2020年1月14日
アスピリンは、ドイツのバイエル社により発明され、1899年に販売開始となりました。現在でも解熱薬、鎮痛薬として使われ、特に冠動脈の硬化があり心筋梗塞を発症する危険がある場合、予防薬として広く使われています。トランプ大統領も服薬中と伝えられ、米国では特に人気のある薬として知られています。
1922年、アスピリンの副作用によって喘息のような症状が起こることが判明しました。この理由は長く不可解でしたが1967年になり、アスピリンにより引き起こされる喘息には他の喘息と異なる以下の3つの特徴があることが判明しました。
1)くり返し喘息症状がある。
2)アスピリンに対する過敏症がある。
3)鼻ポリープがある。
このうち、2)以外は通常のアトピー性喘息でもしばしば認められ、必ずしも診断の決め手にはなりません。
さらに、アスピリンだけでなくNSAIDs(非ステロイド系の抗炎症鎮痛剤)と分類され広く使われている鎮痛薬、解熱薬で起こることが判明してきました。NSAIDsはCOX-1誘導体とも呼ばれています。この中には市販の湿布薬も含まれており、これらの抗炎症鎮痛剤は処方箋なしに薬局で購入することができるので、実際には副作用があるのに気づいていない、あるいはそのために重症の喘息を起こしていることがあります。薬局では、喘息はありませんか、と聞くことになっていますが、長引く空咳のような症状であることも多く、薬の副作用かどうかが紛らわしく、判明するまで時間がかかることもあります。
わが国では、平成18年、厚生労働省の主導で、「非ステロイド性抗炎症薬による喘息発作」として非専門医や患者さんに向けたマニュアルが専門医らの委員会により作成され、通称として「アスピリン喘息」と呼ばれてきました[1]。平成29年には「アレルギー疾患対策基本法」が成立。この中では簡単に薬物副作用の喘息について触れられています。これに対し、米国では、アスピリンにより増悪する呼吸器疾患(略称、AERD)、欧州では、アスピリンだけでなく「非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDs)により増悪する呼吸器疾患」と呼ばれており、名称に喘息という言葉が入っていません。必ずしも典型的な喘息ではない症状を重視していることに注意する必要があります。
ここでは米国に合わせAERDと呼ぶことにします。これに関する研究は、最近、急速に進歩してきました。ここでは、その概略を米国からの報告[2]を元に解説します。
Q. AERDの発症の頻度は?
・全喘息の7.2%に相当する。
・重症喘息の14.9%を占める。
・鼻ポリープありでは9.7%、慢性副鼻腔炎ありでは8.7%が相当する。
・鼻ポリープあり、喘息がある場合では20-42%が相当する。
このうち、重症喘息の約15%を占めているという事実は日常の診療でも重要な情報です。特に高齢者では腰痛などの理由でNSAIDsを常用していることが多く、また、喘息により死亡する喘息死は圧倒的に高齢者に多いことが知られています(コラムのNo.27を参照して下さい)。
Q. どのような症状があればAERDを疑うか?
(括弧内は診断の可能性を示します)
・NSAIDsを服薬してから90分以内に息が苦しくなる、などの症状がある場合(80%)。
・軽度の呼吸器症状があり常に治療が必要である場合 (80%)。
・救急で苦しくなるような症状が過去にある場合(84%)。
・入院が必要となる重症発作が過去に起こった場合 (100%)。
・NSAIDsの服薬はないが喘息、副鼻腔炎の症状がある (42%)
