2020年1月9日
ハーバード大学の付属病院、マサチューセッツ総合病院で定期的に開催されている症例検討会は、詳細な討論の結果が米国の一流臨床雑誌に報告されています。今回の検討症例は、電子タバコを吸うことにより引き起こされた新しい呼吸器の病気です[1]。
その概略は次の通りです。
20歳の男子学生。約6か月前までは全く症状がなく元気でした。時々、マリファナを吸っていました。8週間前より電子タバコを吸い始めてから体調を崩します。だるさ、発熱、咳、痰があり痰の色は錆(さび)色(いろ)でした。
近医を受診、抗生物質を服薬しましたが改善せず。胸部レントゲン写真では右肺の下に小さな粒のような影あり。原因不明で大きな病院に紹介され、検査を受けましたが原因不明。
症状は次第に悪化、高度の息切れに加え、膿性の鼻汁が多量にあり、副鼻腔炎症状が加わり、マサチューセッツ総合病院へ紹介されました。ここでも詳しい検査を行いましたが原因は不明。
開胸して肺の一部を切り取り、病理検査を行った結果、肺の細い血管が広い範囲に渡り炎症を起こしており、さらに血栓で詰まっていることが判明。悪いことに病因が判明するまで電子タバコを吸っていました。
これを中止し、血栓治療薬を服薬、数か月で息切れも改善し、大学へ戻ることができました。
ここでの議論で、多くの検査を実施しましたが、決め手となる変化は胸部CT所見と病理標本の検査結果から、電子タバコにより引き起こされた病気と診断されました。
Q. 米国での発症の実態
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、電子タバコによる新しい呼吸器の病気をEVALI (E-cigarette, or vaping, product use associated lung injury)と名付け警告をくり返し発表しています。
2019年12月17日現在、全米50州で2506人が発症、54人が死亡しています。
患者の67%は男性で、78%が35歳以下でした[2]。
Q. 原因は何か
多くが電子タバコを吸っている人たちであったことから、これに関係する物質が疑われています。
電子タバコは“vaping (=蒸気の意)”とも呼ばれていますが、これは特に若者に人気で18-24歳の9.2%が使用していると云われています。
多種が販売されていますが、蒸気化する前の液体にはニコチンだけでなく香りや味を良くする目的で多種の化学物質が含まれていることが判明しています。
外箱に表示されている組成よりはるかに多い物質を含んでおり、表示以外の物質が含まれていることが判明しています[1]。
さらに多くがマリファナや大麻なども使用していることから、原因物質の同定は困難をきわめましたが、多くの患者の気管支肺胞洗浄液(気管支鏡を使って肺の一部を生理的食塩水で洗浄し、液を回収する)から酢酸ビタミンEが共通で発見され、これが怪しいと考えられています。
Q. どのような症状があるか
多くは先の患者のように高度の息切れや咳、痰が問題ですが、吐き気、繰り返す嘔吐、下痢など消化器の症状を伴うことが多いと云われています。
Q. どのように診断するか
電子タバコをいつからどのように使っていたか。その製品は正規の販売ルートであるのか。大麻、マリファナなどの使用はないか、など電子タバコについての詳しい使用歴が必要です。
血液生化学検査で特徴的なものは明らかにされていません。高感度の胸部CT(HRCT)が極めて有力です。同時に同じような症状を呈する他の呼吸器の病気を厳密に除外することが必要です。
Q. 治療はどうするか
EVALIの決定的な治療法は不明です。重症の場合には肺炎を合併していることが多いので抗生物質の点滴を行いますが、EVALIに対する効果は不明です。
また、多くの重症の呼吸器疾患ではステロイドホルモンの大量投与を行いますが、EVALIに対する効果は分かっていません。87%が重症の呼吸不全の状態となり、酸素吸入が必要であり、68%で人工呼吸器を装着となりました[3]。
治療法が不明な重い呼吸器疾患といえます。
来年のオリンピックを控え、東京には観光や商用で来日する外国人が急速に増えてきています。私たちのクリニックにも多くの外国人の患者さんの受診があります。今後はEVALIを含め、どのような患者さんの診察にも対応できるように医療の質を高め、また、周囲の大病院との医療連携を強化していきたいと考えています。
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