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No.327 併存症が多い喘息治療はなぜ難しいか

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 10月20日
  • 読了時間: 10分

2025年10月20日


 糖尿病や高血圧など併存症が多い喘息は治療が難しいと言われています。しかし、中高年の喘息患者さんのほとんどで併存症があります。治療を難しくしている理由は、喘息は、重症ではないが併存している他の病気が喘息の治療方針を難しくさせるためです。他方で、これまでは、治療が難航していた喘息の一部で有効性が判明している⽣物学的製剤が新しい治療薬として大きな改善効果を示しています。しかし、薬は極めて高価であり、また、患者さんが正確に無駄なく進めるには、いつまで治療をどのような形で継続すればよいのか、という問題点もあります。

 ⽣物学的製剤の治療という新しい治療が、スタートしたことを背景に、重症喘息を見直そうとする論文は、呼吸器医にとっても関心の高い領域であり、近年、発表論文は極めて多くみられます。治療が難しい重症の喘息をどのように治療を進めていくか。

日本喘息学会が2023年に発表した「喘息診療実践ガイドライン2023」では、重症化因子として合併症・併存症が挙げられています。それらは、肥満、睡眠時無呼吸症、鼻炎、ストレス、胃食道逆流症です。

 

 ここでは、重症喘息の問題点を最初に説明し、ついで最近、問題点を取り上げたフィンランドから発表された論文を紹介します[1]。



  

Q. 重症喘息とは何か?


・欧州呼吸器学会(ERS)/米国胸部学会(ATS)の基準による「重度喘息(severe asthma)」の分類は、喘息のコントロールを維持するために高用量の吸入グルココルチコイド(GC)と追加のコントローラー、または継続的またはほぼ連続的な経口コルチコステロイド治療を必要とする患者、およびその治療にもかかわらずコントロールを達成できない患者を指す。

➡ 必要とされる治療内容をもとに「重度」と分類されている。検査の結果で重度とされるのではない。




Q. 重症喘息の問題点は何か?


・喘息は世界中で、約3億3000万⼈以上の患者数に達しており、罹患率、死亡率、医療費の増大、就業など社会経済的な問題点となっている。


・重症喘息では、合併症の負担医療費の過剰な増額になることを軽減するために、他の治療選択肢(⽣物学的製剤)を検討する必要がある。

 



Q. 重度の喘息の特徴は?


・重度の喘息は経過や症状が一定ではなく、治療薬への反応も一定ではない「不均一な集団」を示す。そのため、喘息を日常的に治療し、治療に対する反応が患者によって異なるので治療が難しくなる。




Q. どのように重度の喘息を区別していくか?


・重度の喘息の特徴(表現型)は、2型炎症の増加を特徴とする表現型 (T2-high) とそうでない表現型 (T2-low)に分けられる。


2型炎症(T2-high)は、気道および血中好酸球数の増加、サイトカインであるIL-4、IL-5、およびIL-13の発現の増加によって定義される。

➡ 日常の臨床で行う検査では、末梢血好酸球数と呼気一酸化窒素の割合 (FeNO) が、2型炎症を決める典型的なマーカーである。


・重度の喘息のサブグループまたは「表現型」を区別すると考えられるその他の特徴には、年齢、性別、喘息発症年齢、アトピー状態、肥満、肺外の好酸球性疾患、および、喀痰好中球増加症が含まれるが、これらの間にはかなりの重複が存在する。


・現在の喘息に関する臨床研究は、最も恩恵を受ける可能性のある患者に効率的に治療を標的にできる、正確で再現性のあるバイオマーカーの同定に焦点を当てている。


成人発症の2型喘息患者は、小児発症のアトピー性疾患患者よりも抗体薬の恩恵を受ける可能性がある。アスピリンにより喘息が悪化する患者で抗体薬による治療の恩恵を受ける可能性がある。




Q.  喘息の重症化に関わる要因とは?


1) 重症化に関係する原因の探索と軽減の方法

・コントロールが困難な喘息の患者では、発作の誘因となる環境的(大気汚染など)または薬物の副作用による発作、吸入薬など治療薬が適切に使われていない問題、喘息に併存する疾患などコントロール不良に関わる可能性がある。

                      

