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No.306 横隔膜の働きとその病気:高齢者の呼吸器疾患の鍵

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 4月30日
  • 読了時間: 11分

更新日:5月8日

2025年4月30日


   しゃっくりは、横隔膜の痙攣であり、日本語では吃逆、英語では、hiccupと呼ばれています。「ヒック」という音は、いかにも起こる状況を描写しているようです。

授乳中の乳児は、しゃっくり、げっぷ、により、母乳を飲む能力を増加させ、肺を守っているとも言われます。


 横隔膜は、解剖学的には、胸部と腹部の境目、すなわち肺、心臓の胸郭内の臓器と腹腔内にある消化器系の臓器との境界にある一つの臓器です。心臓は、自動運動ですが、肺は横隔膜の力を借りて動かされているいわば受け身の臓器です。横隔膜の病気は、肺が行っている呼吸運動の障害を起こします。その結果、息切れや咳を起こす原因となることがあります。喘息やCOPDによく似た症状を起こすことでも知られており、また、喘息やCOPDの患者さんの合併症として横隔膜の運動障害はしばしば、診ることがあります。しかし、その診断と治療法の選択は、高度の判断を必要とします。


 横隔膜の仕組みと働き、その病気はどのような症状や障害を起こすのか、文献[1]に従って内容を紹介していきます。




Q. 横隔膜の医療上の問題点は何か?


・横隔膜の機能障害は主に呼吸困難(労作時、または重症の場合は安静時)、起座呼吸、睡眠時呼吸障害、過眠などの呼吸器症状の原因となる。


・診断技術の進歩にもかかわらず、横隔膜機能の体系的な評価は、臨床現場によって依然として⼀貫性がない。


・横隔膜疾患の早期発見と管理を促進するための診断法と治療法の進歩が必要である。




Q. 横隔膜の構造と機能は?


・横隔膜は、胸腔と腹腔を隔てる筋肉と腱から成る構造であり、呼吸に関与する主要な筋として重要な役割を果たしている。


ドーム状の形状をしており、胸部レベルでは肺を取り巻く胸膜に、他方、腹腔側では腹膜に接している。ドームの形状は重要であり、平坦化すると、十分な筋力を発揮できなる可能性がある。




Q. 横隔膜の構造と機能は?


・構造的には、主に末梢に位置し肋骨と接する筋部と、より中心部に位置する腱部から構成されている。


・横隔膜が下胸壁に接する領域は、付着部と呼ばれる。




Q.  横隔膜の障害とは何か?


・解剖学的レベルでは、神経系の障害(中枢または末梢)、神経筋接合部の問題、または横隔膜の筋肉部分の病気に分類される。


・神経系および中枢神経系の問題として脳血管障害(脳梗塞または脳出血)により、その障害部位に応じて、横隔膜機能障害を引き起こす可能性がある。


・片側の横隔膜は脳の対側運動野によって制御されており、大脳皮質に影響を及ぼす脳卒中の場合、障害された片側横隔膜は脳損傷を起こした側とは反対側の運動障害を起こす。すなわち、左の脳血管障害は、右横隔麻痺の運動障害を起こす可能性がある。


脳卒中による横隔膜異常➡脳卒中後の患者の52%に病変の反対側の横隔膜機能障害が見られ、その半数以上では、その後6ヶ月以内に呼吸困難、起座呼吸、痰の排出困難などの症状を経験したとの報告がある。


・横隔膜は換気において極めて重要な役割を果たし、吸気仕事の最大80%を占める。極めて疲労に強い筋肉である。通常の運動の範囲で横隔膜疲労を生ずる可能性は少ない


・構造上の特徴は、他の骨格筋と比較して、遅筋線維(タイプ1 ‒ 疲労に強い)の割合が高いことによる。他の骨格筋は、速筋線維(タイプ2 ‒ 解糖系で、より疲労しやすい)の割合が高い。この構造により、横隔膜は睡眠中も含め、⼀日中、継続的に収縮することができる。


横隔膜が収縮するリズムは、脳幹の呼吸中枢にある独自の自然の「ペースメーカー」によって調整されている。骨格筋の中では、唯⼀、この機能を持つ。


呼吸中枢は、化学受容器からの求心性刺激に反応する橋と延髄の間のニューロン相互作用によって制御されている。横隔膜の運動神経支配は横隔膜神経によって行われ、横隔膜神経は頸髄(C3、C4、C5)の根元から両側に走行する。


