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No.330 新しくなった気管支拡張症の治療の方向

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 10月27日
  • 読了時間: 11分

2025年10月27日

 

 気管支拡張症は、わが国では中高年の女性に多い病気です。季節に関係なく、年余にわたる慢性的な咳と粘稠な痰が続く病気で、老後の患者さんをさらに、ひきこもりがちに追いこんでしまう病気でもあります。気道と呼ばれている気管支がところどころで部分的に病的に広がり過ぎとなった「拡張」があり、気管支壁の壁がところどころで炎症で厚くなる(肥厚する)病気です。慢性副鼻腔炎など鼻の病変を伴っていることがしばしばで、耳鼻咽喉科、呼吸器科医が共同で診療にあたることも少なくありません。


 気管支拡張症の発症には複数の状態が関連していますが、病的に拡張した部分を含め気管支の広い範囲に治癒しにくい感染性の損傷をともなっていることが特徴です。

主な症状は、痰を伴う咳が続くことです。痰づまり、気管支(気道)の部分的な閉塞が問題ですが、近年の研究で遺伝子的な変化を伴うことが明らかになってきています。米国、欧州の気管支拡張症とわが国、中国、韓国の気管支拡張症は、成り立ちが異なるのではないかという意見があります。従って、欧米の研究結果は、東アジアの研究結果とは合致しない、ともいわれてきました。

 歴史的には、マクロライド系抗生物質を長年にわたり服薬を継続するという治療は、わが国より経験的に進歩した領域です。


 ここでは、気管支拡張症とその関連領域の概略を説明し[1]、次いで気管支拡張症のマクロライド療法としての新しい提案の論文[2]を紹介していきます。論文2は、欧州グループだけでなく、韓国、中国の研究者が加わっているという点でもユニークで、これまでの欧米とアジアグループの二元論を統一させる研究としての意義があります。




Q. 気管支拡張症にみられる痰の物理的特性とその背景とは?


・気管支拡張を特徴とする病気のうち、日本人には少ない嚢胞性線維症 (CF) の患者、非嚢胞性線維症性気管支拡張症の患者、および健常者間で痰の性状は異なる


・気管支拡張症患者の気道粘液(痰)は、DNA、ムチン(MUC5Bが優勢)、およびその他の固形物の濃度が高いため、健康な対照の気道粘液よりも粘り強く濃縮されている。


・インターロイキン-1ベータ(IL-1ベータ)は炎症性メディエーターであり、気管支拡張症患者の喀痰中に過剰に見られ、粘液の蓄積と過剰産生を刺激する。

➡ 中等度または軽度の疾患の患者と比較して、より重度の気管支拡張症の患者では、IL-1ベータが高いレベルである。


・気管支拡張症の有病率が高いアラスカ先住民の子供からの喀痰は、CFおよび慢性気管支炎患者の痰よりも弾力性と粘性が低く、輸送性が高く、吐き出しやすい。寒い地域の居住者には有利である ➡人種差を強く示唆する。


・気管支拡張症では細気管支での異なる粘り強いムチンで始まるか、悪化するという証拠が蓄積されている ➡気管支よりも細いレベルの細気管支での病変が痰の粘調性を決めている。進行した気管支拡張症では、細気管支の壁の破壊が主であると考えられる。

 



Q. 気管支拡張症は人種ごとに異なる多種の原因により発症するのか?


北米の集団では、胸部CTで確認された気管支拡張症患者112人の包括的な評価により、93%で特定の病因が特定された。最も一般的な病因は、リウマチ性疾患(関節リウマチ、シェーグレン病、クローン病など)、ABPA(アレルギー性気管支肺アスペルギルス症)、免疫不全、血液悪性腫瘍、誤嚥、および非結核性抗酸菌感染症であった。


ヨーロッパの学術医療センターのデータベースで構成される欧州気管支拡張症ネットワーク(EMBARC)の報告では、約17,000人の患者の60%で気管支拡張症の根本的な原因が特定された。感染後(21%、以前の肺炎、幼児期の肺炎、および百日咳を含む)、COPD(8.1%)、非結核性抗酸菌症 (5.9%)、リウマチ性疾患(4.8%)、および免疫不全(4.1%)。


英国胸部学会のガイドラインに従った検査では、遺伝子検査(例えば、α-1アンチトリプシン欠乏症)または管理の変更(例えば、免疫不全の代替療法、ABPAの特異的治療、誤嚥の予防、限局性閉塞など)につながる可能性のある病因が13%で特定された。

➡ 欧米人の間でも気管支拡張症の病態に差異がある。欧米人 対 東アジア人の差異は必ずしも妥当な意見とはいえない。




Q. 気管支拡張症とCOPDはどのように異なるのか?


・気管支拡張症は、気管支、細気管支の壁に炎症を起こし、結果として日常の呼吸の中で簡単に気道がつぶれやすくなる。その結果、咳、痰、息切れが起こる ➡気道、気流の閉塞、頻繁な受診や入院など、COPDと多くの臨床的特徴を共有している。


