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No.336 期待される間質性肺炎の新しい治療薬

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 21 時間前
  • 読了時間: 12分

2025年12月1日


 肺は、最大の容積を持つ内臓です。大人では、ほぼ、バケツ一杯に相当する容積を持つ臓器ですが、その内部構造は極めて繊細です。気道から取り入れられた空気は肺胞の壁を経て酸素を取り込み、体内で不要となった二酸化炭素を外に排出します。平均的な大人で肺胞の総数は約3億個。肺胞は直径約0.1mmから0.2mmの小さな袋であり、壁の厚さは約0.5μm以下と非常に薄く、その総表面積は、100平米以上。2階建て一軒家の床面積に相当します。これを使って死に至るまで、生涯、休むことなく呼吸運動を続け、身体の全臓器の機能を支えています。

 間質性肺炎は、肺胞の壁を中心に発症する線維化を伴う炎症病変であり、肺胞の中に広がる細菌性肺炎とは区別されます。線維化を元の構造に戻すことは、例えていえば、もつれた蜘蛛の糸を元の構造に戻すような難しさがあります。間質性肺炎の効果的な治療法の開発は、肺がんの化学療法と並び呼吸器領域の最大のテーマといえるものです。


 特発性肺線維症(IPF)は、多数に分類されている間質性肺炎を構成する病気の一つです。慢性進行性かつ不可逆的な肺疾患であり、生活の質の低下、生存率の低下、そして継続治療には多額の医療費を必要とします。

 IPFの正確な原因は未だ解明されていませんが、過去20年間で病態生理に関する理解は大きく進歩しました。現在の疾患パラダイムは、 遺伝的素因、環境曝露、加齢に伴う変化など、様々な要因によって引き起こされる肺胞の表面を覆う上皮細胞の反復性損傷に続き、内部を構成する線維芽細胞の異常な活性化と、この線維芽細胞が筋線維芽細胞へと分化が起こり、過剰な細胞外マトリックス(コラーゲン、エラスチン、多糖体など)産生肺の3次元構造が変化してしまうリモデリングを引き起こす、というものです。


 アスペン肺会議は、1966年、コロラド大学のトーマス・ペテイ教授が開催を始めた歴史ある呼吸器疾患研究者の会議です。アスペンは、風光明媚な地ですが、一番、気候が安定する6月に3日間、開催される小さな学会です。2014年に間質性肺炎に関する研究動向が話し合われ、10年を経た昨年、再び間質性肺炎についての討議がありました。ここで、取り組むべき新しい研究方向として米国肺学会雑誌の編集長であるフェルナンド‧マルティネス博⼠は、間質性肺異常 (ILA) に関する現在の知⾒をレビューしました。 疾患の全体像が把握されていない間質性肺炎は、研究の立場の違いでしばしば、呼び方を変えています。多様な略語はそれに呼応するものです。


 ここでは、特発性肺線維症(IPF)の新しい治療薬として治験が進行中の薬剤を中心に現在の研究動向を紹介します。




Q. 2024年のアスペン肺会議の結論は?


・前回のアスペン 会議(2014年開催)以来、間質性肺炎に関する研究は、⾶躍的な進歩を遂げた。この間に線維化に関連する基礎医学研究が進歩した。


・臨床試験の数は急速に増加しているが、肺の線維化予防、解決、修復を標的とする明確な経路はまだ特定されていない。しかし、疾患についての科学的理解により、進⾏性で治癒不可能な肺疾患から、予防可能で治療可能な疾患へと変貌させる準備が整ってきた。


・間質性肺炎の進⾏を遅らせる2種の薬剤の開発など、臨床的な進展が⾒られ、その中⼼には新技術の開発と、医療‧科学コミュニティ間の協⼒関係があった。


・治療薬の効果の判定としてのバイオマーカー開発、遺伝学とゲノミクス、画像診断、標的認識と標的結合、効果の理論的根拠となる前駆細胞⽣物学、コラーゲンの⼊れ替え、肺胞上⽪細胞、内⽪細胞、神経内分泌細胞、線維芽細胞⽣物学、肺再⽣における研究の不足が確認された。 


➡ 議論から浮かび上がったいくつかのテーマは、肺線維症の理解を変⾰し、患者のための選択肢を改善するためのロードマップを提供した。


➡ 以下が将来の研究課題である。

1)  疾患の発症を引き起こす遺伝的‧環境的特徴は何か?

