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No.312 なぜ高齢者の肺炎は重症化するのか?

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 6月20日
  • 読了時間: 11分

2025年6月20日


 巨人軍の選手、監督として偉大な足跡を残した読売巨人軍の終身名誉監督であった長嶋茂雄さんは、6月3日、89歳で逝去されました。脳梗塞で倒れた後も、ファイトにあふれる現役時代のプレースタイル同様に、最期まで不屈の闘志で病と向き合った生活は、野球フアンだけでなく、同じような病気で日々、闘病生活をおくっている人たちにとっても大きな励みになりました。身体に麻痺を残した生活は自身が不自由であり、また外見を過度に意識して閉じこもりきりの生活になりがちです。往年の長嶋さんを知っている世代にとっては病気をもって高齢期を過ごす生活の一つの在り方を、身をもって教えていただいた気がします。心からご冥福を祈ります。

報道によれば、5月下旬に肺炎が悪化し、血圧が下がりながらも驚くほどの回復力を示されたということです。


 日本呼吸器学会では、肺炎のガイドラインを決め、医療における基本的な考え方を提示しています[1]。肺炎は、自宅で普通の生活をおくっている人がかかる市中肺炎、重い病気で入院中に肺炎を併発する院内肺炎に大別され、さらに老人ホームなどの入所中に肺炎を起こす施設型肺炎があります。それぞれの治療方針が異なるためです。


 戦後、抗生物質(抗菌剤)の開発が急速に進みました。肺炎は抗生物質で治癒できる時代に入っていることは間違いありませんが、残念ながら肺以外の多くの臓器に加齢変化が加わった状態では、強力な抗生物質を使用しても治癒しきれないのが現状です。

高齢者に多い、市中肺炎は、日常的に診られる病気です。ここでは、高齢者の肺炎の基本的な治療を解説した最近の論文に基づき解説を加えます[2]




Q. 治療が難しい肺炎の例とは?


・以下の具体例をあげている。


・COPDの診断で治療中の66歳、男性の例。発熱、呼吸困難、咳、膿性痰が2日間続いたので救急外来を受診。彼は、発熱の3日前に呼吸困難の悪化に気づいていたが自分の判断で経過をみていた。6か月前にはCOPDの急性増悪のエピソードを経験している。


・今回の受診時の症状は、軽度の呼吸困難と軽い意識障害があり、特に時間に対する見当識の障害がみられた。

➡高齢患者では急性期にそれまでと異なる環境に置かれると一時的に場所や時間の感覚がついていけなく譫妄(せんもう)状態がみられることがある➡特に集中治療室などで起こりやすい。


・その時の体温は38.6℃心拍数は毎分100回と速かった。血圧は140/85mmHg、呼吸数は毎分24回、周囲の空気を吸っているときの酸素飽和度は92%と軽度の低下あり。肺の聴診では、右中肺野に粗い雑音が聴かれた。

胸部X線撮影では、雑音部に一致して、右上葉の浸潤影がみられた(図1)。


図1

出典:文献2を一部修正。
出典:文献2を一部修正。

白血球数は14,000と増加、血小板数は159,000、肺炎の目安となるプロカルシトニンは5.4ng/ミリリットル(正常範囲、0.00〜0.05)。

マルチプレックスウイルスパネルは、呼吸器合胞体ウイルスに対して陽性であった。

➡以上より呼吸器合胞体ウイルスの感染による肺炎と診断され、治療が開始された。




Q. 市中肺炎の頻度とは何か?

 

市中肺炎は、地域社会で暮らす人が肺の実質に感染を起こす肺実質の急性感染症である。癌など他の疾患の入院治療中に発症した院内肺炎とは区別する。


・米国では、市中肺炎は入院と死亡の主な原因の1つであり、毎年約600万人の症例が報告されている。米国における市中肺炎による入院の年間発生率は、人口10万人あたり約650人の成人であり、毎年150万人が入院治療を受けている。




Q. 高齢者の市中肺炎のリスクは何か?


・高齢、慢性肺疾患、慢性心疾患、心血管疾患、糖尿病、栄養失調、ウイルス性気道感染症、免疫不全状態、喫煙や過度のアルコール摂取などのライフスタイル要因が含まれる➡高齢化だけが原因ではない。多種の慢性疾患の共存がリスクを高くする。




Q. 市中肺炎の診断と治療法の原則は?


診断は、肺炎に適合する症状と身体の徴候に基づいて行われ、胸部X線所見、必要に応じて胸部CT画像検査による新たな浸潤影に加えて血液生化学検査が診断の根拠となる。


・外来受診の患者では、軽症の市中肺炎のほとんどは、肺炎の原因となる細菌の診断検査なしで経験的に治療できる。ただし、新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2)とインフルエンザの検査を行う必要がある。




Q. なぜ肺炎が起こりやすくなるのか?


・肺炎の発症は、身体の状態(宿主の感受性)、肺炎を起こす病原体の強さ(病原性)、細い気管支から肺胞に到達する微生物の種類など、さまざまな要因の組み合わせによって影響を受ける。




