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No.322 老化現象は、どのように考えられているか?

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 9月3日
  • 読了時間: 9分

2025年9月3日

          

 生物では、それぞれの種族の別に、寿命に幅があります。カゲロウのように産卵後の成虫では、数時間という極めて短いものから象のように長いものまで、生物の種類により、およそ決まっています。寿命を決める共通の現象は「老化」です。


 「老化」とは何か?広辞苑では、次のように記載されています。


 「1) 年をとるにつれて生理機能が衰えること。2)時間の経過とともに変化し、特有の性質を失うこと。ゴムが硬化・ひび割れ・軟化・粘着などを起こす類。劣化」。 

老化をゴムの変性に例えていますが、なるほど分かり易い説明と思えます。

 また、「老化現象」とは、「老化によって体に起こるさまざまな変化。基礎代謝・循環・呼吸・腎・神経・免疫などの機能が低下し、疾患にかかりやすくなる」。

 これらの記載よりも現在はどのくらい進んでいるのか?ヒトを含め、生物体の老化理論はどこまで進んでいるのか?


 2022年、Systems Aging Gordon Research Conference がカナダ、モントリオールで開催されました。Gordon Conferenceは、1931年に始まる歴史ある開放された会議です。同年の発表演題は44でしたが、発表内容は、まだ論文にまとめられていない初期段階を含むため、公表されていません。撮影や録音も禁止されています。参加者である老化の専門研究者が「老化」というテーマをどのように考えていたか、のアンケート調査が発表されました[1]。現在、必ずしも進んでいるとは言えない老化研究について研究者たちの意見や抱える問題点を知ることができます。

 



Q.参加者の内訳は?


・シンポジウムの招待者、参加者、学生。


・基礎老化生物学、トランスレーショナルジェロサイエンス、老年医学、栄養学、免疫老化、進化生態学、人口統計学、システム生物学、疫学、複雑系理論など老化に関連する多様な専門知識を持つ研究者44人が講演した。




Q.共同声明の内容は?


・老化の定義、原因、開始時期、そして若返りの本質といった根本的な疑問について、老化研究者の間でコンセンサスが得られていないことを浮き彫りにしている。


・本調査では、これらの問題について幅広い意見の相違があり、多数派の意見は存在しないことが明らかになった。これは、この分野において多様な認識とアプローチが存在す

ることを示している。


・しかし、この乖離は、研究活動を効率化するために、より明確な定義と目標の設定が必要であることを示唆している。


・会議開催時点での考え方を分類し、未解決の重要な疑問を特定することにより、これらの相違点に対処する方法を提案する。より統⼀された理解を得ることは、老化研究の進歩を後押しする可能性がある。




Q.大きな問題点は何か?


・老化とは何か?


・その原因は?


・老化はいつ始まるか?


・若返りとは何か?




Q.シンポジウムの内容は?


「我々は老化とは何かを知っているか?」という問いにつき討論した。

このテーマは、1970年、Kuhnにより指摘されたがなお不明の点が多いことが判明した。


・老化研究には、生物学から社会科学まで及ぶ広範な老年学パラダイムが存在する(Ferraro, 2018)。そのパラダイムは、因果関係、ライフコース分析、多面的変化、

異質性、蓄積プロセス、そして年齢差別という6つの主要な特徴がある。

➡ 今回のシンポでは年齢差別と因果関係に関する問題では合意に至らず。




Q. 老化とはどのように定義されるか?


多くの賛同を得たのは以下の3点。


1)時間的な経過で機能が低下すること。


2)時間的な経過で蓄積される損傷。


3)時間の経過で変化する多因子。




Q. 高齢化という概念で共通する考え方は?


1)共通する現象で実験が可能である。


2)老化は有害な現象である。


3)老化とは過程である。


4)老化は治療が可能である。


5)老化には開始の時期がある。


6)若返りは可能である。


7)暦年齢と生物学的な年齢は異なる。




Q.老化の定義は?


