表された論文、98編の結果をまとめたものですが、残念ながら画期的な新方向という論文はありませんでした。COPD研究の難しさを改めて感じさせられました。




参考文献:


1.Ritchi AI. et al. Update chronic obstructive pulmonary disease 2020. Am J Respir Crit Care Med 2021; 204: 14-22.

https://doi.org/10.1164/rccm.202102-0253UP


※無断転載禁止

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