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No.355 妊娠中の喘息悪化とステロイド吸入薬使用の問題点

  • 13 時間前
  • 読了時間: 9分

2026年5月1日


 2026年5月5日は、World Asthma Day (国際喘息記念日)です。COPDに関する世界イニシアチブ(GOLD)と並び、喘息に関する世界イニシアチブ(GINA)[1]は、過去25年間、毎年、これら2つの最も一般的な呼吸器疾患の診断と管理に関する戦略レポートと推奨事項を作成してきました。


 喘息は既存の慢性疾患の中では妊娠中に最もよく見られ、全妊娠の3~8%にみられると言われています。しかも、症状は、妊娠の全期間中を含め、さまざまな形で現れます。妊娠中の喘息に対する薬理療法の原則は、非妊娠患者の場合と類似しています。妊娠中または妊娠を予想している人に喘息薬を使用することを検討する際、喘息薬のリスクはあるけれども治療されていない場合の喘息における潜在的な危険性の方が上回る、というのが判断の原則です。

 妊娠中の喘息の管理には、2つの大きな目的があります。1つは、妊婦が危険な状況に置かれることなく無事、出産に至ること、2つ目は、生まれる子どものリスクを回避する、ことです。後者は、特に妊婦が心配する点でもあります。課題は、産婦人科医と呼吸器内科を主とする内科側の医師、これを支える看護師の連携プレーが必要とされることです。


 妊娠中にステロイド吸入薬を使う方が良いのか、中止して経過をみる方が良いのか、日常的な診療の中で疑問と思われることも多いと思われます。先述の世界喘息イニシアチブ(GINA)は、喘息について網羅的に報告論文をまとめて信頼度を決めて発表しています[1]。「妊娠中の女性の約3分の1で喘息の症状が悪化し、3分の1で改善し、残りの3分の1で変化がない」と述べています。しかし、このよく使われる格言に近い報告は、1980年代の米国における330人の女性の単一コホートに基づいているデータといわれます。実際、308人の女性の実世界のデータを使用した最近の小規模な米国研究では、喘息コントロールの軌跡は2つしか見つからず、60%は変化がなく、40%はコントロールが悪化していました。ここでは、最近、発表された論文[2]をもとに妊娠期における喘息の注意点を中心に現状を考えてみます。




Q. GINAの警告とは?


・喘息に関する世界イニシアチブ(GINA)は、過去25年間、毎年、これら2つの最も一般的な肺疾患の診断と管理に関する戦略レポートと推奨事項を作成してきた。


・約6億5000万人の子供と大人がCOPDまたは喘息を患っており、その有病率は2050年までに2倍以上になると予測されている。2021年には、400万人以上がこれらの疾患で死亡した。


・喘息は15歳未満の子供に最も多い慢性疾患であり、喘息の子供の3人に1人が学校を欠席している。COPDと喘息によって引き起こされる健康および経済的コストは高額であり、さらに増加している。たとえば、2025年のCOPDによる世界的な直接コストは3兆8900億ドルと推定され、2050年までに24兆3500億ドルに増加すると予測されている。


・虚血性心疾患や糖尿病などの他の非感染性疾患とは異なり、喘息とCOPDは政策立案者によって優先されてこなかったため、診断ツールや治療へのアクセスが不十分なままである。

 



Q. 妊娠中の喘息の問題点は?


・妊娠中の喘息増悪は、妊娠合併症(例:妊娠高血圧症候群、妊娠高血圧)のリスクを高めるだけでなく、母親の周産期および新生児の有害な転帰(例:低出生体重、早産、先天性奇形)や幼児期の呼吸器疾患(例:喘息、肺炎)とも関連している。

 ➡したがって、この重要な時期のケアを改善するには、修正可能なリスク因子の特定が不可欠である ➡喘息の悪化を避けるため予め生活面の工夫が必要である。

 ➡喘息薬の服薬の遵守が不良の場合は重要な修正可能なリスク因子であるが、その頻度や妊娠関連の増悪との関連性は不明である。妊娠中に吸入ステロイド薬(ICS)を使用することの重要性は認識されているが、喘息薬が胎児に安全でないという懸念、教育提供の不足、妊娠中の喘息症状の認識の難しさなどにより、ICSの使用が妊婦の判断で中止される可能性がある。