・横隔膜神経の障害では、横隔膜の可動域が狭まり、効果的な咳嗽に必要な陽圧が制限されること、呼気筋の機能不全、咳嗽反射の低下などの原因となる。


脳卒中やその他の病変が内包または脳幹レベルで発生することもあり、換気駆動力や呼吸の自動制御に影響を及ぼし、結果として横隔膜機能不全につながることがある。


多発性硬化症(MS)は、脳または脊髄の特定の領域に関わる神経線維に脱髄斑が形成されることを特徴とするが、呼吸筋への神経インパルスの発生または伝達に関わる領域、特に横隔膜に脱髄が及ぶと、呼吸筋の筋力低下が始まる。MSの初期段階では横隔膜機能障害はまれであるが、病気が進行するにつれて、他の呼吸筋が既に筋力低下した後に、横隔膜機能障害が頻繁に発生するようになる。これらの症状は非特異的であるため、横隔膜機能障害の発生率を推定することは困難であり、診断が遅れる可能性がある。


横隔膜の機能障害は患者のQOLに重大な影響を及ぼし、重症例では生存率にも影響を及ぼす。




Q. 横隔膜と疾患の関係は?


横隔膜機能障害とは、横隔膜が収縮して必須の呼吸機能を果たす能力のあらゆるレベルの障害を包含する広い用語である。


・横隔膜機能の完全な喪失は横隔膜麻痺と呼ばれ、例えば、頸部の脊髄損傷や、神経筋疾患または他の全身的疾患で見られる。



図1 横隔膜の障害で生ずる疾患


出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正


 大きく分けて、中枢神経系、末梢神経系、運動ニューロン系、神経筋接合部、横隔膜の病変に大別される。中枢神経系では脳血管障害の後遺症として横隔膜の運動障害を起こす。重症の喘息やCOPDでは、肺が膨らみ過ぎ(過膨張)となる結果、ドーム状の構造が平坦に引き延ばされ、その結果、筋肉運動としての効率が著しく低下する(図2)


図2 健康状態とは異なる胸腹式呼吸。


出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正

1)    吸気呼吸中の横隔膜の正常な収縮➡収縮に伴い、横隔膜は尾側(足もと方向)に移動し、腹圧が上昇して胸腔内圧が低下する。その結果、腹部が外側に移動し、肺胞内圧が低下して肺を膨らませる空気の流入が促進される(図2a)

2)    横隔膜機能不全➡横隔膜機能不全の場合、横隔膜は吸気時に収縮する能力を失う。

そのため、胸郭が拡張すると、横隔膜は頭側に移動し、腹圧が低下し、胸郭拡張時に腹部が内側に移動する。この逆説的な腹部の動きは、横隔膜機能不全の吸気相、特に仰臥位で起こることが特徴である(図2b)




Q. 横隔膜の疾患の予後はどのように決まるか?


・全体として、横隔膜機能障害の予後と自然経過は、その基礎にある病因によって異なる。


・換気駆動力の変化、筋力の低下、呼吸運動において胸壁コンプライアンス(胸壁の動きやすさ)の低下など、加齢に伴う呼吸器系の変化も、これらの患者における低換気の⼀因となる可能性があるため、考慮に入れることが重要である。




Q. 横隔膜病変の診断は?


診断では、画像検査呼吸機能検査を補完する臨床評価が必要である。胸部X線検査、透視検査、超音波検査は、横隔膜の動きと可動域の評価において極めて重要であり、機能不全の種類と重症度に応じて感度と特異度が異なる。


・超音波検査は、高い感度と特異度を備えた非侵襲性の検査であり、横隔膜の厚さ、肥厚率、可動域を測定し、病気の進行と治療への反応を経時的にモニタリングすることを可能にする。


・機能障害の疑いは、通常は、原因不明の息切れの場合の診断過程あるいは、胸部X線像などの画像検査で横隔膜の上昇が偶然発見される。


・神経筋接合部における神経刺激の伝達を阻害する疾患も、横隔膜の機能障害を引き起こす。


・横隔膜神経は免疫介在性プロセスを介して横隔膜機能不全を引き起こし、最大30%の症例で人工呼吸器を必要とする横隔膜機能不全および呼吸不全につながる。

感染症(ライム病、水痘、帯状疱疹ウイルス感染症など)は、重症例において横隔膜神経障害を引き起こし、呼吸不全につながる可能性がある。

診断は、⼀般的に臨床評価、画像検査、肺機能検査によって行われる。


・アシドーシス、特に急性呼吸性アシドーシスは、主に細胞内pHの低下を通じて横隔膜機能に悪影響を及ぼし、横隔膜の収縮力を弱め、筋疲労を悪化させる。


・患者が訴える症状と横隔膜機能障害の重症度は、病変の解剖学的レベルと片側性か両側性かによって決まる。




Q. 横隔膜病変の治療は?


・治療戦略は、根本的な病因と重症度に応じて異なり、保存的治療から外科的縫合術や横隔膜ペーシングなどの介入まで多岐にわたる。


・人工呼吸器による換気補助、特に非侵襲的換気は治療において極めて重要な役割を果たし、片側性および両側性の機能不全を問わず、肺機能と患者の生命予後を改善する。


横隔膜の曲率半径は、吸気時に効果的に収縮する能力の重要な要素である。

注目すべきは、腕神経叢の損傷は横隔膜神経にも損傷を引き起こす可能性があることである。これは、これらの神経構造が近接していることと、それらの間を、線維組織を介して接続していることの両方によるものである。