2) 間質性肺炎の早期症状とこれを認識する特徴的な症状は何か?

3)  細胞分化とコラーゲンの代謝過程に伴う動的な基礎生物学の情報は?

4) 肺胞上⽪細胞の損傷や喪失、線維芽細胞の増殖、内⽪細胞の機能障害を伴う複雑な再構築過程の解明が必要である。




Q. 新薬開発に向けての研究体制の反省点は?


・過去25年間で肺線維症の分野は⼤きく進歩し、患者ケアのアプローチは主に経験に基づく意思決定モデルか、データ駆動型のモデルへと進化してきた。その過程で、標準とされていたステロイド投薬などの治療内容が特発性肺線維症 (IPF) 患者にとって必ずしも有用でないことが判明した。さらに、現在、期待されている治療薬が効果を発揮していないことが判明した。




Q. タラデギブの治験結果は?


背景:死亡率の高い間質性肺疾患である特発性肺線維症(IPF)において線維化を促進するのがヘッジホッグシグナル伝達経路である。

現在、IPF を根治的に治癒させる治療法はなく、利用可能な抗線維化薬はIPFにおける肺機能の低下速度を遅らせる効果しか持たない。本研究では、ヘッジホッグシグナル伝達経路の阻害剤であるタラデギブ(ENV‑101)のIPFに対する安全性と有効性を、治験(第IIa相)による実証臨床試験(ENV‑IPF‑101試験)で評価した。


方法:ENV‑IPF‑101試験は、オーストラリア、カナダ、マレーシア、メキシコ、韓国などの16の臨床施設で実施された。40歳以上のIPF患者を対象とした無作為化二重盲検プラセボ対照第2a相試験である。患者は、タラデギブ200 mgまたはプラセボ相当量を1日1回経口投与する群に無作為に割り付けられ、12週間投与された後、6週間の追跡調査が行われた。主要評価項目は、治療群における安全性と、評価対象群における努力性肺活量(FVC)のベースラインからの変化であった。探索的評価項目は、治療群における高解像CT(HRCT)による線維化の指標とした。FVCの増加、HRCT改善は治療効果と判定される。


結果:2021年8月12日から2023年7月28日までの間に、41人の患者がタラデギブ群(n=21、女性3人、男性18人)またはプラセボ群 (n=20、女性4人、男性16人)に無作為に割り付けた。治験薬との関連が疑われる、またはおそらく関連している治療関連有害 事象はすべて軽度または中等度であり、重篤な有害事象はみられなかった。タラデギブ群で最もよく見られた有害事象は、味覚異常(21人中12件)、筋痙攣(21人中12件)、および脱毛症(21人中11件)であった。これらの有害事象はプラセボ群では報告されなかった。プラセボ群で最も多く報告された有害事象は、下痢(20例中4例)、頭痛(20例中3 例)、めまい(20例中1例)であった。タラデギブ投与群の患者は、FVCおよび複数のHRCT像の疾患指標において、ベースラインから改善が認められた。ベースラインから12週までの変化に関する群間差は、予測FVC割合(3.95% [95%  信頼区間  0.31–7.60]、p=0.035、ベ ースラインからの平均変化はタラデギブ群で1.9%、プラセボ群で‑1.3%)、HRCTによる全肺活量(257.0 mL [95% 信頼区間  86.8–427.2]、p=0.0040、ベースラインからの平均変化はタラデギブ群で206.67 mL、プラセボ群で‑55.58 mL)、およびHRCT像の定量的間質性肺疾患割合(p=0.047、 ベースラインからの平均変化はタラデギブ群で‑9.4%、プラセボ群で1.1%)であり、有効性の指標でタラデギブが優れていた。試験中に死亡例は認められなかった。


結論:タラデギブ群の安全性プロファイルと有効性の分析結果から、IPF 患者を対象とした第2b相試験は投薬の有効性を示しており、次のステップの治験段階に進むことを認めている。




Q.ネランドミラストの治験結果は?