Q. 肺炎を防ぐ肺の構造とは?


・呼吸器病原体が、肺胞に容易に到達しないように呼吸器系のいくつかの防御メカニズムがある➡これら防御機能には、細菌を含む唾液など粘液の落ちこみの防止機能、気道の表面を覆う細胞がもつ粘液線毛クリアランスの機能維持。


・異物を外に吐き出すのに必要な咳反射、誤嚥を防ぐ適切な嚥下機能がある。




Q. 病原菌が細気管支、肺胞に広く落ち込むのを防ぐ働きとは?


・病原体は、睡眠中によく発生する少量の中咽頭分泌物の吸引を含む微小吸引が問題を起こす➡食事の際の誤嚥だけが原因ではないことに注意する。


・嘔吐などの際の大吸引(大量の中咽頭または上部消化管内容物の吸引)、あるいは微量な細菌が血液中に入り込む血行性拡散によって肺胞に到達する可能性がある。


微小吸引は微生物が肺に入る主要な経路であり、嘔吐に伴う誤嚥は異物の吸引として誤嚥性肺炎につながる可能性がある。


肺胞マクロファージは、健常な肺の主要な防御メカニズムをもつ細胞である。さらに、肺内はいわゆる善玉菌といわれる肺マイクロバイオームが多種、存在し、抗菌分子を産生したり、有害細菌の栄養素を奪い合ったりすることにより防御機構に貢献している。




Q. 病原体が拡散していく機序は?


・病原菌➡肺胞の防御機構を突破➡病原体は増殖➡局所的な組織損傷を引き起こす。

➡その後、損傷した宿主細胞は、損傷に関連する分子パターンを産生➡肺胞マクロファージをさらに刺激➡サイトカインとケモカインを産生➡局所的な炎症反応を引き起こす。


・サイトカインが血流に流出➡全身性炎症反応が引き起こされる。


・炎症反応の変化➡血液所見、胸部X線所見などを引き起こす。


・一部の患者では、最初の全身性炎症反応が調節不全となる➡多くの組織の損傷、多くの臓器の機能障害を引き起こす可能性がある。




Q. 市中肺炎とは何か?


・多くの細菌、ウイルス、寄生虫などが市中肺炎を引き起こす可能性がある(表1)


表1 市中肺炎を起こす呼吸器病原体

出典:文献2を一部修正。
出典:文献2を一部修正。



Q. 市中肺炎の考え方の変化とは?


・市中肺炎は従来、肺の急性疾患と考えられてきた➡現在の理解では、急性および長期の後遺症を引き起こす可能性のある多臓器疾患であるとされている



図2 多臓器障害という見地からみた市中肺炎の経過

出典:文献2を一部修正。
出典:文献2を一部修正。


高齢者の市中肺炎は、1)多臓器にわたる潜在的な機能障害があり、それらの一部が短期間に悪化する場合、2)市中肺炎を発症することにより生じた多臓器の障害の時期がずれながら次第に範囲が広がっていく場合、がある。


・市中肺炎は、回復後も長期にわたる疾患や死亡に大きく関連している➡入院患者の約30%、集中治療室(ICU)への入院に至った患者の約50%で1年後に死亡している。




Q. 肺炎の治癒の見通しはどのように決まるか?


肺炎の重症度、肺炎以外の病気、低酸素血症の存在、在宅支援の適切性、きちんと指示されたように抗生物質を服薬しているかなど、多くの因子に依存している。




Q. 肺炎の重症度のスコアはどのように決められるか?

 

 市中肺炎の重症度の判定は、複雑で難しいので多くの医療スタッフが働く病棟では、分かり易くするためスコアを決めて評価にもとづき治療することがある。


・肺炎の重症度は、重症度スコアを使用して決めることができる。

➡最も一般的に使用される重症度スコアは、肺炎重症度指数(PSI)CURB-65(錯乱、尿素、呼吸数、血圧、および年齢≥65歳)を組み込んだスコアがある。


CURB-65スケール(範囲は0〜5)。

➡スコアは、肺炎により発症した錯乱の存在、血中尿素窒素レベルが19mg /デシリットルを超える、呼吸数が毎分30回を超える、収縮期血圧が90mm Hg未満または拡張期血圧が60mm Hg未満、および65歳以上の年齢に対してそれぞれ1ポイントを割り当てることによって計算される。


・CURB-65スコアが0または1の患者では外来治療が推奨。

スコアが2の患者には短期の入院または綿密な観察が必要。

スコアが3から5の患者には入院が推奨される。

➡総合的な視点で入院の必要性が判断される。


・さらに重症では、集中治療室での治療で人工呼吸器の使用やショックの存在など、さらなる基準に基づいている。




Q. 治療と治療期間は?


・抗生物質(抗菌薬)の投与と全身管理を並行して実施する。


・入院期間は、できるだけ短期間が原則である。


・通常、解熱し、さらに少なくとも48時間臨床的に安定した状態になるまで治療を継続する。通常は最低5日間継続する必要がある。ただし、状態が完全に安定している場合では、3日間が適切な治療期間である場合がある。免疫不全の状態、特定の病原体によって引き起こされる感染症(例:緑膿菌)、または重い合併症のある患者には、治療期間が延長となりうる。


