No.372 不眠を訴える高齢者の認知症と睡眠障害の関係
2026年10月11日
高齢の患者さんの中には、寝つきが悪い、夜中に頻回に目が醒めるので熟睡ができない、昼間は眠い、と訴える人がかなりの割合でいます。第一線で働く多忙な時期が過ぎ、退職後には、のんびりした生活になり、いつでも昼寝ができる気楽な環境にあるにも拘らず、不眠の苦しみを訴える方が多くなります。
夜間、熟睡できず、頻回の寝覚めは、昼間のすっきりした生活を妨げる原因となり、これがつらいと訴えるのです。その結果、「不眠」という訴えになるようです。
さらに90歳代と70歳代を比べると、むしろより若い世代の方に多い印象があります。多くの90歳代の人では、重症の睡眠障害もなく、また最近、問題にされているように睡眠中に繰り返し起こる低酸素血症が、癌や心臓、脳の血管病変などの誘因となることがなく、これらに伴うリスクを潜り抜けてきた方が多いせいでしょうか。
草木も眠る、と表現されているように生物に共通する睡眠。新しい議論が進む中での「睡眠の質」とは何か?長い間の生活習慣に関わる、個人的な訴えですが、睡眠科学が進歩してきた現代では、客観的な指標も発表されており、議論は複雑です。
「睡眠の質」の低下は、高齢者で認知症の発症につながるという論文が発表されました[1]。
ここでは、呼吸器疾患に関わる領域としての、高齢者の不眠問題を取り上げ、これに密接に関係すると言われる認知症の発症予防の問題にふれます。
Q. 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)とは何か?
・閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)は、上気道の閉塞が繰り返し起こることを特徴とする慢性疾患である。
・睡眠中に起こる閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)は、特に高齢者に多く見られ、その有病率は約30%と推定されている。
Q. 脳の健康状態への影響は?
・睡眠時無呼吸症候群(OSA)が脳の健康に悪影響を及ぼすという証拠が増えている。
・認知機能は、睡眠中の平均末梢酸素飽和度(SpO2)が低いほど、脳への機能低下を起こすリスクとなる➡しかし、高齢者におけるOSAによるSpO2の低下と脳の健康障害の関連性は不明である。
Q. OSAにおける認知機能低下の機序は?
・OSAの認知機能低下への影響が、高齢、女性、アポリポタンパク質 E4 (ApoE4) アレルなどの存在に応じて変化する、と報告されているが依然として疑問点が多い。
・遺伝子検索でApoE4 アレルは散発性アルツハイマー病の最も強力な遺伝的リスク因子であり、認知症のない高齢者でもさまざまな認知領域のパフォーマンスの低下と関連している。
Q. 本研究の論点は?
これまでの研究の問題点:
・高齢者を対象とした研究では、若年および中年成人を対象とした研究よりも、OSAと認知機能障害との関連性が弱いと報告されてきた。
・中年世代ではOSAと認知機能の低下との関連性が報告されたが、高齢者では確定されなかった➡加齢に伴いOSAと認知機能障害との関連性がむしろ弱まるのではないか、という仮説が立てられた➡おそらく、認知に影響を与える他の要因によってOSAの影響がぼやけてしまうためであると考えられる。また、他の研究では、男性よりも女性の方がOSAと認知機能障害との関連性が強いと報告されている。
目的:
・地域に在住する高齢者を対象に、5年間の閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)と認知機能低下との関連性を明らかにすることを目的とした。
・年齢、性別、およびApoE4がOSAと認知機能変化との関連性に及ぼす影響を調べるために、調整分析も実施した。OSAと認知機能低下との関連性は、サンプル全体では弱いと予想したが、若年者、女性、およびApoE4保有者ではより強い関連性が見られる、と仮定した。
・ApoE4 アレルは散発性アルツハイマー病の最も強力な遺伝的リスク因子であり、認知症のない高齢者でもさまざまな認知領域のパフォーマンスの低下と関連している。
➡研究対象からApoE4保有者は除外した。
・疫学研究では、OSAの女性は、OSAのない年齢と性別を一致させた対照群よりも5年間追跡調査で認知症を発症する可能性が高いことが判明している➡これらの研究を総合すると、OSAの女性は男性よりも認知機能低下のリスクが高い可能性がある。
➡特に夜間低酸素血症の症例では、5年間で認知機能の低下がより急激になると予測された。
研究方法:
対象:
・スイス、ローザンヌのサクレ病院およびローザンヌ大学睡眠医学先端研究センターで実施。スイスのローザンヌ在住者から無作為に選ばれた中高年成人の前向きコホート研究である。
・最初のフォローアップ時にポリソムノグラフィー(PSG)を実施した。65歳以上の参加者に対して、最初のフォローアップと2回目のフォローアップで認知機能評価を実施した。
・本研究には、65歳以上の参加者で、最初のフォローアップ(本研究のベースライン)でPSGと認知機能評価を受け、5年後に2回目の認知機能評価(本研究のフォローアップ)を受けた。中枢性睡眠時無呼吸の参加者は除外した。
方法:
睡眠ポリグラフ検査によるOSAパラメータ(呼吸/低酸素血症)と睡眠ポリグラフ検査によるOSAパラメータとの関連性を調べた。
