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No.351 特発性肺線維症の新治療薬

  • 3 日前
  • 読了時間: 12分

2026年3月27日


 多くの臓器では組織の構造変化が、その臓器がもつ特有の働きを低下させていきます。肺では、間質性肺炎と一括して呼ばれる病気がその一つです。研究の進歩に伴い間質性肺炎は、細分化されています。その頂点にあたる難易度の高いのが特発性肺線維症(IPF)です。頂点の治療がうまくいけば、おそらく、その亜流に近い診断を有する間質性肺炎は、それを参考にしながら進めることができる可能性があります。


 過去約20年間で、特発性肺線維症(IPF)の原因とメカニズムの理解が大きく進展しました。この進歩は、特発性間質性肺炎およびその他の間質性肺疾患(ILD)の分類と定義の標準化に向けた学際的な取り組みの結果です。

 間質性肺疾患(ILD)には300種類以上といわれる肺の間質病変が含まれています。その中でも原因を特定できない一群は、特発性間質性肺炎(IIPs)と呼ばれています。IIPsは、さらに6種の主要診断と、2つの稀な疾患の計8疾患に加え、分類不能型1種の計9種類の疾患から成り立っています。特発性肺線維症(IPF)は、先の6種の主要診断の一つです。背景には、近年の胸部CT撮影による観察結果と実際の組織変化を一致させた分類の進歩です。


 この枠組みの中で、IPFは以下のように定義されています。

ILDに共通する環境要因が存在せず、通常の間質性肺炎(UIP)の放射線学的および/または組織学的パターンを持つ特定のILD形態」。

定義からしても明確とは言い難い疾患です。


 IPFの診断アルゴリズムは、2022年に発表された最新のアメリカ胸部学会ATS /ヨーロッパ呼吸学会ERS /日本呼吸学会JRS /ラテンアメリカ胸部学会ALATからの発表のガイドラインでそれぞれ、更新されています。基本的な考え方は共通しています。


 特発性肺線維症 (IPF) は進行性の線維化性疾患で、予後が悪く、治療しない場合の中央値生存期間は3年から5年です。原因はまだ不明ですが、遺伝的素因、加齢、環境曝露などが関与している可能性が高いといわれます。経過は進行性で予測不可能であり、進行性呼吸不全によって死亡します。抗線維化薬のニンテダニブおよびピルフェニドンは 2014 年に IPF 治療に承認され、また、最近、他の薬剤、ネランニラスなど、研究開発が急速に進んでいます(コラム336参照)。


 新しい治療薬、吸入トレプロスチニルの治験結果がNew England Journal of Medicine誌に発表されました[1]。

ここでは、先に掲載したコラム[コラム336]と重複するところはありますが、間質性肺炎の  全般的な問題点とIPFに関する情報のまとめを紹介し[2]、次いで最近、発表になった新しいタイプの抗線維化薬吸入トレプロスチニルの治験結果[1]について解説します。




Q. 「間質性肺炎」の概略は?


症状:

 ・主な症状は、痰を伴わない咳(乾性咳嗽)と労作時にみられる呼吸困難がある(労作性呼吸困難)。


 ・労作時の呼吸困難は、安静時には問題なくとも、坂道や階段、平地歩行中や入浴・排便などの日常生活の動作の中で呼吸困難を感じる。病気が進行すると、安静時にも呼吸困難を感じるようになる。



病態:

 ・吸った空気(吸気)は、気道(気管や気管支など)を通過し、最終的に肺の奥にある「肺胞」に運ばれる。

 肺胞におけるガス交換➡肺胞には薄い壁があり(肺胞壁、あるいは間質)、その中に毛細血管が流れている。そこで、吸気中の酸素が血液に取り込まれ、同時に血液中の二酸化炭素が肺胞の中に排出される。