 



Q. 論文[2]が示す問題点とデータは?


問題点:

・妊娠中の喘息増悪は、母体および周産期の有害な転帰と関連している。修正可能な危険因子を特定することは、健康転帰を改善するために不可欠である。本研究の目的は、妊娠中の増悪パターンを明らかにし、増悪の危険因子、特に吸入ステロイド薬の使用などの修正可能な危険因子を特定することである。


・妊娠経過中に喘息の増悪リスクに対して、どのように影響するかは依然として不明である。


・これまでに経口コルチコステロイドの使用や喘息の重症度や表現型による影響を調査した研究はある ➡妊娠中の喘息増悪は、妊娠合併症(例:妊娠高血圧症候群、妊娠高血圧)のリスクを高めるだけでなく、周産期および新生児期の有害な転帰(例:低出生体重、早産、先天性奇形)やさらに幼児期の呼吸器疾患(例:喘息、肺炎)とも関連している。

➡したがって、この重要な時期のケアを改善するには、修正可能なリスク因子の特定が必要である。


・喘息薬の服薬遵守の不良は重要な修正可能なリスク因子であるが、その頻度や妊娠関連の増悪との関連性は不明である。

 ➡妊娠中に吸入ステロイド薬(ICS)を使用することの重要性は妊婦も認識しているが、妊婦が不安に思う理由として、喘息薬が胎児に安全でないという懸念、提供される教育情報の不足、妊娠中の喘息症状の認識の難しさなどにより、ICSの使用が妊婦の判断で中止される可能性がある。


・妊娠中の喘息増悪は、母体および周産期の有害な転帰と関連している。修正可能な危険因子を特定することは、健康転帰を改善するために不可欠である。



研究の目的:

・妊娠中の増悪パターンを明らかにし、増悪の危険因子、特に吸入ステロイド薬の使用などの修正可能な危険因子を特定することである。


本研究では、英国の実世界データを分析し、以下の3つの目的を達成した。

1)妊娠が喘息増悪パターンにどのように影響するかを理解すること。

2)妊娠に関連する治療による修正可能な増悪リスク因子を特定すること。

3)妊娠中の吸入ステロイド薬(ICS)使用量の減少に関連する因子を調査すること。



方法:

・英国の妊婦のデータを解析したものである。


・英国のプライマリケアおよび病院データ(2004~2020年)を用いて4万人を越える喘息を患う妊婦を特定したコホート研究である。


・増悪は、短期間の経口コルチコステロイド投与、救急外来受診、または予定外の入院と定義した。多変量ロジスティック回帰を用いて、母体特性と増悪(主要アウトカム)および吸入コルチコステロイド使用(副次アウトカム)との関連性を評価した。



結果:

・喘息を患う妊婦40,196人のうち、妊娠期間中の総増悪回数は約30%減少した。しかし、入院を伴う増悪回数は妊娠第2期および第3期に30~45%増加し、出産後に急激に減少した ➡妊娠初期、中期、出産期で喘息の重症化率が異なる。


・吸入ステロイド薬の処方量は、妊婦の31%で妊娠中に減少した。吸入ステロイド薬の使用量の減少は、妊娠前の喘息コントロール不良、年齢、人種、喫煙と関連していた。


・最も強い増悪リスク因子は、増悪の既往歴(調整オッズ比 4.09、95%信頼区間 3.81~4.39)、妊娠中の吸入ステロイド薬の使用量減少(調整オッズ比 2.29、95%信頼区間 2.12~2.47)、および妊娠前の吸入ステロイド薬と他の予防薬の年間処方回数が4回以上(調整オッズ比 2.11、95%信頼区間 1.87~2.37)であった。その他のリスク因子には、好酸球増加症、喫煙、肥満が含まれる。


・妊娠前の1年間に喘息の治療を受けることは、増悪を起こす確率のわずかではあるが有意な減少と関連していた(調整オッズ比0.91、95%信頼区間0.84~0.98)。


・妊娠中の喫煙に関する多重代入法を用いた感度分析では、喘息が悪化する原因となる。


・妊娠前に増悪歴のある女性のみを対象とした層別解析では、増悪の最大の危険因子は吸入薬ICS処方を使っていないことであった(調整オッズ比2.48、95% CI 2.30~2.68)