横隔膜の平坦化を引き起こし、この曲率半径を減少させる病態は、横隔膜筋に機械的な不利な状況をもたらし、収縮能力を低下させる。これは、COPDや喘息など、肺過膨張を引き起こす疾患で観察されるが、しばしば過小評価されている。


重症のCOPD患者では、栄養失調や酸化ストレスを伴う全身性炎症を呈することが多く、これが横隔膜機能をさらに障害する可能性がある。


筋肉病変は、ミオパチーと呼ばれるが、炎症性ミオパチー、代謝性ミオパチーなど、いくつかのミオパチーは横隔膜機能を障害し、呼吸不全を引き起こす。


筋ジストロフィーは、筋肉の構造と機能に必須の遺伝子の変異を特徴とする遺伝性疾患のグループであり、重症度と進行速度はさまざまであるが、骨格筋の衰弱を引き起こす。横隔膜を含む呼吸筋の障害は、これらの疾患のさまざまな段階で発生する。典型的には歩行能力の喪失をきたす。


・代謝性ミオパチーでは、筋肉の代謝の機能不全を特徴とし、筋肉によるエネルギー産生とエネルギー利用の変化につながる。グリコーゲン貯蔵障害、脂肪酸酸化障害、プリン代謝障害、ミトコンドリア障害などがある。これらのうち、横隔膜機能不全を含む換気筋力低下は、発症が遅いポンペ病があり、呼吸不全が初期症状となることもある。


・重症患者においては、全身性ミオパチーによる横隔膜機能障害が機械的人工呼吸器からの離脱困難の主な原因であり、人工呼吸器の長期化と筋力低下の悪化につながり、悪循環を引き起こす。


栄養失調、ステロイド療法、代謝異常(低リン血症、低マグネシウム血症、低カリウム血症など)といった因子も、特に他の素因となる病態と併存する場合、横隔膜機能障害の⼀因となる。




 加齢に伴う心身の衰えた状態は、英語ではFraility、わが国ではフレイルと呼ばれ、老年医学の分野では研究が急がれる中心的な課題となっています。筋力が低下し、移動が困難となり、バランス障害が原因となり骨折、転倒のリスクが高くなります。このような全身性、進行性に生ずる骨格筋の障害はサルコペニアと呼ばれており、フレイルと密接に関係しています。サルコペニアは1989年、Rosenbergにより提唱された概念で、筋肉(サルコ)と減少(ぺニア)をつなげた造語です[2]。低栄養は、消費エネルギーを低下させ、同時にサルコペニアの原因となり、並行して起こる基礎代謝の低下がさらに悪化させていきます。

 本論文で、指摘されていますが脳卒中後の患者さんの52%に病変の反対側の横隔膜機能障害が見られる、という指摘は極めて重要です。寝たきりで認知症も加わり、呼吸困難を正確に訴えることが少なく、低酸素状態となり、かつ誤嚥しやすくなるからです。脳卒中後に肺炎を起こす頻度は極めて高いことが知られています。医療者、介護者は、寝たきりの患者さんを診たときに、この評価を行い、注意点を知るべきでしょう。


 筋力の低下は転倒、骨折の原因となりますが横隔膜に生ずるサルコペニアについてはあまり知られていません。ここに紹介した論文[1]でも横隔膜に生ずるサルコペニアについては言及していませんが、重症のCOPDや高齢者の重症喘息では、横隔膜病変は、次第に生活レベルを低下させていく重要な因子です。横隔膜の障害による労作中の息切れは、治療として吸入薬を使ったり、あるいは薬の組み合わせだけでは解決できません。手足の筋力アップとともに、横隔膜筋力を強めていかなければ全体的な治療とはなりません。


 身体的フレイルの評価基準は、体重、筋力、疲労感、歩行速度、身体活動度の5つの評価項目からなっています。6か月間で2㎏以上の体重減少、握力の低下(男性28kg以下、女性18㎏以下)、わけもなく疲れた感じ、歩行速度が1.0 m/秒以下、週に一度も運動をしていない、ことで疑われます。

 横隔膜のフレイルは評価が難しく、治療も容易ではありませんが、日常的な診療の中で改善を目指すものでなければなりません。


 高齢者のCOPD、喘息はフレイルを避け、あるいは改善させるための治療のうえで目標が立てられていなければなりません。

 



参考文献:

1.     Filipa Jesus,F. et al.

Diaphragm dysfunction: how to diagnose and how to treat?

Breathe 2025; 21: 240218.


2.フレイルハンドブック、2022年版、監修:荒井秀典、編集、佐竹昭介、ライフサイエンス社、2022年。


※無断転載禁止

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