 

背景:肺線維症患者を対象とした第3相ランダム化臨床試験2件の結果の報告。


目的:両試験は、肺線維症の前臨床モデルで抗線維化および免疫調節効果を⽰したホスホジエステラーゼ 4Bの阻害剤ネランドミラストの有効性と安全性を評価した。


結果:

1) FIBRONEER-IPF 試験では、1,177 名のIPF患者を対象。1⽇2回 18mg のネランドミラスト、1⽇2回 9mg のネランドミラスト、またはプラセボを投与した。

患者の⼤多数 (77.7%) は登録時に背景にニンテダニブまたはピルフェニドン療法を服⽤していた。ネランドミラスト群では、 FVC のベースラインから52週までの絶対変化の主要終点に関してプラセボ群と比較して有意な改善効果がみられた。

投与開始52週時のネランドミラストによる FVC の低下はプラセボと⽐較して⼀貫しており、 9mgのネランドミラストおよびピルフェニドン療法を服⽤しているグループを除くすべてのサブグループで⼀貫した。この結果は両薬剤間の相互作⽤によるネランドミラストの⾎漿濃度低下によるものと考えられる。試験期間中の経過での分析では、最初の急性悪化、呼吸器原因による⼊院、または死亡の主要な⼆次終点に関して、ネランドミラスト群とプラセボ群の間に有意な差はなし。

2) FIBRONEER-ILD試験では、⾮ IPF 間質性肺疾患および進⾏性肺線維症を持つ1,176 ⼈の患者を、ネランドミラストを1⽇2回 18mg、1⽇2回 9mg のネランドミラスト、またはプラセボを投与した。少数の患者 (43.5%) では背景にニンテダニブ療法を服⽤していたが、より頻繁に使われる免疫抑制薬の併用はなし。

FVC のベースラインからの比較で52週への絶対変化の主要終点に関してネランドミラスト群とプラセボ群の両者で有意な差が観察された。主たる終末点に関するネランドミラスト群 とプラセボ群の違いに関する事前指定サブグループ分析の結果 (ILD 診断に基づく評価やニンテダニブ療法の背景使⽤を含む) は、全体集団の結果と概ね整合していた。試験期間中の時間分析で評価された、最初の急性悪化、呼吸器原因による⼊院、または死亡の主要な⼆次終点に関して、ネランドミラスト群とプラセボ群の差は有意ではなかった。

両試験とも、ネランドミラスト群とプラセボ群間で健康関連⽣活の質の指標に明らかな差は認めなかった。有害事象は2つの試験で概ね類似していた。下痢は最も頻繁に報告された有害事象であった。


考察:

1) 現在の標準治療にもかかわらず、IPFと他の間質性肺炎は肺機能の低下が続く中で進⾏し続けていた患者を対象とした。

2) 現在の試験のデータから、ネランドミラストは IPF および他の間質性肺炎の両⽅で FVC の低下を遅らせたものの、疾患の悪化によるFVC減少は続いた。

3) ネランドミラスト群では⽤量反応関係は認められず、主要な⼆次終末点に関するグループ間の違いはいずれの試験でも有意ではなかったがFIBRONEER-ILD 試験の死亡率の差は、さらなる検討に値する。

4)IPF または他の間質性肺炎の薬理学的介⼊に関する過去の試験と同様に、ネランドミラストはプラセボと⽐較して健康関連の⽣活の質を改善しなかった。

5)下痢の頻度はネランドミラスト群でプラセボ群より⾼く、ネランドミラスト群の患者ではこの有害事象の積極的な管理が必要となる。

➡現在までの臨床試験では、IPF 以外の他の間質性肺炎を持つ⼈々で有効性がある程度、期待できる可能性がある。


課題:

1) 今後も臨床医コミュニティが取り組むべき重要な課題は依然として残っている。すなわち、第⼀選択療法の選択、初期段階での併⽤薬治療法と追加療法の適応、他の間質性肺炎における免疫抑制剤の検討。

