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No.244 増加している間質性肺炎

2022年3月14日


 肺は、触った感じは綿菓子のようだと表現されることがあります。実際にヒトの肺組織を手で触れた経験によれば、綿菓子よりはしっかりしているがスポンジよりは柔らかい気がします。肺組織は、柔らかいだけでなく張りがあるので呼吸ごとに拡張―収縮を繰り返すことができます。肺組織が炎症を起こし、その結果、硬くなる病気は間質性肺炎と呼ばれ、その中でも原因が特定できないものは総称して「特発性間質性肺炎」と分類されています。「特発性」とは発症の原因が不明という意味です。その中でも「特発性肺線維症(IPF)」が最も多い、80~90 %を占めていることが判明しています。

 難治性の間質性肺炎ですが、近年、「特発性肺線維症」に対し抗線維化薬が臨床現場で使われるようになり、これまでは治療法がないとされていた病気が投薬により完治とまではいかないにせよ、悪化を防ぐことができることが多くなりました。治療の対象となる症例の頻度や特徴が改めて問題となってきました。


 ここで紹介する論文[1]は、退役軍人における特発性肺線維症(IPF)の実態を調べたものです。米国では退役軍人は、特定の保険システムの中で管理されているので、診療に関わる病名、合併疾患、治療内容の追跡調査と、居住環境が同定しやすいという利点があります。他方、男性が多くしかも高齢世代に偏っているという問題点があります。




Q. 研究方法は?


目的:退役軍人グループでのIPFの発生率と有病率を調査する。


・2010~2019年までの9年間の調査。退役軍人保健局(VHA)の電子健康記録システムのデータを使用。IPFの発生率、有病率、地理的分布を解析。診断病名は、国際疾病分類ICD-9, ICD-10により診断をコード化し、IPFの症例を特定した。


・厳密にIPFの診断を決定している場合と甘く診断している場合があるので以下の2グループに分類した。


IPFの狭い定義:IPFの診断がついており、気管支鏡あるいは肺生検、胸部CT検査が実施され厳密に診断されている場合。


IPFの広い定義:IPFの診断以外に他の間質性肺炎の診断名がついていない場合。




Q. 研究結果は?


・約1,070万人の退役軍人のうち、IPFは広い定義では、1.26%(139,116例)、狭い定義では0.77% (82,557例)。高齢で非ヒスパニック系の白人、男性が多い。約80%は現ないし既喫煙者であった。


・経時的な変化をみると狭い定義では、2010年には10万人あたり、276人であったが2015年には429人となり、以降、急速な増加があり2019年には725人に達した


発症の背景因子は、高齢、白人、喫煙歴あり、および地方居住者でIPF発症のオッズが高かった。


・年齢は、60歳以下を1とすると、60~70歳では2.83 (95%CI:2.78~2.89), 70~80歳では4.39 (95%CI: 4.30~4.47),  80歳以上では3.21 (95%CI: 3.15~3.28)➡高齢化とともに増加した

・喫煙歴ありは2.94 (95%CI: 2.89~2.98)(p<0.001)であり元、現喫煙者のリスクが高い


・田舎の居住 1.26 (95%CI: 1.25~1.28)(p<0.001)であり、田舎の居住者のリスクが高い。ただし、地理的な分布は不均一であった。


・相互作用を考慮した後、男性と女性の間のIPF有病率の平均限界差は小さかった。




Q. 問題点と結論は?


研究方法の問題点

・VHAは、米国で最大の統合医療システムであり、130の病院、1,000以上の地域密着型外来診療所および地域医療提供者から成り立っており合計、年間900万人以上が医療を利用している。2017年度は、退役軍人の約91%が男性で、平均年齢は65歳であった。


・ここでは年齢、性別、人種、民族、居住地区、医療を受けた場所、喫煙歴などの情報を用いた。これらが利用できる点がVHAデータの強みである。


・従来の報告では、IPFが過小診断されている可能性が高く、初期の疫学調査では10万人あたり、0.22~8.8であり、有病率は10万人あたり0.5~27.9であった。


・最近の他の報告データでは、65歳以上を調べたデータでは、2011年度の累積有病率は、10万人あたり494例、年間発生率は10万人あたり94例であった。増加傾向にあるという点では一致している。



結果の問題点

・有病率は2010年から2019年の間に2倍に増加した。広い定義では2.34倍


・IPFは間質性肺炎の中では、最も多い疾患であり、以前の文献でも高齢者、男性、喫煙歴あり、が特徴であることが知られていたが本研究ではこれらを再確認した。


急に増加して理由は、米国では2014年から抗線維化薬が使われるようになったため発見の動機付けとなった可能性がある。


・50~80歳に実施されている肺がん検診でのスクリーニングガイドラインの変更により軽症で初期の間質性肺炎が発見されやすくなった。


・都市部より農村部で頻度が高い理由として、メタ分析データでは、IPFと農業、家畜飼育、木粉、金属粉などの環境要因との関連性が示唆される。


・男女差は少ないことが判明した。


結論

米国の退役軍人集団におけるIPFの最初の疫学的分析である。この集団ではIPFの発生リスクと有病率は、過去10年間で増加していた。病気の地理的分布は、米国全体で不均一であり、農村部の居住者でIPFの発生頻度が高い。




 ハーマン・リッチ症候群と呼ばれた急性の間質性肺炎が初めて報告されて以来、間質性肺炎の研究の歴史は、80年近くになりますが、臨床像、原因をめぐって混乱が続いていました。特発性間質性肺炎という名称の下、頻度がもっとも高い特発性肺線維症にまとが絞られている理由は、抗線維化薬の効果がある程度、期待できることが判明してきたことにあります。IPFに対する効果が検証され、周辺の関連した間質性肺炎にも効果を検証した研究成果がみられるようになりました。実際に、日常の診療でも治療効果がみられる症例を経験するようになりました。

 さらに最近では、膠原病に伴う間質性肺炎を、含め間質性肺疾患(ILD)の名称が使われるようになってきています。治療薬の開発でより厳密に診断し、治療効果が期待できる場合を明確にしていこうとする研究の歩みです。

 

 本論文で、著者たちが指摘しているように抗線維化薬が、広く使われるようになり、これまでは肺移植以外には治療法がないといわれていた病気に光明が見えてきました。

 さらに、指摘しているのは肺がん健診で、胸部CT画像が使われるようになり診断例が増加してきたということです。わが国では、自治体による肺がん健診は、通常の胸部X線写真による判断しか求めていないという弱点があります。私は、毎年、多くの人たちの健診に携わってきましたが、強く胸部CT画像による判断を求めたいと思います。恐らく、肺がんだけでなく多くの慢性呼吸器疾患が早期発見される可能性があるからです。




参考文献:


1. Kaul B. et al. Epidemiology of idiopathic pulmonary fibrosis among U.S. veterans, 2010–2019. Ann Am Thorac Soc Vol 19, No 2, pp 196–203, Feb 2022

DOI: 10.1513/AnnalsATS.202103-295OC


※無断転載禁止

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