・回答を10のグループに分類。最も多かった回答(約30%)は、「老化とは時間の経過とともに機能が低下することである」というものであった。

➡意見の多様性は注目に値する。なぜなら、老化の定義はそれぞれ異なる戦略によって老化プロセスにアプローチすることになるからである。例えば、20歳から25歳までの期間では、男性の死亡率は上昇しないが、エピジェネティック老化時計などの分子的特徴や老化バイオマーカーは予測年齢の上昇を示し、この期間における機能変化の方向性は、どの機能を測定するかによって異なる。

➡これらの回答は、細胞老化と生物老化の区別に関してコンセンサスが得られていないことを示唆する。




Q. 老化研究者の中で人気のあるテーマは何か?


1)長寿介入(11件)、若返り/老化の逆転(10件)、老化の測定(8件)、胚および生殖細胞の若返り(6件)、老化のメカニズム(6件)に関するものであった。その他で、2~3件の回答があったトピックには、根本的な寿命延長、損傷の除去がある。


2)時間の経過とともに蓄積される損傷やその他の有害な変化。


3)広いカテゴリーでは、時間の経過とともに変化する多因子プロセス。


4)一部の科学者は、老化を全身の衰え、身体の衰え、あるいは加齢に伴う健康状態の悪化と捉えていた。


5)その他のカテゴリーは、理想的な状態からの移行、加齢に伴う死亡率と罹患率の増加、発達段階、プログラム、あるいは恒常性の喪失が挙げられた。




Q. 若返りとはどのように考えるか?


・この質問に対する回答は非常に多様であった。やや多かったのは、累積的な損傷の減少という広いカテゴリーであった。


・興味深いことに、若返りを機能の獲得と考える回答は、老化を機能の喪失と分類する回答の半分であった。


・その他、若い状態への変化、老化とは逆のプロセス、そして健康な若い状態への回復などがあった。7人の回答者は、若返りとは生物学的年齢の減少であると考えていた。


・その他、追加の回答カテゴリーには、より最適な状態への移行、劣化の逆転、罹患率および死亡率の低下、老化の特徴のリセット、恒常性の回復、老化プログラムの逆転、そして修復が含まれていた。老化を定義する回答と同様に、若返りは分子論的、生理学的、個体全体的、あるいはその他の観点から、様々な科学者によって意見が異なっていた。




Q.ヒトの老化はいつ始まるか?


出典:文献1のFig.3を邦訳。
出典:文献1のFig.3を邦訳。

 老化の開始は20歳、(22%)、胚葉形成時(18%)、受胎時(16.5%)、配偶子形成時(13%)、25歳(11%)、出生(8%)、13歳(5%)、9歳(4%)で始まると考えていた。 

30歳以降に老化が始まるとした回答者はいなかった。




Q. 老化は病気か?

 

・先進国の平均寿命は今後20年間で10年以上延びるだろうか?という問いに対する回答は意⾒が分かれた。近い将来、平均寿命が延びると楽観的な見方をする人がわずかに多かったが、28人の科学者がこの見解に反対し、2人が強く反対した。


・老化は病気かについての回答は、再び明確な意見の相違を示した。最も多かった回答は「どちらでもない」で、次いで「賛成」「反対」、そして「強く賛成」「強く反対」が続いた(いずれも10~20%)。老化が病気であるかどうかについては議論が続いており、この質問に答える上での課題の一つは、病気をどのように定義するかということであることが指摘された。




Q. 老化はどのように考えられるか?


・ほとんどの回答者で老化の特定の原則と特徴、そして老化ではないものについて意見が一致していた。


1)老化は(それがどのように定義されるにせよ)存在し、特定可能な原因と結果を持ち、実験的に研究できるという点で、コンセンサスがある。これらの見解は、統一された現象としての老化は存在しないという考え方で一致している。


2)ほとんどの科学者は、老化は本質的に有害であり、有害な変化、損傷、変性、機能喪失の蓄積を伴うという点で一致していた。


3)老化は広く一つのプロセスとして認識されており、回答者のほとんどが明確にそ

のように言及している。老化には特定の特徴、兆候、進行速度、そして結果があり、特に死に至ることが顕著である。


4)老化は標的を定め、調整し、制御し、加速し、減速させることが可能である。


5)老化プロセスは生物の一⽣の中で定義可能な開始時期または期間を有する。


6)若返りは(定義可能であるという意味で)現実の現象として認められており、これは理論的には老化を遅らせるだけでなく、逆転させることも可能であることを意味するが、これは実現の可能性を意味するものではない。


7)老化には、明確な区別が存在する。




Q.老化は本質的にどのように理解されるべきか?


