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No.325 超高齢者の健康をどう守るか – 先端医療が抱える問題点の解決

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 9月16日
  • 読了時間: 10分

2025年9月16日


 9月15日は敬老の日です。全国で100歳以上の高齢者数は、2025年9月1日時点で約10万人であり、前年比では約4,600人の増加と報告されています。男女別では、女性が全体の88%を占めており、圧倒的に女性優位です。厚労省では平均寿命だけでなく、生き生きと暮らせる健康寿命の延長を重視しています。2022年の健康寿命は、男性が72.57歳、女性が75.45歳でした。「健康で医療や介護が不要となれば社会保障費の減少につながり、国民の健康増進が進み、一石二鳥の効果」と期待されています(読売新聞、2025年9月13日)。


 高齢者の医療問題は、医療技術とそれを実現、応用する医療チームによって進められてきました。しかも守備範囲は、病院よりも在宅での生活重視に変わってきており、医療チームの構成も多様化しています。問題は、受ける側の患者さんの希望が医療現場に立つ医療者の理解、行動と一致しているかどうかです。

 私もその会員の一人ですが、日本老年医学会が、医療従事者の「立場表明」を13年ぶりに改訂しました。本人の意向や意思を尊重することが盛り込まれています。また、「認知症疾患診療ガイドライン」のパブリック・コメントを求めています。こちらは、約500ページに及ぶ大部であり、最終版の完成までには相当の議論が必要なことを予想させます。


 ここで紹介する論文は、米国、ハーバード大学付属病院、マサチューセッツ総合病院で経験された実際の討論内容であり、同グループが編集を担っているNew England Journal of Medicineの最近号に報告されたものです[1]。ここでは、日頃は、第一線の医療科学情報を報じている同誌が、わが国でも共通の問題となっている高齢者特有の問題を取り上げています。

 労作時の息切れを訴え、苦しさで日常生活が困難となった93歳女性の疾患にどのように対処したかの議論を紹介します。高齢者の息切れは、複数が共存することも少なくなく、呼吸器疾患か、循環器疾患か、それとも貧血、腎不全など、多彩な原因が複雑にからみあっています。しかし、成人の場合とは異なり、検査方法とこれに基づく治療方針がガイドラインに決められたように実施することが難しいことをしばしば経験します。呼吸器疾患の中では、具体的には高齢者に多いCOPDという病気が相当します。労作時の息切れが多いのですが、高血圧や不整脈、心不全の合併症が共存していることが極めて多いのです。

 本論文は、討論では、患者さんの具体的な希望、考え方を紹介し、選んだ治療法が先端治療を選択するよりも良かった、という結論に至りました。

 ここでは治療の選択に至る専門的なデータや考え方は割愛し、患者さんの判断を重視した経緯を紹介します。




Q. 討論の対象となった症例の概略は?


事例発表

93歳の女性が呼吸困難のためかかりつけ医を受診した。治療方針を決定するため、マサチューセッツ総合病院に転院となり詳しい検査を受けることになった。

1か月前までは、日常生活動作に関して自立し、毎日軽い運動に参加するなど、通常的には年齢相応の健康状態にあった。

今回の受診の7年前に、頸動脈に収縮期雑⾳が聴かれたため、心臓超音波検査が行われ、大動脈弁狭窄症と診断されていた。

 

 注)大動脈弁狭窄症:

心臓の左心室から全身に血液を送り出す大動脈の要にあたる心臓の弁の一つがきちんと開かず、血液を送り出しにくくなってしまう疾患である。進行すると、狭心痛や心不全などを起こす。また、本例のように安静時でも息切れの症状が現れ、最終的には突然死にいたることがある。無症状の時期が長く続き、症状が現われるようになってからは、予後が不良と言われる。


病歴:

・5年前には変形性関節症により人工膝関節全置換術を行っている。今回の入院では心臓超音波検査による詳しい検査がされた(データ省略)。


・患者の呼吸困難はゆっくり悪化傾向にあり、過去1か月間では着実に進行した。以前はダンスや毎日の散歩などの身体活動の定期的なスケジュールを維持していたが、息切れのためこれらの活動に参加できなくなった。