 ・「間質性肺炎」➡さまざまな原因により肺胞壁に炎症や損傷がおこり、肺胞壁が厚く硬くなり(線維化)、ガス交換がうまくできなくなる病気である。


 ・線維化が進んで肺が硬く縮むと、気道が代償性に拡張して蜂巣肺といわれる蜂の巣に似た穴(のう胞)だらけの肺になる。これらの変化は、胸部CTで確認できる。


 ・間質性肺炎の原因には、関節リウマチや皮膚筋炎などの膠原病(自己免疫疾患)、職業上や生活上での粉塵(ほこり)や、カビやトリなどの抗原の慢性的な吸入(じん肺や慢性過敏性肺炎)、病院で処方される薬剤・漢方薬・サプリメントなどの健康食品(薬剤性肺炎)、特殊な感染症など様々あることが知られているが、いろいろ詳しく調べても原因がわからない間質性肺炎は「特発性間質性肺炎(IIPs)」と呼ばれる。


 ・経過中、急激に呼吸困難が悪化することがある。これは「特発性間質性肺炎(IIPs)の急性増悪」と呼ばれる。



特発性間質性肺炎(IIPs):

 ・特発性間質性肺炎には経過や治療法などが異なる9種類の間質性肺炎が含まれている(前述)。頻度からすると「特発性肺線維症 (IPF)」が最も多い。




Q. 近年のIPFの研究動向は?


・進行性の線維化の経過はIPFに特有のものではなく、他の異質な線維化性ILD群でも見られる ➡最近の研究では、IPFのメカニズムが他のタイプのILDに共通、関連していることが示唆されている。


・線維化性ILDの遺伝的基盤に関する研究は、IPFリスク増加に関連する遺伝子が他の線維化性ILDのリスクとも関連していることを示している。

➡IPFは異なる病因にもかかわらず進行性線維化を示す全体共通の肺疾患群の原型として認識されつつある。

➡しかし、現時点では、線維化性ILDの類似性、共通性が注目されているが、IPFを他の進行性肺線維症と区別することは依然として極めて重要である。

➡IPFの診断は特定の治療法の確立という点で、高い罹患率、医療倫理性、そして医療費の高額化と関連している。




Q. 特発性肺線維症(IPF)の特徴とは?


・臨床的にIPFが疑われる典型的な患者は60歳以上。


・胸部X線撮影や胸部CTで両側肺線維症の説明困難または無症状パターン。


・聴診では、両肺の外側に吸気性パチパチ音が確認される。手(足)指の撥状変形が多い。




Q. 特発性肺線維症(IPF)はどのような病気か?


・IPFは進行性線維化性肺疾患で、呼吸器症状の悪化と機能的(生理学的)障害を特徴とする。


運動時の呼吸困難空咳が多い。


喫煙歴があり、その他の環境要因や職業的曝露があることがある。


男性、中年(40~60歳)。特に家族性肺線維症のリスクが高い人では、IPFではなくて他の間質性肺炎の可能性が高い。


・IPFの臨床症状への認識の高まり、コンピュータ断層撮影の広範な利用やその他の要因もあり、過去20年間で特に65歳以上で有病率の増加がある。


・IPFの病態研究の理解において大きな進展が見られ、複数の遺伝的および非遺伝的要因が特定されている。


個々の患者経過やIPFにおける疾患進行速度はしばしば予測不可能かつ変動幅が大きい。


 ➡基本的な検査には、自己免疫や炎症マーカー(免疫蛍光による抗核抗体、C反応性タンパク質および赤血球沈降速度)、関節リウマチ関連自己抗体(環状シトルリン化ペプチドおよびリウマチ因子)、皮膚筋炎のスクリーニングのための筋酵素(クレアチンキナーゼ、アルドラーゼ、ミオグロビン)が含まれる。

 ➡非IPF診断の合理的な事前検査確率(若年、非定型リスク因子、検査および画像診断の特徴)がある場合は、より広範な検査を行うべきであり、2018年のガイドラインで規定されているように、皮膚筋炎、シェーグレン症候群、血管炎に関連する自己抗体を含む場合もある。




Q. 新しい製薬、吸⼊トレプロスチニルの特徴は?


・過去に実施された臨床治験データでは、吸入トレプロスチニルは抗線維化作用があり、特発性肺線維症 (IPF) の治療に有用であることが臨床観察によって支持されている。


