2022年6月3日
長く空咳が続く、階段を上るときに苦しくなる、健診で胸部レントゲン撮影を行ったところ異常が指摘された、などの理由で受診する方がいます。
大きくまとめて間質性肺炎(ILD)という肺の病気は、肺胞の壁に細胞増殖、炎症、線維化が起こる疾患ですが発症には多様な原因があることが知られています。その中でも特発性肺線維症(IPF)は代表格であり、原因も不明、治療法も不明のままでしたが、近年になり発症の機序がかなり判明し、これに合わせて有効な薬が使われるようになりました。また病気の本体に関する情報も各段に増えてきました。
New England Journal of Medicineに掲載された総説[1]は、2018年当時の情報を総括したものです。著者、Fernando J. Martinezは、現在の米国胸部学会誌(Am J Resp Crit Care Med)の編集長で、特発性間質性肺炎の臨床研究の第一人者として知られています。
Q. 現在、米国に多い間質性肺疾患(ILD)の内訳は?
・間質性肺疾患(ILD)について米国での疫学調査では図1に示すような内訳を示す。このうち、特発性肺線維症(IPF)は約20%を占める。
図1:Lederer,DJ and Martinez,FJ. Idiopathic pulmonary fibrosisより一部改変
米国における間質性肺炎のおおよその内訳。地域によって差異がみられるが、医療レベルを反映していると考えられる。
・ILDに含まれる慢性過敏性肺炎は20%。原因はカビや羽毛などの曝露により起こる。その他には、膠原病に関連した間質性肺炎(20%)、炭鉱などで有害な物質を繰り返し吸入しておこる塵肺症(10%)、その他のILDが10%を占める。
Q. IPFが問題となる理由は?
・高齢者に多い。
・誤診され免疫抑制剤を投与されることがあり、治療が不適切であることが多く、その結果、高い死亡率を呈する。しかも多額の医療費が使われている。
Q. IPFの疫学は?
・北米、欧州では人口10万人あたり3~9人であるが報告によっては10~60人。2011年、65歳以上では494人という報告がある。年々、増加傾向にある。治療費が高額となることが多い。IPF患者の増加は、医療費の増大を起こしている。
Q. 臨床的なIPFの特徴は?
・病歴:慢性的な労作時の息切れ。痰を伴わない空咳。倦怠感。
・身体所見:聴診では両側肺のベルクロラ音。ばち状の指。指先のチアノーゼ。
・生理学的な異常:肺拡散能の低下。安静時、労作時の低酸素血症。努力性肺活量は正常あるいは低下。
・胸部画像:非特異的あるいは両側の肺底部の網目状の変化。
Q. 病気の進行と多くの患者の迷いの結果は?
・最初に心不全またはCOPDと誤診されることが多く、臨床医が間質性肺炎を考慮しないことが多い。ときには、間質性肺炎と診断されるまでに5年間以上、要した例がある。
・正確な早期診断を早めなければ誤診からIPFでは実施してはならないステロイド治療が安易に選択される可能性がある。
Q. 肺胞にどのような変化が起るのか?
・図2は病理学的なIPFの特徴を示した。
図2:Lederer,DJ and Martinez,FJ. Idiopathic pulmonary fibrosisより一部改変
その要点は、肺胞の上皮細胞の老化に加えて反復した反復性の無症候性上皮損傷➡肺胞の異常な修復過程+筋線維芽細胞による線維の産生➡肺胞の壁の肥厚が生ずる。
➡肺胞上皮細胞および線維芽細胞の老化が肺線維症を促進する中心的な表現型である。
Q. 発症で推定される機序は?
・テロメアの短縮、酸化的損傷、タンパク代謝の調節不全、小胞体ストレス、ミトコンドリア機能不全➡肺胞上皮細胞の増殖、線維化促進メディエータの分泌低下を起こす。
・遺伝子の関与➡TERT, TERC, PARN, RTEL1の変異(テロメアの維持に関わる遺伝子)、粘液産生に関わるMUC5B遺伝子の一部の異常はIPFのリスクを大幅に増加させる。
・異常な粘液線毛クリアランスが肺マイクロビオーム(健常者で肺内に分布するいわゆる善玉菌)の変化とIPFを促進する自然免疫応答に繋がる可能性あり、との仮説あり。これに従った考え方で単球由来の肺胞マクロファージなどの自然免疫細胞は、IPFの発症に重要と考えられている。