出典:文献1のFig.6を邦訳。
出典:文献1のFig.6を邦訳。

 老化の本質については様々な見解がある。分かり易い比較のために新型コロナウィルス感染症(COVID‑19)が示されている。この疾患はSARS-COV-2によって引き起こされるが、病状が進行すると表現型的に症状が現れる。したがって、抗ウイルス療法や支持療法で標的とすることができる。同様に、老化は分子損傷の蓄積および機能低下として捉えることができ、損傷の蓄積を遅らせたり、表現型の発現を遅らせたりすることで老化を治療目標とすることができる。具体的な治療として、筋力強化や認知能力低下を予防することが考えられる。




Q. 老化研究の方向性は?


・本調査は、専門家が老化の本質と見なすもの、すなわち老化とは実際何なのかを明らかにすることを目的としているので、この点において、老化の本質と正式な定義は必ずしも同じではない。正式な定義よりも、老化の本質について共通の理解を得る方が容易であると考えられる。


・老化の本質を特定することの難しさ、あるいはこの分野におけるこの問題に関する明らかな断絶のためか、多くの科学者は、因果関係を関連づけに置き換え、老化とは何かを述べるのではなく、老化が何と関連しているかを述べようとしている。また、老化の特徴を橋渡しして老化の本質を説明しようとする科学者もいる。


・同じ科学者が老化を「損傷の蓄積」、 「機能低下」、 「死亡率の上昇」と定義することがある。 2つ以上のカテゴリーを全体として捉えようとする試み(例えば、損傷と機能低下、機能低下と死亡率)や、単一のカテゴリーを老化、老化の原因、老化の結果と捉えようとする試みもある。例えば、調査では「老化とは、損傷によって引き起こされる機能低下である」といった意見がある。




  老化研究に先鞭をつけたThomas B.L. Kirkwoodが最近、亡くなったこと、を知りました。「Why do we age?」というタイトルの論文(Nature、2000;408:233―238)を読んだときに加齢現象の基礎研究はここまで進んでいるのか、と驚いた記憶があります。

 その当時より高齢患者の割合ははるかに進んでいます。老化は、多くの疾患に対する感受性の増加に関連する、進行性かつ概ね予測可能な変化を特徴とします。老化は均一なプロセスではありません。むしろ、同じ人の臓器であっても、遺伝子構成、ライフスタイルの選択、環境への曝露など、複数の要因の影響を受け、老化の速度は異なります。例えば、老化に伴って幹細胞に変異が蓄積しますが、その変異は臓器によって異なります。加齢に伴うエピジェネティックなデオキシリボ核酸(DNA)の修飾もまた、組織特特異的です。デンマークの双子研究によると、双子の寿命の差の約25%は遺伝によるものであり、約50%は環境要因によるものであることがわかりました。しかし、寿命が長くなるにつれて(90歳や100歳まで)、遺伝の影響がより重要になります。90歳以上の患者さんを診ることも多くなりましたが高齢であるほど、兄弟、姉妹もそろって高齢であるような例にしばしば、出逢います。一緒に生活したのは、若いころだけですから食住の生活の影響よりも遺伝的な影響の方が大きいということでしょう。また、ご両親の老後の健康はどうでしたか?その情報は高齢の患者さんを診るときの重要なヒントとなりますから必ず詳しくお聴きすることにしています。

 



参考文献:


1.Gladyshev VN., et al.

Disagreement on foundational principles of biological aging. PNAS Nexus, 2024; 3 (12): 499.


※無断転載禁止

 

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