・トレプロスチニルは肺の線維遺伝経路を調節する複数のプロスタサイクリン受容体を標的とし、このメカニズムがこの薬剤の抗線維化作用の可能性に理論的根拠を与えている。


・吸入トレプロスチニルは、グループ1の肺高血圧症 (肺動脈高血圧症) およびグループ 3の肺高血圧症患者(間質性肺疾患に関連する肺高血圧症) 患者において運動能力を改善することが判明している。


・間質性肺疾患に関連する肺高血圧症患者を対象としたINCREASE試験の事後分析では、吸入トレプロスチニルが 16週時点で努力肺活量(FVC)に関してプラセボと比較し、有意な改善効果を示した。

 ➡これらの臨床結果は、吸入トレプロスチニルが線維化性肺疾患患者の肺機能低下を防ぐ可能性があるという仮説を支持する根拠の基礎となった。




Q. 治療薬、吸入トレプロスチニルの治験とは?


研究の背景:

 ・TETON試験は、線維化性肺疾患患者の治療として吸入トレプロスチニルの効果をさらに検討するために実施された。

  ➡このプログラムは、3つの52週間の二重盲検無作為化プラセボ比較試験で構成されている。

 1)TETON-1試験は米国およびカナダのIPF患者を対象。

 2)TETON-2試験は、アジア太平洋地域、ヨーロッパ、南米のIPF 患者を対象。

 3)TETON-PPFは世界中の進行性肺線維症患者を対象。

 本論文は、TETON-2 試験の結果の報告である。残り2件の治験は現在進行中。



研究の目的:

 ・主な目的は、IPF患者における吸入トレプロスチニルのプラセボと比較して有効性と 安全性を評価すること。52週間にわたる努力肺活量(FVC)の変化に基づき有効性を評価した。



方法第3相二重盲検試験として実施された。

 ・IPF患者を無作為に割り当て、吸入トレプロスチニルまたはプラセボ (1日4回12回の吸入)を52週間にわたり投与した。抗線維化薬(ピルフェニドンとニンテダニブ)服薬中の患者では、服薬継続、中止は患者の意向を尊重した。


 ・主なゴールは、52週時点の努力肺活量 (FVC) の基準値からの変化。

多重性を制御するためにあらかじめ指定された順序で解析された二次エンドポイントはIPFの臨床的悪化および急性悪化(いずれも事象発生までの時間解析で評価)、52 週までの死亡、および 52週までに予測されるベースラインからの、QOL(生活の質)評価、肺機能検査で実施するFVC変化、肺拡散能検査の変化とした。試験薬に伴う安全性の評価。



結果:

 ・合計593名の患者が無作為化を受け、トレプロスチニル (298名) またはプラセボ (295名)に分類された。

 そのうち463名(トレプロスチニル群224名、プラセボ群239名)が52週までに試験評価を完了した。患者の平均年齢は71.7歳。80.1%が男性。ベースライン時の平均FVC は健常者の76.8%。75.4%が抗線維化治療 (ピルフェニドン、ニンテダニブ)を受けていた。


 ・52週時点の努力肺活量 (FVC)の中央値変化は、トレプロスチニル群で−49.9 ml(95% 信頼区間 [CI] 、−79.2 ~ −19.5) 、プラセボ群では−136.4 ml(95% CI信頼区間、−172.5 ~ −104.0)。FVCの変化におけるグループ間差は 95.6 ml(95% 信頼区間、 52.2 ~ 139.0; (P<0.02)。



結論:

 ・IPF患者では、吸入トレプロスチニルは 52週間の期間でプラセボと比較し努力肺活量 (FVC)の減少が小さく、臨床的悪化事象も少なかった。


 


Q. 今後の期待性とは?


・過去20年間で、臨床症状への認識の高まり、CTスキャンの普及、その他の潜在的な要因により、65歳以上の人々の間でIPFの有病率が増加している。


・この期間中にIPFの理解と治療が大幅に進展したが、大多数の患者にとってIPFは慢性的で進行性かつ致命的な肺疾患のままである。


・最近の研究や臨床試験では、IPFと他の進行性肺線維症との機序的類似性が強調されている。

 ➡IPFが他のタイプのILDと異なるのは線維症の有無や「特発性」ではなく、IPFが必然的に進行性であり、それが予後や治療に明確な意味を持つという事実。


・より少ない侵襲性の手技や介入でIPFやその他の線維化性肺疾患のより正確な診断が可能になることが期待されている。 

 ➡診断がついた時点での治療体制の整備が急がれている。


・現在利用可能な抗線維化薬(ピルフェニドンおよびニンテダニブ)は、これらの薬剤に耐えられる大多数の患者の病変進行を遅らせる。この分野が直面する課題は、線維化過程を安定化または逆転させることで、IPFの自然史をさらに変える新しい治療法を特定することである。