・肺組織内における連鎖球菌、ブドウ球状球菌の多さがIPFの進行リスクとなる。
・IPFの非遺伝的な危険因子➡高齢、男性、喫煙。その他では胃食道逆流症、閉塞性睡眠時無呼吸、大気汚染、ヘルペスウィルス感染、職業的曝露。
Q. どのように診断するのか?
・間質性肺疾患の肺機能検査➡努力性肺活量(FVC)の低下、総肺活量の低下、DLCOの低下がある。しかし、初期段階や肺気腫が存在する状況では変化なしの可能性がある。
・胸部X線像は、初期は正常。進行すると両側の網状浸潤、ぼんやりした混濁がある。IPFでは肺下部ゾーンに優勢に起る。
・高解像度CT(HRCT)撮影が有用。
➡肺生検ではIPFは『通常型間質性肺炎(UIP)』に相当する。
・焦点を絞った病歴、身体所見を明確にすることで正診断に近づく。
Q. IPFと特に鑑別が必要な病気とは?
・IPFと鑑別すべき状態:慢性過敏性肺炎。膠原病関連の間質性肺炎。
・慢性過敏性肺炎との鑑別では、病歴で家庭や職場の湿気、カビ、鳥への曝露について経過を診ながら定期的に質問し、確認していく。確定が困難なことが多い。
・膠原病関連の間質性肺炎では自己免疫状態の身体徴候や症状を確認し、抗核抗体を定期的にチェックする。さらにリウマチ因子など各種抗体を検査するが目的を絞って実施すべきである。病歴、身体所見、血清学的検査で自己免疫疾患が示唆された場合にはリウマチ専門医からの意見を求めることが必要である。
Q. 非薬物的な治療は?
・喫煙者では完全な禁煙を指示する。
・ワクチン接種:新型コロナワクチン、肺炎球菌、インフルエンザ・ワクチンなど定期的に接種すべきワクチン接種は実施しておく。
・酸素療法:診療ガイドラインでは強く推奨している。酸素吸入により労作時息切れを改善し、運動能力を改善できる。安静時、または睡眠中にパルスオキシメーターで88%以下となる場合には在宅酸素療法が必要となる可能性が高い。
酸素療法の必要性は動脈血のガス分析、6分間平地歩行テスト、夜間就寝中の酸素モニターなどで総合的に判断する。
・呼吸リハビリテーション:一定のプログラムに従い専門職が行う呼吸リハビリテーションは、IPF患者の運動能力と健康関連QOLを改善する。
・肺移植:米国では毎年、2,000例以上の肺移植が実施されているがその半数がILDに対して実施されている。厳密に決定して実施した肺移植ではIPFの66%が移植後3年以上生存し、53%が5年以上生存している。
Q. IPFの薬物治療は?
・ニンテダニブ(オフェブ®)、ピルフェニドン(ピルセバ®)の2剤がIPFの治療に安全で効果的に使われている。
・プラセボ対照無作為化試験では、両者とも1年間でFVCの低下率を約50%遅らせる効果が証明されている。また、急性増悪などの重大なイベントの軽減、入院必要の回避、死亡率の低下が証明されている。しかし、各薬剤の費用は年間10万ドルを超えると推定されている。