結果:
・認知症のない高齢者358人を対象とした(平均±標準偏差年齢71.0±4.2歳、42.5%)。
・自由想起と手がかり選択的想起テストの遅延自由想起は有意に関連した(B= -0.05、p=0.008)。
・睡眠中、SpO2が90%未満になることは、ストループテスト条件1におけるより急激な低下と関連していた(B=0.47、p=0.006)。
ミニメンタルステート検査(B= -0.12、p=0.004)、ストループテスト条件1(B=0.53、p=0.002)の低下がみられた。
・高齢者では全般的な認知機能、処理速度、実行機能の低下がより顕著になる。
・潜在的な睡眠断片化と認知機能の変化を5年間で調整した後、調整分析により、無呼吸低呼吸指数と酸素飽和度低下指数が関連していた。
考察:
・本研究で対象とした地域在住の高齢者において、OSA(閉塞性睡眠時無呼吸)のパラメータ(特に夜間低酸素血症を測定するパラメータ)は、5年後の認知機能低下の独立した予測因子であった。
➡高齢、男性、およびApoE4遺伝子変異は、この関連性を悪化させる脆弱性因子として明らかになった。本研究は、認知機能低下のリスクが高いOSA患者を特定し、新たな介入研究を設計する上で役立つ新たな知見を提供するものである。
・OSAの女性は男性よりも認知機能低下のリスクが高い可能性がある。
➡特に夜間低酸素血症の症例では、5年間で認知機能の低下がより急激になると予測された。
・地域在住の高齢者のコホートを8年間追跡調査した結果では、AHIと夜間低酸素血症の指標(AHI ≧ 30)では注意力の低下と関連していた。
・AHIとODIは、特に高齢参加者、男性、ApoE4キャリアでは認知機能の低下がより急激である。本研究では、記憶力は低下したが、言語機能や視空間機能は低下しなかった。睡眠中の平均酸素飽和度が最も低下したパラメータであった。
認知機能の低下は高齢女性よりも中年女性でより顕著であった。
図1.結果の概要

図説明:
・矢印の太さは関連性の強さを示す。睡眠中の平均末梢酸素飽和度(平均SpO2)とSpO2が90%未満の睡眠時間(TST90)は、認知機能低下と最も一貫して関連していたパラメータであった。
・無呼吸低呼吸指数(AHI)、酸素飽和度低下指数(ODI)、低酸素負荷は認知機能低下との関連性がそれほど一貫しておらず、これらの関連性は年齢、性別、アポリポタンパク質E4(ApoE4)の状態によって部分的に影響されていた。
・高齢者で認知症患者が増加する理由を挙げた多くの論文報告があり、本結果もこれに一致する。
➡その理由を説明する仮説として、OSAと夜間低酸素血症は前頭葉白質病変および深部灰白質核の形態計測学的変化との関連が報告されている。➡さらに、重度のOSA患者の血漿中の神経フィラメント軽鎖(白質完全性のマーカー)は、CPAP中止後に生ずる低酸素血症のうち、TST90の関数として増加することが最近、報告されている。➡酸素飽和度が90%以下となる持続時間が問題である。
➡記憶障害の中ではエピソード的言語記憶の低下が遅延する。自由想起課題のみに関係しており、遅延総想起課題には関係していなかった。
➡通常、使っている言葉が急に出てこないという現象は、正常な総想起を伴う低自由想起成績であり、記憶符号化/貯蔵の低下(内側側頭葉に依存する)ではなく、記憶検索の低下(前頭葉に依存する)を示唆するものであり、前頭皮質下症候群と一致していることが推測された。
・臨床的な観点から、今回の結果は、重度の低酸素血症を伴う閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)患者は認知機能障害を発症するリスクが高いことを示唆している。
・平均SpO2とTST90は、間欠性低酸素血症の指標よりも認知機能低下と一貫して関連していた➡これは、脳が間欠性低酸素血症のエピソードよりも睡眠中の基礎酸素レベルの低下に対して脆弱であることを示唆している可能性がある➡この仮説についてはさらなる調査が必要である。
➡高齢、男性、およびApoE4もまた、OSAにおける認知機能低下の脆弱性因子である可能性がある➡これらの知見は、介入研究の対象となる「リスクの高い」OSA患者を特定するのに役立つ可能性がある。
・認知機能障害と認知症はしばしば不可逆的な状態であり、治療により修正可能なリスク因子としての治療管理が極めて肝心であるため、これらの知見は重要である。
・高齢者の認知障害の原因として「夜間睡眠中の低酸素血症」仮説を支持する証拠として、➡OSAと夜間低酸素血症は前頭葉白質病変および深部灰白質核の形態計測学的変化と関連していることが報告されている。
➡さらに、重度のOSA患者の血漿中の神経フィラメント軽鎖(白質完全性のマーカー)は、CPAP中止後のTST90(酸素飽和度90%以下の持続時間)の関数として増加することが最近報告されている➡CPAP治療により低酸素血症を防ぐことで予防できる可能性がある。
➡エピソード的言語記憶の低下は、遅延自由想起課題のみに関係しており、遅延総想起課題には関係していなかった。これはまた、正常な総想起を伴う低自由想起成績は、記憶符号化/貯蔵の低下(内側側頭葉に依存する)ではなく、記憶検索の低下(前頭葉に依存する)を示唆するため、前頭皮質下症候群と一致していることが示唆された。
・対策をどうするか?