2) 併存疾患をどのように評価するか

・喘息に影響を与える可能性のある一般的な併存疾患には、肥満、喫煙または電子タバコ、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎、胃食道逆流症などがある。継続的な喫煙は致命的な喘息の危険因子として知られている。


・同じアレルギー性炎症に関連する他の疾患(アトピー性皮膚炎など)を伴うことがある。

     


                                                  

Q. 重症喘息の治療の基本的な方針は?


1) 質の高い患者中心となるケアを確保すること。

重度の喘息の治療には、患者教育のニーズに対応し、発作の誘因となる刺激性およびアレルギー性の引き金の回避と治療、併存疾患の治療、基本となる診断の見直しが必要とされる。


2) 喘息行動計画

重度の喘息のすべての患者では、書面による行動計画を受け取る必要がある。計画は、症状ベース、ピークフローベース、またはその両方に関する情報を含む。


3) 患者教育

吸入薬の使い方を観察し、必要に応じて修正する必要がある。


4) 発作の誘因の評価とその対策

喘息の引き金(ペット、ダニ、職場での曝露、タバコの煙など) への曝露は、可能な限り制御する必要がある。しかし、日常生活でのアレルゲン管理対策は、病気に対するアレルギー反応のない患者にはほとんど、利益がない➡治療に入る初期段階での区別が必要である。




Q. 重症喘息に関する新論文は?

 

重症喘息の治療に関する論文は最近、多い。ここでは評価の高い医学雑誌掲載で新しいものを紹介する。


目的:特にコントロール不良の重症喘息は疾患負担の増加と関連しているが、喘息の重症度と増悪頻度の比較はほとんど⾏われていない。重症喘息患者と⾮重症喘息患者を比較して、合併症の負担を分析し、コルチコステロイド薬の使用が合併症のリスクに及ぼす役割を研究した。



方法:フィンランドの研究者による報告。

・2014年から2017年の間に喘息(国際疾病分類第10版コードJ45.x)と診断されたすべての成⼈(18歳以上)を特定し、フィンランドの全国登録簿から2018年までのデータを収集した。喘息は、持続的または一過性の重症または⾮重症と定義した。

生物学的製剤による喘息治療未経験の成⼈患者を対象とした全国縦断的後ろ向き研究データ。年齢、性別、地域に基づき、⾮重症または重症の喘息患者を、頻度の低い増悪または頻繁な増悪を呈する4つのサブグループ(各5,525⼈)に分類した。各サブグループにおける臨床的特徴、死亡率を調べた。



結果:

・喘息と診断された成⼈患者193,730⼈のうち、86.3%が⾮重症、8.1%が一過性重症、5.6%が持続性重症であった。年齢と性別を調整後、持続性重症(22%)および一過性重症(14%)の患者では、⾮重症患者と比較して肺炎の有病率が高かった。


・喘息の重症度に関わらず、増悪頻度は疾患負担の増加と関連していた。合併症、医療機関への受診、病欠、障害年⾦は、頻繁な増悪を呈する患者で増加し、重症喘息でピークに達した。重症喘息で頻繁な増悪を呈する患者では、⾮重症喘息で頻度の低い増悪を呈する患者と比較して、全死亡率比は1.9倍(P < .001)であった。


・全国規模のデータにより、重症喘息患者において、経口ステロイド薬(SCS)と吸⼊コルチコステロイド(ICS)の使用および合併症(特に肺炎)との間に用量依存的な関連が認められた ➡ これらの薬物による副作用が多いことを示唆する。


・吸入ステロイド薬には安全な用量範囲があったが、経口ステロイド薬には安全な用量範囲はなかった。


・重症喘息患者で多く⾒られた合併症は白内障、⾻粗鬆症、肥満、心不全、心房細動であった。


吸入ステロイド薬、経口ステロイドの使用は、用量依存的に、特に肺炎、⾻粗鬆症、肥満、心不全、心房細動など、いくつかの合併症のリスクに寄与していた。


併存疾患では、鼻炎、胃食管炎、呼吸パターン障害、肥満、気管支拡張症、非ステロイド性抗炎症薬(e.g. ロキソニンなど薬剤)による増悪性呼吸器疾患、および閉塞性睡眠時無呼吸症候群が多い。


併存疾患が多いほど、生活の質の低下、喘息コントロールの悪化、不安、うつ病、炎症の増加と関連していた。 


本論文の主張点:

1.フィンランドでは、1994年から2004年、および2008年から2018年にかけて、対象を絞った集団ベースの介⼊と教育を伴う国家的な喘息およびアレルギープログラムにより、喘息管理状況と資源利⽤が過去数十年間で改善してきた。


2.今後、薬理遺伝学と治療反応のさらなる発展により、個別化治療が可能になる可能性がある。


3.高用量吸入療法中に増悪を続ける重症喘息患者に対し、より標的を絞った治療法が利⽤可能になってきたが半面こうした進歩にもかかわらず、近年、重症でコントロール不良の喘息の有病率はほぼ一定化している。

本研究で明らかなように、2017年から2020年にかけて、吸⼊療法を受けている患者のうち、依然としてかなりの数が頻繁な増悪を経験している。実際、喘息患者全体のうち、15.5%が平均して中等度から高用量のICSを投与されているにもかかわらず、頻繁な増悪を経験している。喘息におけるICSの用量反応は平坦であることを考慮すると、これらの患者(低用量から中等度および高用量のICSを投与されている患者の両方)は「治療困難な」喘息であると考えられるが、重症でない患者群の一部が十分な治療を受けていない可能性も否定できない。


4.既存の文献では、高用量のコルチコステロイドが代謝疾患、心血管疾患、高血圧などの合併症に影響を及ぼす役割が裏付けられている。さらに、新たな証拠では、喘息および増悪に関連する全身性炎症が、うつ病、心血管疾患、代謝疾患などの肺外疾患と関連していることが示唆されている。そのため、炎症とコルチコステロイド関連の有害事象の両⽅が、本研究で明らかになった増悪と疾患負担および死亡率の増加との間の潜在的なつながりである可能性がある。


5.フィンランドにおける喘息の国家治療ガイドラインでは、継続的に喘息治療薬を使用している患者に対して、プライマリヘルスケアで年1回のフォローアップ診察を受けることを推奨している。症状が持続し増悪を繰り返す患者は、診断と表現型の評価、および追加療法の検討のために専門医に紹介されるべきである。


6.重症喘息と頻回の増悪を繰り返す患者は、平均して年間18回のプライマリヘルスケアを受診していたが、全受診の93%は呼吸器系の原因とは無関係であった。喘息に関連したプライマリヘルスケアの受診は、2年目で45%、4年目で59%に認められたが、4年間のフォローアップ中に呼吸器専門医を受診したのは50%のみであった。



結論:本研究は、喘息の重症度に関係なく、頻繁な増悪は、合併症、死亡率、医療資源の利用、病欠、障害年⾦、SABA および OCS の累積使用の点で、より高い疾病負担と関連していることを⽰していた。




 ここで紹介した論文は、重症喘息の治療の難しさを喘息と合わせた治療が必要となる併存症が多い場合の治療法の喚起という点です。

注意を喚起しているのは、喘息の治療=吸入ステロイド薬、さらに経口ステロイド薬の投与というステレオタイプの治療に注意を与えていることです。両者とも高用量の使用による副作用は避けられません。併存する疾患が喘息の重症化にどのように関わっているかを、見抜き、重症喘息を回避できるように治療を進めるべきであるという進言は貴重です。


 慢性疾患の多くは、複数が共存することであり、治療方針や生活の上で注意することが多くなりがちです。現在までに発表されている診療のガイドラインの多くは、単一の疾患の治療方針の在り方を、分かり易い順位を付けて勧めています。しかし、成年や老年者の場合は、複数が複雑に絡み合った状態で治療を進めることが多くなります。患者さんごとにその人がもつ病気の種類、重さを考えながら治療を進めるという高度の考え方が必要となります。

 

 内科学の祖といわれたWilliam Oslerは、患者さんごとに病気の成り立ちを考えて治療すべきであるとして次のような言葉を残しています。


個体の不同一は生命の原則である。病気についていえば二つの顔が同一であることがないように身体も同じではない。病気として異常な状態にあることは二人の人が同じような治療に反応することではない。(Lancet Respir Med. 2024;12:848-851).




参考文献:

1.Kankaanranta H. et al.

Comorbidity burden in severe and non-severe asthma: A nationwide observational study (FINASTHMA). J Allergy Clin Immunol Pract 2024; 12:135-45.


※無断転載禁止

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