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No.272 過敏性肺炎とは何か


2023年3月6日


 呼吸は外界の空気を肺に吸い込むことにより酸素を取り込み、二酸化炭素を外に吐き出す生命維持の基本となる生理機能です。繊細な構造をもつ肺は、ときにはその人だけがもつ外因性の異物の吸入によりアレルギー性の機序で重症で治りにくい肺炎を起こすことがあります。

主な症状は、咳、息切れ、発熱ですが喘息や細菌性の肺炎と紛らわしいことがしばしばあります。

慢性化すると肺に線維化が進み間質性肺炎と紛らわしいこともあります。さらに慢性過敏性肺炎では肺がんの合併がみられることもあり診断、治療が難しい呼吸器疾患の一つとなっています。

過敏性肺炎は、可能な限り発症の原因を突き止め、それ以上の悪化を防ぐことが治療の基本です。夏型過敏性肺炎として主に西日本で夏期(5~10月)ごろ湿っぽくなった浴室や台所の壁にはえたカビを吸い込むことにより起こすことが知られていましたが近代化した住宅構造で発症は急激に減ってきていますがいまでもかなりの原因となっています。

過敏性肺炎は、原因を決めて悪化を予防することが最良の治療ですが経験的にこれが容易ではないことも特徴の一つです。

 ここでは、発表になったガイドライン[1,2]から過敏性肺炎の概略を紹介します。




Q. どのような病気か?


・過敏性肺炎は、抗原の吸入を繰り返すことにより特定の人に免疫学的な機序で肺胞や細気管支にリンパ球が異常に侵入(浸潤)して起こるアレルギー性・免疫性の肺炎である。


・発症しやすい人(感受性がある)が特定の抗原となる物質をくりかえし吸い込むことにより「感作」が成立して発症する間質性肺炎である。


・特定の抗原には動物に由来するタンパク、真菌(カビ)や細菌、無機物(イソシアネートなど)がある。わが国では以前は浴室、台所の壁に生ずるカビ、鳥毛、鳥の糞などの吸引で起こるものが注目されていた。




Q. 過敏性肺炎はどのような病気か?


・抗原となる物質を繰り返し吸い込むことにより感作が起こり発症する


・感作は肺の細気管支から肺胞壁にかけて強い炎症反応が起こる。


・経過から急性過敏性肺炎と慢性過敏性肺炎に大別される。


・慢性過敏性肺炎は、肺の線維化を伴わない非線維性過敏性肺炎、肺の線維化を伴う過敏性肺炎に大別される。


・慢性過敏性肺炎は、繰り返し悪化するタイプと、あまり症状が出なくてゆっくり悪化するタイプがある。


・慢性過敏性肺炎は、抗原を回避することにより悪化を防ぐことができる。




Q. 日本人の発症頻度は?


・有病率は、気候、職業曝露、環境曝露が地域ごとに異なるがわが国では10万人あたり0.3~0.9人。米国では1.67~2.71人。




Q. 症状は?


・呼吸困難、咳、体重減少、インフルエンザのような症状(悪寒、微熱、倦怠感)、胸部圧迫感、喘息のように呼吸に際してヒューヒューいう、喘鳴。チアノーゼ。


・急性では数日から数週間で発症する。




Q. 発症しやすい年齢層は?


・高齢者に多い。平均65歳以上。ただし、若い年齢層や子供でも診られることがある。




Q. 原因は?


・300種類以上の原因抗原が知られている。


・主なものは以下である。

 夏型過敏性肺炎➡家屋のカビ(トリコスポロン)

 その他のカビによる住居関連の過敏性肺炎

 小麦粉肺➡菓子製造に用いる小麦粉

 温室栽培者肺➡木材チップの中の真菌。ラン栽培やキュウリ栽培など

 きのこ栽培者肺➡シイタケ栽培、エノキダケ栽培、キノコ胞子、栽培環境の細菌・真菌

 コルク肺➡コルク製造作業

 ホット・タブ肺 ➡ホット・タブ、シャワー、ミスト

 コーヒー作業肺➡コーヒー焙煎作業

 農夫症➡サイロの牧草に増殖する好熱性放線菌

 塗装工肺➡塗料に含まれるイソシアネート

 加湿器肺➡加湿器やエアコンに増殖する細菌、真菌




Q. どのようにして発症するか?


・抗原暴露後の急性期➡好中球、単球などが肺の局所に流入し、エフェクター細胞としてアレルギー炎症を起こす➡これらの反応に引き続きリンパ球が炎症を起こしている場所に集積する➡サイトカイン、ケモカインの産生がアレルギー性炎症を悪化させる➡慢性化、線維化が進む。




Q. どのように治療するか?


・治療の基本は抗原を回避することであり、急性の場合には住環境を変えること(入院など)で軽快する。


・急性で中等度以上は、短期間、ステロイド薬を服薬する。


・慢性過敏性肺炎でも抗原回避は重要であるが進行した場合にはステロイド薬、免疫抑制薬、抗線維化薬を服薬する。




Q. どのように予防するか?


・発症の原因をつきとめ、原因物質の吸入を避けることが基本であるが実際には難しい。

➡家屋構造の改築。気密性や排水の改善による湿気の防止。腐木の除去など。


・鳥飼病は本邦での原因ではもっとも頻度が高い。羽毛布団などの使用をやめ完全に廃棄する。自分が使用せず、家族が使用している場合でも悪化要因となる。

鶏糞肥料の使用をやめ、野鳥との接触をできるだけ避ける。


・農夫肺や塗装工肺では防塵マスクを徹底して着用するが、それでも効果が不十分なときには職場を変更する。


・加湿器肺では機材やフィルターを清潔に保ち、水の交換を頻回に行う。




Q. 病型による原因頻度の違いは?


・急性過敏性肺炎 ➡ 夏型(74.4%)、農夫肺(8.1%)、空調器肺(4.3%)、鳥飼病(4.1%)


・慢性過敏性肺炎 ➡ 鳥関連(60.4%)、夏型(14.9%)、住宅関連(11.3%)、農夫肺(1.8%)




Q. どのように診断するか?


・症状の悪化を起こす抗原を推定する。職業、自宅・職場、自宅周囲の環境、趣味など。


・検査:血液検査ではKL-6, SP-Dなど。精密な肺機能検査。6分間平地歩行テスト。

 疑わしい場合には特異抗原検査を行う。鳥関連(保険適応なし)




 過敏性肺炎は、薬物による治療よりも病気を起こした原因の完全な除去が重要ですが、近代人の生活のパターンが多様化し、住環境だけでなく職場での環境も複雑化しているので原因の究明は極めて困難であるのが実態です。欧米からの報告も多くありますが原因検索という点では住環境が異なる地域のデータは必ずしも日本人には当てはまりません。


 新型コロナウィルス感染症がパンデミックとなって以来、清潔を目的とし、これまで使用していなかった消毒薬を過剰に使用して発症した例、換気不十分で発症に至った例を診ることがあります。

 症状から過敏性肺炎が疑われる場合には、早めの受診をお勧めします。




参考文献:


1.過敏性肺炎診断指針 2022, 日本呼吸器学会。


2.Raghu G. et al.

Diagnosis of hypersensitivity pneumonitis in adults an official ATS/JRS/ALAT clinical practice guideline

Am J Respir Crit Care Med 2020; 202: e36–e69.


※無断転載禁止

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