考察:

・妊娠中の増悪に関わるその他の危険因子には、高齢の母親、アジア系住民、肥満(BMIの上昇)、妊娠中の喫煙、不安やうつ病、経産婦などであった。


・妊娠中の症状悪化の変化は、複数の要因が関与している可能性が高い。ホルモン変化もその一因となっている可能性があるが、妊娠と喘息が異なる医療機関で管理されている場合に増悪を起こしやすい、とは結論されなかった。


・これまでの研究では、妊娠に関連した症状悪化の最も強力な予測因子は、妊娠前の喘息コントロール不良であった。


・妊娠関連の呼吸困難、または胎児の健康状態に対する母体と医師の懸念が高まるというデータは限定的である。


・一部の女性では、胎児の発育に伴い横隔膜が押し上げられこれによる肺の容量の減少、ホルモンの変化、あるいは出産後の母親が多忙となり、受診による喘息の治療を受けられる機会が減少する。


・ICSによる治療は喘息治療の基本であるが、高齢出産では使用が有意に減少しており、喘息悪化リスクが高まっていた。高齢出産での注意点である。


・妊婦の一部では妊娠が判明した段階で吸入器処方を完全に中止し、産後1年間は吸入器を使用せずに過ごした例があった。

 ➡この理由は、以前に活動性喘息があったが自然寛解したか、喘息の診断が誤診であったことを示唆しており、地域社会での喘息に対する過剰治療と誤診の有病率が高いことを示す研究を裏付けている。

 ➡入院を要する重度の増悪、産後に入院の著しい減少が、統計的にみられた。その理由は、産後は異なる医療機関で管理されており、それまでの治療方針が変更となり、増悪の傾向がそれ以前とは異なる判断となった可能性がある。


・妊娠前の血液好酸球数を妊娠関連増悪のバイオマーカーとして検討した研究は少ない。著者らの既報では、好酸球数の増加が喘息悪化に関し36%のオッズ増加と関連しており、これは妊娠中の喫煙と同程度のリスクであることを指摘した。


・妊娠における呼気一酸化窒素などバイオマーカーの役割は依然として不明確である。呼気中一酸化窒素のデータを用いた妊娠中の無作為化比較試験では、症状に基づくアプローチと比較して増悪が減少した。しかし、事後解析では好酸球性増悪の減少は認められなかった。これは、妊娠におけるバイオマーカー指向戦略のさらなる検証の必要性を強調している。




  喘息は幼児期から高齢者までどの年齢層においても新しく発症する可能性があります。他方、すでに喘息が発症している場合には重症度がどのように持続するかは、個別的に異なっており、長期の治療方針の見通しを難しくしています。本研究は、妊婦に焦点をあてた論文ですが結論は従来と大きな隔たりはありません。しかし、妊娠前の喘息のコントロールのあり方が重要であるという結論は、極めて納得できるものです。妊娠中の管理が産婦人科医により行われ、喘息が内科あるいは呼吸器内科医により行われる可能性が高いので両者間の緊密な連携が大切になります。

  妊娠の初期では、胎児に与える影響がより重視され、後期では無事、出産が終わるよう母体への影響が重視されます。妊娠中は、継続しなければならない薬剤の使用が、患者が胎児に与える影響を心配し、自分の判断で中止する例をしばしば診ます。妊娠中の薬の使用についてはほぼ全ての薬で安全性の範囲がデータによって報告されています。心配な場合は、自分で判断せず、医療者に相談しましょう。さらに、妊婦では喘息だけでなく、睡眠時無呼吸症候群の悪化がみられ、これが高血圧を悪化させることも知られています。喘息の場合と同様、担当医間の情報の共有が大切です。

 5月5日のWorld Asthma Day (国際喘息記念日)を迎えるにあたり、改めて日頃の難問、喘息に向かい合いたいと思います。



参考文献:

 

1. 2026 Global Strategy for Asthma Management and Prevention

(https://doi.org/10.1183/13993003.02244‑2026)

 

2. Lee, B. et al.

Pregnancy, asthma and exacerbations: a population-based cohort. Eur Respir J 2025; 66: 2501327 [DOI: 10.1183/13993003.01327-2025].

 

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