 ➡異なる病原経路を標的とした治療法の開発、併用治療、併存症の管理、または異なる治療アプローチに応答するIPF患者のサブグループの特定が必要である。


・その他の課題としては、予後法の改善、遺伝マーカーを持つ患者のサブフェノタイプ解析や精密な薬理ゲノム研究、疾患の早期発見などがある。

 ➡抗線維症療法を超え、併存疾患のより良い検出と管理、生活習慣の変化、新たな薬理学的治療選択肢を含むケア基準の向上により、IPF患者の平均寿命は歴史的に推定されてきた診断から3~5年をはるかに超えて延びることが期待されている。




Q. 日常生活での注意事項は?


・日常生活では、禁煙厳守とともに、過労・睡眠不足など体に対する負担を減らすような生活を行うよう心がける。


・適度な運動を定期的に続けるよう呼吸リハビリテーションが重要である。しかし、低酸素血症を来たすような運動は危険である。専門医療者の指導の下で行うことが原則である。


・過食・体重増加は呼吸困難が増強する可能性があり、適正体重を保つことが重要である。

 ➡ 他方、間質性肺炎が進行すると体重が減少し、経過が不良となることがある。

 ➡ 栄養管理が大切である。空バランスのとれた食事により体重を維持する努力を行う。


感染予防はきわめて重要である。

 ➡間質性肺炎の急性増悪は上気道感染(風邪のような症状)がきっかけとなることが多いので、冬季においては外出時のマスク着用や手洗い・うがいの励行、感染症対策としてのインフルエンザや、肺炎球菌、新型コロナなどの予防ワクチン接種を受けることが重要。




  新薬の開発は、莫大な開発費用と多くの研究者の努力によるものです。ここで紹介した吸入トレプロスチニルの治験においてもリスクを伴い、しかも実薬や偽薬かが不明な二重盲検試験で多くの重症のIPFの患者さんの協力が得られたデータは、極めて貴重です。狭く厳しい山道を、多数の人が力を合わせ、開拓し、やがてその道筋を大きく広げて到達し得た治療薬がたくさんあります。前線でそれを、使う側の臨床医もまた不断の努力と強い責任が問われていることを感じます。


 IPFは、全体像が把握できにくい、複雑な病気です。その治療薬の効果を検証するために、IPFに伴い悪化する肺と心臓をつなぐ肺循環系への治療効果を検証することから始め、新薬の開発に取り組んだ流れは巧妙な戦略です。多くの難治性の病気は、このようにして多くの研究者と患者さんの協力でたどりついた歴史があります。


  間質性肺炎は、COPDと並び、治癒としての到達点を見出しがたい病気です。IPFを含め、患者さんの多くが高齢者であり、不自由な生活をさらに苦しめている状況の多くを目の当たりにしてきました。臨床医は、新着情報と、新しい治療法を心待ちにしている多くの患者さんが背後にいること、どのように最大の治療効果が得られるかの期待を持ち続けています。




参考文献:


1.     Podolanczuk, AJ. et al.

Idiopathic pulmonary fibrosis: state of the art for 2023. Eur Respir J 2023; 61: 2200957. DOI: 10.1183/13993003.00957-2022. 

 

2.     Nathan SD. et al. 

Inhaled treprostinil for idiopathic pulmonary fibrosis. New Eng J Med 2026 Mar 11. Online ahead of print. DOI: 10.1056/NEJMoa2512911


3.     King TE, Jr. et al.

Treatment of idiopathic pulmonary fibrosis. UptoDate. Literature review current through: Feb 2026. This topic last updated: Feb 18, 2026.


4.近藤康博.

特発性間質性肺炎、日本内科学会雑誌、2022; 111: 1077-1083.


※無断転載禁止

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