・気管支拡張症の診断は、粘り強い痰の産生を伴う、ほとんど毎日の咳と痰に基づいて臨床的に確立され、多くの場合、年に1回以上の増悪が生じ、胸部コンピューター断層撮影 (CT)スキャンでの気管支気道拡張の存在による画像診断で確立される。




Q. びまん性汎細気管支炎とはどのような病気か?


・歴史的には、びまん性汎細気管支炎(DPB)はわが国に特有な病気として報告され、治療法が確立されてきた。咳、膿性痰、息切れが主な症状である。


・びまん性汎細気管支炎(DPB)は、細気管支炎と慢性副鼻腔炎を特徴とする。

➡ 疾患名では、「びまん性」は両方の肺全体にわたる病変の分布を指し、「汎」とは炎症が呼吸細気管支の壁のすべての層に関与しているという病理学的所見を指す。


・DPBに関連する特定のHLAハプロタイプには、日本のHLA-B54と韓国のHLA-A11が知られている。報告では、HLA-B54は、DPBの日本人患者の63%で同定された。正常な日本人対照群では11% (相対リスク13.3)。

➡このHLAハプロタイプは、日本、中国、韓国の住民でほぼ特有と報告されており、関節リウマチや珪肺症とも関連している。

➡ DPBとの関連は、疾患感受性遺伝子が、染色体6番の主要組織適合性複合体(MHC)クラスI領域のこれらの遺伝子座の間に位置している可能性があることを示唆している。この候補領域の研究では、罹患した患者は、汎細気管支炎関連ムチン様1および2(ムチン22またはMUC22としても知られる)と呼ばれる2つの新しいムチン様遺伝子に多型があることが判明している。さらに、DPB にその他のムチン関連遺伝子が関与していること報告されている。別の研究では、11番染色体上のムチン遺伝子MUC5Bの挿入/欠失多型がDPBと関連していた。DPB患者の肺生検サンプルの免疫組織化学染色では、正常な対照サンプルと比較して、DPB患者の下気道におけるMUC5B陽性分泌物の発現が著しく増加していることが示された。




Q. びまん性汎細気管支炎の治療経験が気管支拡張症の治療予測に結び付けられない理由は?


・びまん性汎細気管支炎では、低用量エリスロマイシン(600mg/日)の長期投与(平均19.8か月)により、呼吸困難、体重、胸部X線所見、肺機能、および動脈血の酸素レベルが改善した。同じグループの研究者は、エリスロマイシンを投与された63人の患者と、投与しなかった24人の患者の間で有意な生存率の優位性を遡及的に発見した。しかし、この研究は無作為化されておらず、ほとんどの死亡はDPB以外の原因によるものであったため、これらの結果はエリスロマイシンの効果を明確に示すものと判断されていない。




Q. びまん性汎細気管支炎の治療が気管支拡張症の治療とならない理由は?


・びまん性汎細気管支炎(DPB)が進行し、その結果、気管支拡張症につながった患者では、DPBの再発または悪化ではなく、細菌の異常増殖による悪化を定期的に発症する可能性がある。これらの増悪は、マクロライド療法中または中止後に発生する可能性がある。


・増悪は通常、喀痰産生の増加、より膿性に見える痰、および呼吸困難が特徴である。症状の重症化とびまん性汎細気管支炎の再発の懸念がある。

➡マクロライド療法の中止後、患者は呼吸困難、咳、または痰量の増加について臨床経過を継続的に監視していくことが必要である。

➡症状が再発した場合、患者はDPBの再発か、あるいは気管支拡張症の再燃や副鼻腔炎などの併発疾患の証拠について治療方針を決めることになる。通常、喀痰培養と胸部X線、胸部CT写真で決める。再発性DPBと診断された場合、マクロライド療法が再開される。




Q.本研究の内容は?


・研究の背景:

・従来の研究では、日常的な症状が気管支拡張症の活動性の指標であり、これにより増悪リスクの高い患者を特定できる可能性が示唆されてきた。しかしながら、国際的な気管支拡張症ガイドラインでは、年間3回以上の増悪を経験する患者にのみ、マクロライドの長期投与を推奨している


・本研究では、現時点での症状が将来の増悪を独立して予測し、マクロライドの長期投与に反応する患者を特定できるかどうかを検討することを目的とした。


・研究方法:

・欧州での多施設国際気管支拡張症データベースであるEMBARCレジストリのデータを使用した。中国、韓国の研究グループが参加している。

ベースライン症状は、QOL(生活の質)気管支拡張症質問票呼吸器症状スコア(QoL‑B‑RSS)を用いて評価し、少なくとも1年間追跡調査した。

続いて、気管支拡張症患者341名を対象とした3つのマクロライド系ランダム化比較試験(BLESS、BAT、 EMBRACE)の事後統合解析を実施し、ベースライン症状が長期マクロライド治療への反応と関連しているかどうかを、負の二項回帰モデルを用いて検討した。