Q. 効果がある薬物とその理論的根拠は?
・ニンテダニブ:血管内皮成長因子受容体、線維芽細胞成長因子受容体、血小板由来成長因子受容体の下流を含む成長因子経路を標的とするチロシンキナーゼ阻害剤である。
・ニンテダニブの服薬:
1)最初に150mgのニンテダニブを1日2回経口摂取。薬は食物と一緒に服用する必要があり、特に制限なく継続することができる。
2)副作用では、ニンテダニブを服用開始で下痢を起こすが止瀉薬で管理することができる。
管理不能な副作用が発生した場合は、1日2回100mgに減量する。
薬物性肝障害の症例が報告されている。肝機能はベースラインでテストし、最初の3か月間は毎月、監視する。
3)ニンテダニブは出血のリスク増強作用があるので、抗凝固療法を受けている患者では細心の注意を払って使用する必要がある。心筋梗塞を含むアテローム塞栓性イベントがニンテダニブで報告されている。冠状動脈疾患のある患者を含む、心血管リスク因子のある患者を治療する場合は注意が必要である。
・ピルフェニドン:コラーゲン合成の阻害、TGF-βと腫瘍壊死因子αのダウンレギュレーション、線維芽細胞増殖の低下など、多くの抗炎症作用と抗線維化作用がある。
・ピルフェニドンの服薬:14日間にわたって漸増用量で処方される
➡267mg(1カプセル)を1日3回1週間経口投与➡534mg(2カプセル)1日3回1週間投与➡801mg(3カプセル)カプセル)その後1日3回➡その後、1日3回801mg錠に移行する。
ピルフェニドンは食物と一緒に摂取する必要があり、無期限に継続することができる。食欲不振、吐き気、嘔吐などの一般的な副作用、多くの場合、制酸剤と制吐剤を適切に使用することで改善できる。場合によっては、副作用がひどい場合には、1日あたりの総投与量を少なくする(1日6〜8カプセル)。日光など感光性の発疹の可能性がある。肝機能は定期的に監視する必要がある。
・治療開始のタイミング、効果をどのように定義すべきか、そしていつ治療を中止すべきかに関して、利用できるデータはない。
・両薬剤の組み合わせた治療に関する最近のデータは、臨床的に重大な胃腸の副作用を示唆している。効果に相乗効果があるかどうかを明確にした治験データはない。
・制酸剤の服薬:
・現在のガイドラインではIPFを治療するために制酸剤療法の使用を推奨しているが、この推奨を裏付ける臨床試験からのデータはない。
・2つの研究では、制酸剤の使用は肺機能の低下が遅く、死亡率が低いことに関連していた。しかし、根拠は不十分にすぎない。より最近のデータは、制酸剤療法がIPF患者の呼吸器感染症のリスクを高める可能性があることを示唆している。
・IPFについては現在、臨床治験が進行中の薬剤は10種に近い。
・咳止め
・IPFの咳を治療するためのいくつかの可能なアプローチがあるが、どれも普遍的な効果はなかった。
・サリドマイドの投与試験により、IPF患者の咳を改善することが判明している。
・観察研究では、ピルフェニドンが咳を軽減する可能性があることを示唆している。
・拮抗薬gefapixantは原因不明の咳を抑制する➡注:最近、わが国で使用が可能となった。
・吸入クロモリン製剤は、IPF患者の咳を改善する。
Q. IPFの予後は?
・IPFの予後は不良。米国の65歳以上の成人の生存期間中央値は3.8年。
しかし、実際には、診断されてから5年以上生きることは珍しくない。
・多くの患者は、進行性の慢性低酸素性呼吸不全で死亡する。緩和ケアが、IPFの患者に開始されることはない。
・IPFの場合、年間、約10〜20%が急性増悪を起こし、低酸素性呼吸不全の悪化、両側のすりガラス状の混濁、圧密、またはその両方を特徴とする。
・悪化が、臨床イベント(細菌感染、胃液などの吸引、薬物の副作用など)によって引き起こされる可能性がありうる。
・急性増悪の大多数は、急性呼吸不全で死亡する。ガイドラインでは、糖質コルチコイドの使用について弱い推奨を行っており、急性増悪のある患者に機械的人工呼吸器を使用することを推奨していない。
・IPFでは、静脈血栓塞栓症、肺がん、および肺高血圧症のリスクが高くなる。
・急性悪化の原因として、肺血栓塞栓症の可能性を常に疑う必要がある➡肺血栓塞栓症の場合には治療により改善の可能性がある。
・肺がんのリスクが高い。
・肺高血圧症はIPFの一部に発生するが、外来患者での管理は、肺血管拡張療法を行わずに、酸素補給のみで治療する。
Q. 将来の展望は?
・IPFの有病率の上昇、死亡率の増加が著明であるので医療従事者の認識を高める必要がある。
・診断と管理➡新規の予防的介入、スクリーニングのためのバイオマーカーの開発、およびIPFの危険因子を標的とする治療の進歩が期待されている。
COPDと並び、間質性肺疾患(ILD)の早期発見、適切な治療法は呼吸器科医にとって重要な課題となっています。ILDは、呼吸に際し、肺が綿菓子のような繊細構造を維持して収縮―拡張を行っているガス交換を著しく障害します。IPFはILDの中の代表格で、もっとも臨床情報の多い疾患です。
COPD、ILDともにその原因で推定されている事項の一つが有害な物質の吸入です。喫煙はその代表格です。両者ともに発症に遺伝的な背景があることも分かっています。ここで紹介した論文は、2018年の発表ですが大まかな点では変更はありません。それ以降の追加データは別項で紹介していきます。
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