・臨床的判断の補助としての血液中のプロカルシトニン値が、抗生物質療法の中止の目安になる可能性がある。


:プロカルシトニン値と並びCRP値が使われている。高齢者の感染症は肺炎と並び、尿路感染症が多いので簡便に肺炎、and/orとして判断するためにCRP値を測定することが多い。




Q. 退院とフォローアップの原則は?


・退院は、患者が臨床的に安定した状態にあり、経口薬を服用でき、継続的なケアのための安全な環境がある場合とする。


・発熱、呼吸困難、その他、全身の安定性と抗生物質が経口療法への切り替えができる場合には早期退院が推奨される。これは、入院に伴う不必要な入院費用と院内で過ごすリスクの軽減が目的である。


・早期の外来フォローアップのために、かかりつけ医との連携をとる。また、病院への再入院の可能性を減らすことができる。


注)わが国と異なり、欧米では入院期間は一般に著しく短い。わが国では、退院後に家族に引き継ぐ際に個人的な理由にまで踏み込み、短期間のリハビリテーションまでも治療の内容に加えることがある。




Q. 肺炎の予防策は?


・禁煙とアルコールの過剰摂取に注意する。


・将来に備え、インフルエンザ、肺炎球菌のワクチンは、推奨事項に従って投与する必要がある。




Q. 退院後のフォローアップは?


・退院は、患者が臨床的に安定した状態にあり、経口薬を服用でき、継続的なケアのための安全な環境がある場合である。


・早期の外来フォローアップのために、かかりつけ医への連絡と調整が奨励され、同じ経過で再入院とならないように配慮する。




Q. 当該患者の治療の方針は?


・冒頭に記載されている患者は臨床的に安定しており、CURB-65スコアは2。重度の市中肺炎(すなわち、譫妄)のマイナーな基準は1つだけであった。したがって、彼は一般病棟に入院し治療を受けた。呼吸器合胞体ウイルスに対して陽性であり、ウイルス性病原体が特定されたが、特にプロカルシトニンレベルの上昇があり、二次的な細菌感染が懸念された。アジスロマイシンとセフトリアキソンの静脈内投与による救急科で治療を開始した。継続的な抗菌薬の経口療法で退院した。外来でのフォローアップは、退院後1週間の受診予約となった。




令和5年度の日本人の死因調査(厚生労働省)は以下の通りでした。


  • 1位:悪性新生物(24.3%)

  • 2位:心疾患(14.7%)

  • 3位:老衰(12.1%)

  • 4位:脳血管疾患(6.6%)

  • 5位:肺炎(4.8%)

  • 6位:誤嚥性肺炎(3.8%)

  • 7位:不慮の事故(2.8%)

  • 8位:新型コロナウイルス感染症(2.4%)


 肺炎は死因調査では5位ですが3位老衰、6位誤嚥性肺炎、8位新型コロナウイルス感染症などは、いずれも肺炎を含む可能性があり、順位はさらに上がる可能性があります。

 高齢者人口が増加した現在、市中肺炎の予防と治療は呼吸器科だけではなく医療者の全体に共通する大きなテーマであり、さらに新しい考え方を提示した、という点で注目されます。

 

 この論文は、医療者に宛てた専門性の高い内容です。本論文がユニークな点は、高齢者の市中肺炎が多臓器疾患である、と記載していることです。ここでは述べていませんが、全ての臓器が同じように老化していくわけではなく時期的なずれもあります。高齢者の肺炎の治療が難しい理由がここにあります。近年の医療は、臓器別でしかも医療の専門性は各臓器別に高度に進化しています。本論文で取り上げている市中肺炎の問題は、専門分化がさらに進んでいく近年の医療の在り方にも警告となっています。高齢者の病気は、臓器別の視点と臓器が相互に連絡し合う全身的な視点の組み合わせが大切であることを示しています。さらに長嶋さんの行動がそうであったように障害をもっても積極的に社会活動に参加し、また社会も温かい目で障碍者を支えていく仕組みを作りあげるべきでしょう。


 高齢者の肺炎が重症化する理由は、多臓器の障害をもつという側面に加え自覚症状による早期発見が遅れがちになること、低栄養、全身の免疫反応の低下に加え、歩行障害による日常活動度の低下があり、誤嚥を起こしやすいという事情もあります。さらに、老老介護が多く、同居者もまた高齢者であるという不利な条件があります。新しい抗菌薬の開発が頭打ち状態の現在、適切な予防こそが最大の治療と言えます。また診る側への注意としては、部分から全体を、全体から部分の観察を忘れるべきではないと考えます。

 



参考文献:


1.成人肺炎診療ガイドライン2024、編集:日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2024作成委員会、日本呼吸器学会、2024年。


2.File, Jr.T.M. et al. Community-acquired pneumonia. N Eng J Med 2023; 389: 632-642.


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