・研究結果:  

1)EMBARCレジストリに登録された19,324人の患者のうち、9,466人の患者がベースラインおよび1年間の追跡調査でQOL-B RSS評価を受けることができた。年齢の中央値は68歳(IQR  58~74)、女性は5,763人(60.9%)、男性は3,703人(39.1%)であっ た。気管支拡張症重症度指数の中央値は7(4~10)、緑膿菌感染症は10(4~10)であった。


2)ベースラインから12ヶ月以内に、2041人(21.6%)の患者の喀痰中に急性増悪が認められた。過去の増悪(増悪1回あたりのRR:1.11、95%信頼区間:1.10~1.12、p<0.0001)および症状(QOL-B-RSSが10ポイント低下するごとのRR:1.10、1.09~1.11、p<0.0001)は、将来の増悪の独立したリスク因子として特定された。

1年間の追跡期間中の増悪回数は、ベースライン時に3回以上の増悪を経験し、症状スコアが平均的であった患者群(QOL‑B‑RSS 60~70、相対リスク 1.58、95%信頼区間 1.48~1.69)と、過去に増悪を経験していないが症状スコアが⾼かった患者群(相対リスク 1.55、95%信頼区間 1.41~1.70)で同程度であった。

ランダム化比較試験の事後解析においても、マクロライド群とプラセボ群の両方で同様のパターンが観察された。長期マクロライド療法による増悪を予防するために必要な治療数は、頻繁な増悪に基づいて選択された患者(1.45、95% CI 1.08‒2.24)と、以前の増悪は少ないが症状スコアが⾼い患者(1.43(1.06‒2.18))で同様であった。


本研究から得られた結果の考察:

・本研究の結果から2つの結論が得られた。

1)   咳、痰の症状が気管支拡張症の将来の増悪を予測する危険因子であることを示唆している


2)さらに、341名の参加者を対象とした、気管支拡張症に対するマクロライドの3つのランダム化臨床試験 (BLESS、BAT、EMBRACE) の事後統合解析では、長期のマクロライド治療による増悪を予防するために必要な条件は、以前に増悪がないか、またはほとんどなかったが症状スコアが⾼い患者と、以前に頻繁に増悪を経験した患者でも同様であることが示された。

すなわち軽症例でマクロライド治療が有用であることを示唆する。




 わが国では、気管支拡張症は、頻度が高い病気で高齢、女性に多いことが知られています。中年のころから咳と痰、息切れに悩む患者さんを多数、診てきました。厳密な診断には、症状の経過、これまでの治療内容に加え、現在の血液生化学検査、肺機能検査、胸部CTによる総合判断が必要です。気管支拡張症は、カゼなどが誘因となり、時々、症状が悪化します。治療が遅れれば、気管支肺炎となりやすく、さらに重症であれば入院治療が必要になります。治療は、担当する医師の判断に任されている部分がありますが、医師は近年ではエビデンスと呼ばれる科学的データの蓄積による真偽の確かさに基づきその時々の判断をしていきます。軽症例に対し、「重い治療」は、医療費の無駄遣いになるだけでなく危険な場合があります。

 ここで紹介した論文は、過去の報告から増悪回数を基本とするより日常の症状をベースにマクロライド治療を行うことが妥当な治療であると結論しています。過去の報告論文を検討し、さらに軽症例にマクロライド薬、偽薬を厳密に臨床試験として検証した結果を報告しています。その結果、気管支拡張症では軽症のうちからマクロライド薬の治療を開始することが将来、悪化させないという理由で有効であると結論したものです。掲載された雑誌の信頼性、結論に至るまでの研究段階の緻密性から、日常の診療に十分、応用できる結論と思われます。しかし、気管支拡張症の重症度は何をもって判断するかについても今後の検討が必要であることを強く示唆します。特に、わが国発の報告でびまん性汎細気管支炎(DPB)と診断され、治療された患者さんの中でDPB死がなく、他の疾患で死亡した、という報告は、慢性呼吸器疾患の治療の難しさを改めて示唆するものです。

 マクロライド薬は、抗菌薬の一つです。作用があれば当然のことながら副作用もあり得ます。本論文は、東アジア、欧米の考え方の相違論争に決着をつける論文であり、将来、確かなエビデンスの重要な根拠となる論文であると考えられます。




参考文献:


1.Barker, A. 

Bronchiectasis in adults: Maintaining lung health UptoDate, Up-dated on October 7, 2025.


2.  Sibila O. et al.

Symptoms, risk of future exacerbations, and response to long-term macrolide treatment in bronchiectasis: an observational study.

Lancet Respir Med 2025; 13: 911–20.


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