2)  臨床的に重要な疾患の発症を予防または遅らせるためには、ILD の早期発⾒と治療への転換が優先事項である。

3) このプロセスは肺の構造を破壊し、ガス交換を阻害する。ニンテダニブ、ピルフェニドンに加えてネランドミラストが、IPF患者の 機能低下と病状の進行を遅らせることが示されている。しかし、IPFは依然として治癒不可能であり、ほとんどの患者は治療にもかかわらず病状の悪化が続く。 既存の薬剤には継続には副反応による忍容性に関する大きな問題がある。



 

 間質性肺炎は原因、経過、胸部CT所見、病理組織により複雑に分類されています。原因は多岐にわたり、多彩な病像を呈する疾患群から成り立っています。もっとも治療に苦慮するIPFは経過や治療法が見えない究極のグループとも言えます。そのグループに対する治療が奏功すれば他の群の間質性肺炎の治療にも曙光が見える可能性があり、期待されています。

 期待して実施された、2種の新しい治療薬は、現在、使用されている2剤よりも格段に優れているとは評価されませんが、既存の2剤を含めて、副作用を軽減し、治療効果を高める、組み合わせ治療が新しい治療法となる可能性があります。

 疾患の予防法に加え、早期発見、早期治療が理想です。いずれの薬剤でも初期病変を防ぎ、抑え込むほどの効果は期待できないようです。ここでは、詳述は避けましたがフェルナンド‧マルティネス博⼠は、新しいMRI撮影の技術を使い、間質性肺炎の重症度を評価する新しい診断方法を紹介しています。診断方法と新しく、有用な治療薬に向けた探索は続くことでしょう。進行した間質性肺炎に対しては、並行して臓器移植の技術も進歩することでしょう。

 新しい治療薬が開発され、日常の診療の中で使用される時代がきて、血液生化学検査や胸部CT画像で改善効果がみられたとしても、一人ひとりの患者さんが困っている日常の生活での苦しさが解決できるかどうか、は不明です。科学データと、苦しさの訴えは必ずしも一致しないからです。


 現時点で、有用な治療薬が見つからず、先が見通せない状態で苦しんでいる患者さんは多いと考えられます。根本的な治療薬は、残念ながらかなり先になると思われますが、現時点で、病気があってもより快適な生活に変える工夫はさまざまにあるはずです。運動の仕方、楽な呼吸法、栄養状態の改善、悪化させない日常生活での工夫などさまざまです。

 

 私は、これらを総合的に、「呼吸ケア」と呼んでいます。その定義は以下の通りです。

 「呼吸器疾患によって生じた障害をもつ患者が、日常の治療を続ける過程で主体的に取り組め、増悪の危険を自分の判断で回避し、可能な限り機能を回復あるいは維持させるように医療者が継続的に支援していくための医療である」(2002年、木田)。


 いまの医療情報を最大限に活用して日常の生活の中で医療者とともに少しでも工夫していく努力が必要と考え、私たちは取り組んでいます。




参考文献:

 

  1. Maher TM. et al.

Taladegib for the treatment of idiopathic pulmonary fibrosis (ENV-IPF-101): a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2a trial

Lancet Respir Med 2025; 13: 1001–1010.

  1. Spagnolo P. et al.

Hedgehog signaling: on the way to curing idiopathic pulmonary fibrosis

Lancet Respir Med 2025; 13:956.

  1. Richeldi, L. et al.

Nerandomilast in patients with idiopathic pulmonary fibrosis.

N Engl J Med 2025; 392: 2193-2202.

  1. Lee S. Progress through persistence — Turning the page in pulmonary fibrosis clinical trials joyce.

N Engl J Med 2025; 392: 2269-2267.

  1. Maher TM. et al.

 Nerandomilast in patients with progressive pulmonary fibrosis.

N Engl J Med 2025; 392: 2203-14.

  1. Freeberg MAT. et al.

Pulmonary fibrosis—focusing on the future: Aspen Lung Conference 2024 Summary

Am J Respir Cell Mol Biol 2025; 73: 653–667.


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