・現在までのところ、CPAP治療が高齢者の認知機能低下を予防または遅延させるかどうかは明らかになっていない。
➡小規模な研究結果では、CPAP治療中に認知機能の改善が認められた。一方、大規模な多施設試験では、効果が認められなかったか、認知機能にわずかな改善しか見られなかった。
➡ただし、CPAPの効果は良好な使用時間と使用日数(アドヒアランス)によって高まることが期待され、これらの試験の一部ではアドヒアランスが低いことが報告されている。さらに、これらの試験には、ベースラインの認知スコアが高い高学歴の参加者が主に含まれており、これが天井効果につながった可能性がある➡低下が明確にわかる高学歴ではなく、広く一般人が抱える問題点として拡張できるか、は今後の追試が必要である。
結論:
・臨床的な観点から、本研究の結果は、重度の低酸素血症を伴う閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)患者では認知機能障害を発症するリスクが高いことを示唆している。
・平均SpO2とTST90は、間欠性低酸素血症の指標よりも認知機能低下と一貫して関連していた。
➡これは、脳が間欠性低酸素血症のエピソードよりも睡眠中の基礎酸素レベルの低下に対して脆弱であることを示唆している可能性がある。
・高齢、男性、およびApoE4もまた、OSAにおける認知機能低下の脆弱性因子であると考えられる➡これらの知見は、介入研究の対象となる「リスクの高い」OSA患者を特定するのに、役立つ可能性がある。
・本研究の結果が提起している次の課題は、高齢の参加者よりも若い参加者において、閉塞性睡眠時無呼吸と認知機能低下との関連性がより強いのではないかと示唆したことである。
ここで紹介した論文は、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)が、高齢者に多くみられる認知症の原因となることを示唆した点が特徴です。
OSAは、睡眠中に呼吸が繰り返し、停止することが問題であり、その結果、血液中の低酸素血症を引き起こします。健康長寿の実現が、高齢社会の大きな目標ですが、間歇的な酸素不足を適切に治療することにより将来の認知症リスクを低下させることができる、という提言は貴重です。
高齢者の認知機能の評価は、簡便なものから複雑なものまで多様です。認知症の治療薬の開発は進みつつありますが、予防できる適切な治療があれば、医療費負担の上でも効率的と言えます。また、酸素の低下が睡眠中、持続的に低下していることが大きな原因であるとすれば、現在の在宅酸素療法の導入基準の見直しを行い、健康長寿を実現できるよう変更する案も考えられます。現在の在宅酸素療法の導入基準は、主にCOPDによる慢性呼吸不全(低酸素血症)を対象としています。時代の変遷を顧みて再考すべき時期かも知れません。
他方、高齢者のCPAP治療は、医療機器を自宅で、それも夜間睡眠中に継続的に実施することの困難さがあります。高齢者の夜間低酸素血症のエピソードとある程度の年月にわたる治療効果に関する追加研究が待たれます。特に男性よりも平均的に長命である女性の認知症予防の適切な治療法を進歩させることが期待されます。
近年、自分の酸素飽和度を簡便に知るため、パルスオキシメーターを買い求める人が多くなりました。中には測定誤差の幅が大きな製品もみられます。不十分な測定で心配し続けるよりも受診し、適切な治療法を選ぶことが大切です。
参考文献:
1.Marchi, N. et al.
Obstructive sleep apnoea and 5-year cognitive decline in the elderly. Eur Respir J 2023; 61: 2201621 [DOI: 10.1183/13993003.01621-2022]
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