・赤ワイン、ビールで症状が悪化する。他のアルコールでは悪化しない (可能性が高い)。
・鼻ポリープがあり、嗅覚が分からない (可能性が高い)。
・小児期から喘息と鼻ポリープがある (可能性は少ない)。
・上気道症状(鼻づまり、鼻汁、くしゃみ)に加えて下気道症状(喉が狭い感じ、咳、喘鳴)がある (可能性がある)。
・胃腸症状 (腹痛、吐き気)、皮膚症状(蕁麻疹、皮膚が紅潮している)が主症状の場合(可能性は低い)。
重い喘息が持続している場合で鼻の症状が常にある場合、しかも、NSAIDsに相当する薬剤を継続ないし、ときどき、服薬している場合は極めて疑わしいことになります。
赤ワイン、ビールで喘息が起こりやすくなる理由は分かっていませんが、添加物の可能性が疑われています。
Q. AERDの発症の仕方は?
・小児期後期以降から、どの年齢でも発症する可能性がある。乳児期にはみられない。平均発症年齢は約30歳。
・約半数は気道のウィルス感染、すなわち風邪を契機に発症する。風邪が治っても喘息が続く。
・重症度や進行度には個人差が大きい。重症の喘息+鼻炎、副鼻腔炎で経過する場合、肺機能が低下していく場合がある。
・血縁家族で発症者が多いということはない。
・発症者の2/3にはアトピー症状がある。
・女性に多い。
・中国人では報告がない。
アトピー性喘息と異なる点は常に鼻症状を伴って喘息が起こっているという点です。
遺伝子の検討では候補遺伝子などは推定されていますが結論が出ていません。中国人に報告例がないことも疑問とされています[2]。
Q. AERDの発症機序は?
気道の上皮細胞がウィルス感染や大気汚染が原因で傷害され、これに伴い、肥満細胞、好酸球、2型自然リンパ球(ILC2)が相互に複雑に関係し、アラキドン酸の代謝経路、およびアラキドン酸代謝産物の異常が起こり発症することが判明しています。すなわち、アラキドン酸の代謝の異常がAERDの特徴と考えられてきました。
これに対し、従来型のアトピー性喘息は抗原と特異的IgE抗体が結合して気道の広い範囲に炎症を起こし、「Th2型炎症(免疫)反応」とよばれています。
しかし、AERDの発症が風邪など、ウィルス感染により始まることが多いのになぜ、アトピー性喘息のように悪化したり、自然に回復していかないのかは不明です。いったん発症すると危険な状態が持続するからです。
AERDでは、特にロイコトリエン類に分類されるCysteinyl leukotrienes (CysLTs)と呼ばれる物質が過剰に産生されていることが問題であり、これを抑えるような治療が必要と考えられてきました。このことからロイコトリエン受容体拮抗薬と並び期待される治療が脱感作治療です。
Q. AERDの脱感作治療は有効か?
脱感作治療は、少量のアスピリンを2,3日間投与した後、増悪時の治療体制を整えた施設で大量のアスピリンを投与する治療法です。ある期間での脱感作が成功すれば、そのままアスピリンの大量投与が継続できることもあり、アスピリンの投与が中止できない患者では効果的な治療と期待されています。
しかし、2019年に発表された脱感作の治験成績 [3]では、脱感作治療が奏功しても先のCysLTsの過剰産生が持続していることが判明しました。この物質は主に肥満細胞が産生しています。このことから脱感作治療の効果の持続性は疑問であり、さらに別のルートでAERDが起っている可能性があるとされました [4]。脱感作治療は、常に大きな危険を伴うので治療経験が豊富な施設でのみ実施されるべきであると強く警告されています[1]。結局、AERDの薬物治療は振り出しに戻った感があります。大切なことはAERDかどうか、という見極めの判断であり、NSAIDsを回避することが大切であることには変わりません。
AERDは、高齢者を含む全ての世代で発症することが知られています。多くは市販薬の鎮痛薬などを数日、服用した後、咳がなかなか止まらない、鼻症状も続いているという患者さんですが、AERDと考えてよいか、あるいはアトピー性喘息で多く診られるように風邪の後、喘息が悪化しているのかは、詳しい症状、経過に加え血液検査、呼気中の一酸化窒素濃度、肺機能検査、などを組み合わせて治療方針を明確にできることが多くなっています。さらに、COPD (肺気腫、慢性気管支炎;慢性閉塞性肺疾患)との合併が少なくなく、治療が難しくなっていることもあります。
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