No.313 高齢者に多い栄養失調 ―変ってきた近年の考え方―
- 木田 厚瑞 医師
- 6月24日
- 読了時間: 11分
更新日:6月25日
2025年6月24日
現代では、肥満、運動不足がリンクした健康状態が問題ですが戦後の早い時期に育った世代では、クラスでやせた子がいると校医による検診では栄養失調といわれました。
わが国で栄養という言葉が使われるようになったのは、栄養学の創始者である佐伯 矩の提言です(1918年ごろ)。最初は、営養とも表現されましたが森 鴎外らの助言で栄養に決まったともいわれます。欧米の進歩に合わせ、明治期に作られた言葉の一つです。
江戸時代の医事評論家、貝原益軒の養生訓では、「食は半飽に食ひて、十分にみつべからず。酒食ともに限を定めて、節にこゆべからず」と、食事は満腹の半分がよく、腹いっぱい食べてはいけない、と飽食と飲酒の危険が記載されています。経団連の大御所が目刺しと数品の粗食の朝食を摂っている写真が週刊誌に報道された記事を目にしたことがありました。粗食こそが美徳で長生きの秘訣であり、飽食=短命という考え方が従来の考え方でした。
2025年3月26日、国連は、「栄養に関する⾏動の10年」(栄養の10年)を計画されていた2016-2025年までの計画を、2030年まで延長する決議を採択しました。予定通りの改善計画が進んでいない、ということでしょう。
LancetおよびNew England Journal of Medicine はそれぞれ、英国、米国を代表する医学雑誌です。Lancetは、すでに2023年に高齢者では低栄養状態が多いという論文を発表し、その対策を強調しています[1]。2年間の間隔を置いて、全く同じタイトルの総説がNew England Journal of Medicineに掲載されたことは、栄養学者が危機感を共有していることと思われます。
両論文を総合した要旨は、「栄養失調は⾼齢者に非常に多く見られる症状であり、医療、社会福祉、高齢者介護システムに多⼤な負担をかけている。高齢者は、加齢に伴う生理機能の低下、栄養価の高い食品へのアクセスの減少、そして併存疾患により、栄養失調に陥りやすい状態にある。臨床ガイドラインでは、すべての⾼齢者に対して栄養失調のスクリーニングを定期的に実施することを勧めている。また、スクリーニング検査で陽性となった高齢者には、栄養評価と個別に調整された栄養サポートを提供することが推奨されている。栄養サポートには、個別の栄養アドバイスとカウンセリング、経口栄養補助食品、強化食品、そして必要に応じて経腸栄養または非経口栄養の提供が含まれる。しかし、臨床現場では栄養ガイドラインの導入が不十分であり、価値の低いケアが蔓延している」と警告しています。
ここで紹介する論文[2]はNew England Journal of Medicine誌に掲載された総説です。高齢者の多くが栄養失調であり、その対策こそが急務であると警告しています。