・胸痛、動悸、体重増加、脚の腫れ、起立したときの息切れはなく、夜中に息切れで目が覚めることもなく、下血や便に血が混じらなかったと報告した。


・その他の病歴として、慢性腎臓病、2型糖尿病、両耳の感音難聴(補聴器を使用中)、橋本甲状腺炎による甲状腺機能低下、ビタミンB12欠乏症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、うつ病がある。


・17年前に多発血管炎を伴う肉芽腫症と診断され、シクロホスファミドで治療され、続いてアザチオプリンと低用量のプレドニゾンで治療され、現在、服薬は継続しているが症状は安定している。


・夫は、ホスピスで治療を受けた後に死亡している。患者は現在、施設入所中である。


・胸部のX線写真では、大動脈弁の石灰化が見られる(写真:矢印で示した部分)。


出典:文献1より一部修正。
出典:文献1より一部修正。



Q. 近年、進歩した大動脈弁狭窄症の治療方針とは?


・開胸して大動脈を人工弁に交換する手術に代わり、カテーテルによる経カテーテル大動脈弁置換術 (TAVI) による選択肢が増えた。その方法、およびこの特定の患者による好み、価値観、および手術後のケアの目標が含まれることになってきた。


大動脈弁狭窄症は、中等度から重度に確実に進行し、その後さらに心不全などに進行する。平均して、大動脈弁狭窄症の患者では、平均圧差の勾配は年間 4.1 mm Hg増加する (大動脈弁狭窄症が進行するにつれてさらにこの差は増加していく)。大動脈弁面積は年間予測で0.08cm減少する。


・過去のデータは、大動脈弁狭窄症が無症候性の重症から症候性の重症に進行するまでに2~5年かかる。しかし、近年のデータでは、進行まで実際の時間はより短い可能性があることを示唆されている


・臨床監視またはTAVIによる早期介入のいずれかを受けるように無作為に割り付けられた無症候性の重度大動脈弁狭窄症患者を対象とした最近の試験の結果は、無作為化から介入への転換までの期間の中央値は、サーベイランス群の患者でわずか11.1か月であることが示された ➡治療なしでは2年以内に、これらの患者の約70%が、症状が進行性に悪化しTAVIを受けた


・無症候性の重度の大動脈弁狭窄症から症候性の重度の大動脈弁狭窄症への予測可能かつかなり急速な進行は、診断がついた早い段階で患者を治療する戦略を立てる必要がある。


・重度の大動脈弁狭窄症は、上流の心臓損傷(心室線維症、心房拡大、肺高血圧症、または右心室機能障害など)を引き起こす可能性があり、大動脈弁狭窄症の二次的影響が発生する前に早期に介入することは、TAVI後の臨床的および健康状態の転帰の改善に関係する➡しかし、現在の証拠を考慮すると、無症候性患者を注意深く監視する戦略は依然、高リスクであり、なるべく早めにTAVIを実施することが望ましい。




Q. 高齢患者に対するTAVI治療とは何か?


経カテーテル大動脈弁植込み術(TAVI)の適応

・外科的な治療が困難な症例に対して有効な治療方法である。外科的手術とTAVIの解剖学的リスクの2つの側面から検討し、治療の選択をしていく。


・TAVI治療は外科的手術でのリスクが高い患者への治療で、おもに高齢者を対象としており、なかには90歳以上の患者もいる。超高齢患者に対するTAVI治療と保存的加療の明確な境界線は存在しない。そのため、患者や家族の希望、介護サポート力の程度を確認し、医師をはじめとして多職種間で共有することが大切である。

 



Q. この患者に説明されたことと患者が希望したことは何か?


以下は患者の言葉である。


・息切れを感じ始めたとき、それが深刻な心臓弁の問題の発見につながるとは思っていませんでした。私は何年も心房細動と心雑音を患っていましたが、さらに重度の大動脈弁狭窄症を患っていることを知って驚きました。


・93歳のとき、リスクを伴う弁置換術の選択肢を熟考したとき、その選択は治療か終末期の決断かのどちらかだと考えました。バルブを交換しなければ、私の予想寿命2年になります。しかし、脳卒中やその他の合併症などが起こるかも知れないという説明を聴き、手術を受けるリスクから、手術は私にとって価値がないと感じました。


