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No.196 乳幼児期の肺炎予防は喘息の発症予防となる


2021年8月21日


 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)がパンデミックとなり対策に追われていますが、他方、乳幼児でRSウイルス(Respiratory syncytial virus)感染症が急増しています。2019年、2020年度のピークは1月起点の第37週目でピークでしたが2021年は第29週目で昨年ピークの1.7倍に達しています(国立感染症研究所 感染症情報、2021/08/15現在)。


RSVは呼吸器合胞体ウィルスとも呼ばれ、気道の細い部分に炎症を起こす細気管支炎が特徴です。症状は、2〜5日の潜伏期の後、39°C程度の発熱、鼻水、咳などで通常1〜2週間で軽快しますが、肺炎となり呼吸困難等のために0.5〜2%で入院となり酸素吸入が必要となることがあります。


乳児期の細気管支炎を含む肺炎症状は、成長後に喘息を起こす原因となるという研究があります。Chanら(2015)の米国からの報告データ[1]では1980~1984年に生まれた1,000人以上の子供を対象とした調査ですが。乳児期の肺炎を経験すると11~26歳の段階で喘息が起こりやすくなるリスクの増加があることが分かっています。OR1.95(95%CI 1.11~3.44)。すなわち、約2倍に危険性が高まるらしいと推定しています。

 

ここで紹介する論文[2]は、スウェーデンの国民の協力を得て収集した個人の医療情報のほか、さまざまな個人情報を連結して2歳までの乳児で肺炎の既往があったかどうか、その子たちが4歳に達した段階で喘息と診断されたか、あるいは喘息に相当する治療を受けたかにつき統計処理をし、先のChanらの論文に一致した結論を導き出したものです。




Q. 研究の背景となる情報は何か?


・乳幼児期に下気道感染(肺炎)を経験した幼児で喘息の増加があるという報告がある。乳児期の肺炎が成長後に喘息の原因となるのか?


・因果関係なのか、特定の子供が肺炎にかかりやすい、喘息になりやすいという両方の病気の素因を持つのか?


・喘息は、気道炎症と気道過敏症を特徴とする。病因は多因子であり遺伝と環境の両面があるほか埃(ほこり)が多いなど育てられた環境も危険因子となりうる。




Q. 研究が必要な問題点は何か?


・乳児期肺炎が喘息の原因となるか?


・統計に関連する交絡因子としての家族性因子はあるか?


・肺炎予防として乳幼児に接種されている肺炎球菌結合型ワクチンによる免疫効果があるのか?




Q. 研究の方法は?


2歳までの乳児期の肺炎と4歳で喘息に罹患した症例を全登録件数から抽出し、両者の因果関係を明らかにする。登録は以下の全データを連結利用した。

TPR(総人口登録)

ICD-10 (国際疾病分類 第10改訂版)

MBR(医療出生登録)

NPR(全国患者登録)

PCV(肺炎球菌結合型ワクチン)接種者

RSV感染者登録

SPDR処方薬登録簿

教育、労働市場研究の統合データベース

MBR周産期パラメーターに関するデータ


・全国的な登録ベースのコホート分析。

二次的な研究目的は、肺炎球菌結合型ワクチン(PCV)接種後に肺炎が減少し、喘息が減ったか?


・兄弟分析を使用することにより、共有された環境、家族を含む交絡因子を検討した。


・2歳以下の乳児肺炎と4歳時での喘息の有無から両者の関連をみた。


・PCVを接種した時代と未接種時代の比較。

スウェーデンでは2007年から2009年にかけてPCVによる全国的な免疫化実施。


・対象は、スウェーデン在住で時代区分、年齢区分をいれた計約95万人の小児。




Q. 結果は?


・肺炎について:

2歳までに肺炎なし97.6%(n=924,959) vs 肺炎あり2.4%(n=23,086)

・喘息について

肺炎なしで喘息あり6.1%(n=56223/924,959) vs 喘息あり18.9%(n=4342/23086)

    

調整した OR=3.38 (3.26-3.51)




Q. 結論は?


・RSVによる細気管支炎を含む下気道感染症は、その後の喘息発症に関連する。


・肺炎球菌肺炎を合併にはPCVの効果がある。PCV免疫導入は、小児の肺炎の入院率低下と一致。


・社会経済的状況、喫煙、小児期免疫、さらに家族背景(兄弟に喘息あるか)および環境要因、家族歴を調整しても小児期肺炎と診断された小児の肺機能障害のリスクが高かった。




Q. 考察点は?


・マウスモデルでは肺炎球菌肺炎が気道平滑筋タンパク発現を変化。RSV感染は免疫調節と気道過敏に関係


・RSVの肺炎後、続発症として➡肺炎球菌肺炎が多い➡肺炎球菌ワクチンの接種で抑えられる➡その結果、喘息が減少する。




 COVID-19とRSVを対比させると、前者では、鼻咽腔粘膜の擦過によるPCR法、あるいは抗原検査で診断が確定されるのに対し、RSVの診断は、迅速診断キットがすでに実用化されています。

また、重篤な下気道疾患の発症抑制を目的として、分子標的治療薬の一つである抗RSウイルスヒト化モノクローナル抗体製剤のパリビズマブが投与されます。 商品名が「シナジス」であることから、RSVが流行する秋から春にかけて、月1回の筋肉内注射を継続して行うため、小児科に「シナジス外来」が開設されているところもあります。

RSV感染後に喘息発症のリスクが高まることはこの論文で示す通りですがCOVID-19の後遺症は不明です。




参考文献:


1.Chan JY. et al. Pneumonia in childhood and impaired lung function in adults: a longitudinal study. Pediatrics 2015; 135: 607-616.


2.Rhedin S. et al. Pneumonia in infancy and risk for asthma. The role of familial confounding and pneumococcal vaccination. CHEST 2021; 160: 422-431 DOI:https://doi.org/10.1016/j.chest.2021.03.006


※無断転載禁止

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