Q. 栄養失調とは何か?
・「栄養失調」という言葉は、肥満、単一栄養素の欠乏を含む包括的な用語である。
栄養不足の同義語としても使用されている。
・本論文では、栄養失調とは、「摂取量と栄養素のバランスが崩れた状態」を意味する。
・英語の“malnutrition”の訳である。
Q. 国連の「栄養に関する⾏動の10年」(栄養の10年)の項目とは?
・以下の6つの分野における各国の協調⾏動を⽀援する。
1.健康的な食生活のための持続可能で回復力のある食料システム。
2.必須栄養活動の普遍的なカバーを提供する連携した保健システム。
3.社会保障と栄養教育。
4.より良い栄養のための貿易と投資。
5.あらゆる年齢層にわたる安全で支援的な環境整備。
6.栄養に関するガバナンスと説明責任。
途上国の深刻な食糧事情と、先進国での肥満と代謝性疾患の増加対策が双極にある問題点である。
Q. 栄養失調はどのように起こるか?
・栄養失調は、食物摂取量の減少、栄養所要量の増加、消化管からの栄養素の吸収障害、または栄養素の排泄量の増加によって引き起こされる。
Q. 若年者と高齢者の栄養失調の違いとは?
・若年成人の栄養失調は病気を背景として発症することが多いのに対し、高齢者の栄養失調は食物摂取量の減少とより強く関連している。
Q. 老化に伴う栄養リスクとは何か
・老化は臓器系の予備⼒の減少と恒常性制御の弱体化が特徴的である。
・通常の老化に伴う変化により、高齢者の栄養リスクが増大する。
Q. 老化と栄養失調に関係する因子とは?
・高齢者の栄養失調には多くの因子が関係し複雑である➡糖尿病など特定の健康問題とそれに関連する膵臓など臓器系の機能障害。あまり動かないなど個人の活動レベル、エネルギー消費量、カロリー要件。食品の入手、調理が困難。身体の麻痺など摂取の障害。消化能力、個人の食品の好みなど、複数の要因によって決まる。
・うつ病はあらゆる年齢の人において食欲不振の原因である。
Q. 若年者との違いがあるか?
・高齢者の健康的な食事には、栄養素の推奨摂取量を満たすさまざまな食品を含める必要があり、基本的には若い成人の健康的な食事と同様である。
Q. 高齢者の栄養に関する診断基準は?
・高齢者向けの情報は、MyPlate for Older Adults、 2010年の米国農務省(USDA)の食品ガイドラインに基づいて修正された食品ガイドピラミッドがある。
2020年から2025年に改訂されたUSDAガイドラインには、高齢者向けの推奨食事項目も含まれている。
・栄養失調に関する世界リーダーシップ・イニシアチブ(GLIM)によって診断基準が、2018年に導入された。GLIMは、栄養失調の有病率、治療、および転帰の比較を容易にするために、栄養失調の特定と診断基準に関する世界的なコンセンサスを形成するために設立された。この基準には、急性および慢性炎症の役割の評価が含まれている。
Q. 高齢者の栄養失調の実態は?
・有病率は約3%、入院患者は22%、介護施設、長期ケア、リハビリテーション施設、および急性期後ケア施設の高齢者は30%近くに達する。途上国では栄養失調の有病率は18%にも達する。
Q. 高齢者の食欲不振の理由は?
・脱水症状に加えて食べること、噛むこと、飲み込むことができない状態がある。入院中で起こるせん妄(譫妄)は、誤嚥の恐れもあるので食物の摂取が制限される結果となる。点滴だけとなり、その結果、入院中に栄養失調が進む。