・私は、人間の人生が無常であるという理解、高齢であること、そして人生の充実、つまり愛情深い家族への感謝に基づいて、TAVIによる治療を断念することに決めました。


・親しい友人や、コミュニティの中での継続生活、ケア・コミュニティでの住まい、教育、社会正義、権利擁護活動における機会、そして現在、優れたヘルスケアを受けていることを考えました。


・私の意思決定に影響を及ぼしたその他の要因は、移民として苦労した両親の子供であることと、同じような境遇の患者が直面するが医療制度の改善をナビゲートするのを手伝うことでした。母の強さ、恐れ知らず、実践的な感覚をも考えました。私の愛する教会コミュニティを参考に、そして、東洋の宗教(仏教)における生命観を研究しました。また、これまで30年近くヨガの教えと実践してきたことも参考となりました。


・創造性、生成性、遺産構築、社会的つながりが求められる最後のライフステージを含む、エリック・エリクソンの8つのライフステージに関する人間発達理論の影響を思い浮かべました。


・心臓専門医は弁置換術を勧め、それについて好意的に話してくれましたが、彼女はいつもそれが私の選択であることを必ず思い出させてくれました。私はずっと尊敬され、サポートされていると感じました。今でもヨガをしたり、散歩をしたり、ダンスのクラスに通ったりしています。しかし、TAVIは希望しませんでしたが、経過で息切れはもうなく、ありがたいです。振り返ってみると、後悔はない。


・この決断は私の価値観を反映しており、私が受けたケアと、自分にとって正しいと感じた選択をする自由に感謝しています。


・実際的なレベルでは、患者の聴覚能力に注意を払うことをお勧めします。診察中、私は時々医師の話を聞くのに苦労し、息子が私の心臓病についての訪問に加わり、会話をよりよく聞くことができるようになるまで、自分の診断を完全に理解できませんでした患者の理解を確実にするために、医師が診察の最後に診断と推奨事項の要約を書面で提出することをお勧めします。最後に、もう一つの非常に現実的な考慮事項は、医師がゆっくりと慎重に話すことです。




Q. 日本老年医学会の「立場表明」とは?


(朝日新聞、2025年9月14日)による。


人生の最終段階の定義:

1.病状や老衰が不可逆的で死が避けられない医学的な状態。

2.本人の人生全体を眺めたとき、人生の物語の最終章と考えられ、本人の意向を尊重してもそう考えられることができる場合。


具体的には以下の各項目を含む。

・年齢による差別(エイジズム)に反対。

・緩和ケアを一層推進。

・本人の意思と意向尊重。

・人権尊厳、文化を尊重する意思決定支援を推進。

・多職種のチームによる医療・ケアの提供を推進。




  多忙を極める医療現場で最新的な治療法の選択について患者さんに選択を迫ることは、日常的に多いと思われます。私が診療にあたっている患者さんの中にも90歳以上で、しかもお元気で日常生活を楽しんでいる方が多くなりました。93歳のこの患者さんが人生の最期に近い段階で、進歩した医療の中で、自分で最終的な判断をした時の気持ちを伝えています。伴侶を失った環境で難しい専門的な説明を聴き、最終的には自分で判断するに至る気持ちが表れています。その判断に至るまでには、この患者さんが経験し、考えてきた人生遍歴が背景にあります。高齢者であればあるほど、個別性の範囲が広がります。しかし、親身になって相談できる身内は少なく、また現実の問題点として医療費の負担や、他に併存する病気が予想もせず悪化することもあり得ます。


  これまでは、患者さんに判断をお聞きするのは癌など悪性腫瘍の場合が大半でしたが、将来は、TAVIに匹敵するような新しい治療法の選択肢が増えると思われます。

  公平で、しかも医療の先端情報を踏まえたものであり、また適時にそれが使われる新治療法は増えることでしょう。その時に応じた的確で正確な医療情報がつねに提供されるよう、しかも効率的で医療費負担を踏まえた説明が必要となる機会が増えてきています。高齢者を受け入れる医療者側のトレーニングは、まだ途上にあると考えます。




参考文献:


1.     Arnold SV. et al.

Case 25-2025: A 93-year-old woman with dyspnea and fatigue.

N Eng J Med 2025; 393: 1017-1024.


※無断転載禁止


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