・高齢者では、空腹感と満腹感のシグナル伝達パターンと中枢視床下部の制御機構が変化する➡空腹感が軽減され、食後の満腹感がより早く、より長く持続する。
加齢に伴う嗅覚と味覚の低下➡加齢性食欲不振の一因となる。
・加齢に伴いエネルギー必要量が一般的に減少する。さらに、高齢期における食欲減少の主な原因として精神疾患、例えば神経性無食欲症がある。
Q. 加齢に伴う食欲低下に関する因子とは?
食欲低下➡栄養障害を起こす関連因子は以下の通りである。
・加齢に伴う生理学的変化および胃腸疾患や胃腸症状(例:便秘、吐き気、嘔吐)。
・うつ病または気分変調症。
・人生の出来事(例:親しい人との死別、老人ホームへの入居)。
・誤嚥予防などによる食事の制限。
・感覚知覚の低下(味覚、嗅覚、視覚)。
・認知障害または認知症(例:失行症、行動障害)。
・社会的および経済的な困難。
・精神性摂食障害(例:神経性無食欲症、減量妄想、中毒妄想)。
・低所得または貧困。
Q. 高齢者の食物摂取不足と栄養失調の考えられる原因とは?
・食べ物の種類に関係した摂取量の低下。
・服薬中の多剤併用または薬の副作用。
・多量のアルコール摂取またはアルコール依存症。
・嚥下困難(嚥下障害)。
・急性疾患と慢性疾患の存在。
・食事を無視する精神変化がある。
・体重減少があるにもかかわらず対処が不完全ないし無関心。
・孤独または社会的孤立。
・身体的な健康障害。
・直接的な食生活要因と悪い食習慣。
・不均衡な食事または重要な食品群の欠落。
・せん妄状態。
・歯の喪失、虫歯、義歯の不適合、炎症、口腔感染症、または口腔乾燥による咀嚼困難。
・医療者などによる指導結果としての制限的な食事内容(例:低脂肪、低コレステロール、減塩の食事)。
・栄養失調は、食物摂取量の減少、栄養所要量の増加、消化管からの栄養素の吸収障害、または栄養素の排泄量の増加によって引き起こされる。
Q. 高齢者の栄養失調の基準は?
・高齢者では BMI が 22 未満であれば栄養失調と判断する。
注)BMI = 体重kg ÷ (身長m)^2
適正体重 = (身長m)^2 ×22
・BMIが 20 未満であれば重度の栄養失調を示す。
・高齢者では BMI が 22 未満であれば栄養失調、BMI 20 未満であれば重度の栄養失調を示す。
参考)
日本肥満学会の判定基準 BMI値 判定 18.5未満 低体重(痩せ型) 18.5〜25未満 普通体重 25〜30未満 肥満(1度) 30〜35未満 肥満(2度) 35〜40未満 肥満(3度) 40以上 肥満(4度) | 世界保健機関(WHO)の判定基準 BMI値 判定 16未満 痩せすぎ 16.00〜16.99以下 痩せ 17.00〜18.49以下 痩せぎみ 18.50〜24.99以下 普通体重 25.00〜29.99以下 前肥満 30.00〜34.99以下 肥満(1度) 35.00〜39.99以下 肥満(2度) 40.00以上 肥満(3度) |
図1 高齢者の栄養失調の原因となる項目(DoMAPモデルと呼ばれる)。

図説明:
図に示されているすべての要因は、DoMAPモデル内での位置に関係なく、栄養失調の潜在的な決定要因 (MN) であると考えられる。原因として栄養失調の発生に寄与する可能性がある。
レベルはさまざまな作用モードを示している。レベル1 (濃い緑)は中核的な病因メカニズム、レベル2 (薄い緑)はレベル1の3つのメカニズムの1つに直接つながる要因 (例: 嚥下障害は直接的に低摂取量の原因となる)、レベル3 (黄色)は緑の三角形1つ以上の直接的な要因を介して3つの中核的なメカニズムの1つ以上に間接的につながる要因 (例: 脳卒中は嚥下障害または食事困難により低摂取量の原因となる)を示す。
外側に赤色で示されている要因は、加齢に伴う変化や一般的な側面であり、より間接的または微妙な手段で栄養失調の発生にも寄与する。
Q. 高齢者の栄養失調をどのように治療していくか?
・高齢者の栄養管理には、栄養介入が複雑であること、薬剤とは異なり通常の栄養管理が栄養介入の交絡因子となること、そして臨床状況の不均一性(多種の軽重が異なる病気の重なり)が問題となっている。
・さまざまな病因病態経路、特に慢性炎症経路の役割を解明する必要がある。
Q. 今後の研究が必要な領域は?
・さまざまに種類の異なる病気を、細かくグループ化し明確に定義された集団に対し、登録した形での盲検化ランダム化プラセボ対照試験が必要である➡現時点では、高齢者の慢性疾患ごとに異なる栄養治療は手探り状態に近い➡したがって、他の老年症候群の場合と同様に、個別化された包括的なアプローチのみが効果を上げる可能性がある。
Q. 診療の現場で求められている対策は何か?
・医療従事者と一般市民の間で、健康と疾患における栄養面の重要性について認識を高める必要がある。
・栄養状態の指標となるさまざまな情報を目安とし、患者の栄養状態の変化を経時的に追跡することにより栄養失調を発見し、早期に様々な形での治療開始が役立つ。
一般的に高齢者と判断される65歳以上では、BMIが22以下の場合は、栄養失調と考え、対応策を考えなければならないという提言は、非常に重要です。栄養失調では、感染にかかりやすく、また、抗生物質による治療が奏功しない原因ともなるからです。内科系だけでなく整形外科あるいは高齢者で外科治療を必要とする全領域に深く関わると考えられます。
慢性の呼吸器疾患のうちでCOPDは、早期診断が遅れ、必要な治療や日常の生活に必要な注意が遅れている病気です。COPDは、厳密には精密な肺機能検査を実施し、長期的な治療計画を立てる必要があります。診断の難しい病気ですが、痩せていること、苦しそうな表情で少し前かがみであることや、首筋の筋肉の状態や呼吸の仕方の観察で大まかに重症度が推測できる病気です。診断学の入り口は、患者さんの訴えを分析し、身体に現れた病的な状態を読み取る技術ですが、近年の高度医療の進歩では、機器を利用した領域が高度に進歩した分だけ、聴く、視る、という伝統的に重視されてきた領域が医師だけでなく、医療者全体で軽視されてきているような危機感があります。治療内容では、新しい薬の使い方には熱心ですが、本論文で強調されているように栄養状態の観察と治療は、特に高齢患者さんで重視されなければならない領域であると、深く感じています。当院では、開院当初より、慢性呼吸器疾患に関わる栄養失調に対し、必要な患者さんごとに栄養士が専門性の高い個別指導を行ってきました。
米国では、医学教育の初期段階のカリキュラムの中に栄養学を学ぶことを必須とすべき、という意見があります。これから臨床医を目指す若い世代に共通する重要な情報と考えられるからです。しかし、この意見は、将来、解決すべき問題ではなく、毎日、患者さんに接するいまの医療者の全体が、新しい栄養対策を知るべきだと、改めて感じています。ここでは触れていませんが、栄養学と並び運動学の在り方も、高齢者の病気に共通する重要な治療対策です。高齢社会に共通する予防事業として取り扱われるべき、と考えます。
参考文献:
1. Dent E. et al. Malnutrition in older adults. Lancet 2023; 401: 951–966.
2. Cruz-Jeutaft AJ. et al. Malnutrition in older adults. New Eng. J. Med 2025; 392:2244-2255.
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